魔力炉
ダンジョンとは打って変わってその部屋は明るかった。光源を潤沢に使っていて、まるで昼間のようだ。部屋の内装も白を基調とした天井や壁を使っており、潤沢な光源が十分に活きている。明るすぎてちょっと眩しいぐらいだ。
転移の魔道具でその部屋に入った瞬間の俺はあまりの明るさに目を瞑ってしまっていた。ずっと暗い所にいたのもあって、敵が居るかもしれないのにもかかわらず、不用心にも警戒を怠っている。
だが、この部屋には敵がいないようだ。
この部屋にあるのはいくつかの大きな魔道具のようなものと、部屋の中央に大きな結晶があるぐらいである。
「はえ~」
俺は眼前にあったその大きな結晶に目を奪われた。
見上げないと全貌を見れないような巨大な結晶だ。全体的に表面はとても滑らかで、内部が良く透けて見えるぐらいに磨かれている。色は赤黒い透明なガラスのような材質で、結晶とは言ってみたが角は少ない。全体的には楕円形に伸びる球状で、要所要所に角がある程度だ。丁寧に加工されているのがよくわかる。
触っても良いのだろうか。一目で結晶に魅了された俺は縋るように手を伸ばした。
「……やっぱやめとくか」
嫌な予感がした。勘だがこれには触れない方が良さそうだ。代わりに俺は中央にある結晶から部屋の周囲へと目を向ける。さっきからチラチラと視界に映っていたものが気になっていたのだ。
それは、さっきダンジョンにいた少女の姿をした人形だ。俺と魔族の男に転移の魔道具を渡した可愛らしい人形である。それが部屋の中に何体も居て、俺の存在を一切お構いなしに各自役目と思われる仕事をしていた。
俺は少し肌寒さを感じた。
「人形の魔道具。……使用人の魔道具って言ったほうが良いかな。まあ、名称の差なんて大したもんじゃないか」
突然部屋に現れた俺はさぞかし不審人物のはず。そのはずなのに彼女たちは誰一人として俺へと関心を向けていなかった。生き物じゃなく、この施設の者達が使っている道具だから、決められた動きしかできないのだろう。魔族の男が言っていた通りだ。
あのダンジョンに居た人形はずっとあの糞のような場所で独りで俺を監視し続けていた。俺がいなくなった今もあの人形はあそこにいるのだろう。
俺の考えが正しいことは、ここで淡々と作業している人形たちが証明してくれている。人形たちは道具なのだからそれが正しい在り方なのだが、見た目が少女なせいで何と言うか、まあ、嫌な話だ。
できることなら、いや……。
俺は溜息を吐いた。
「時間がない。まずは状況を確かめないと。日付と施設の見取り図か何かがあれば、大分助かるんだけどな」
この部屋に来て一目でわかった。ここは魔力炉だ。部屋の中央にある結晶は魔力を多量に含んだ魔力結晶で、恐らく魔力を蓄積保管する機能を持つ。その魔力を中心にして部屋にある魔道具、ひいてはエイリアンの施設にある魔道具などにエネルギーを送っているのだろう。魔力は万能エネルギーだからありとあらゆるものに変換することができる。
メインエネルギーにするにはもってこいだろう。
「運が良かったな。転移の魔道具を十全の状態で使えなかったのに、俺が欲しいと思ってたのがここにはある……と思う。まあ、俺に見つけられるのかは別だけど」
エネルギーが集まるところにはエネルギー以外の様々な物が集まってくる。この部屋に入ってきている多くの人形の魔道具たちもそうだろう。この魔力炉でエネルギーの補給をするために集まってきている。
そして、使用人の役目を持った人形が集まってくると言うことは情報も集まってくることになる。人形は常に情報を集めている。その情報は逐次オーランドに送られているのだろうが、人形本体にも情報は記録されているはずだ。如何にオーランドが魔族だからと言ってオーランドの脳みそが一切の物忘れのない頭脳をしているとは考え難い。人形が集めた情報はどこかに保管しているはずだ。
その保管している場所というのがこの部屋だろう。情報というのは一か所に纏めておいた方が効率が良い。セキュリティ的には複数に分けていた方が良いだろうが、見たい資料があるときに右に左にと施設を移動しないといけないのはあまりにも面倒だ。
俺は部屋の中を散策し始めた。俺を避けようともしない人形に気を遣いながら歩く。と、腕の根元に痛みがあった。
「あー、そういえば傷を塞がないとな。興奮しすぎて忘れてたけど、肩に針をぶっ刺されてたんだ。でも、いい感じの布は……ないな」
周囲を見て傷を塞げそうな物がないかを確認するが、使えそうな物はなかった。いや、人形の少女が着ている服があった。それ以外は見つからなかった。
ふぅぅん。と数秒唸る。様々な葛藤が俺の中で争い始める。
……こいつらは人形だ。人形は俺達人間が便利に生きるために使われる道具だ。ここで俺が追いはぎ紛いのことをしてもそれは俺が道具を正しく使ったに過ぎない。例え、客観的に見たら少女の服を破って自分の身に着けるような変態的行為だとしても俺の行いは正しい。それに、少女の人形の服を使わなかったら俺はくっそ汚いズボンで傷口を塞がないといけなくなる。それは二次被害に繋がる。避けた方が良い。医療的観点から見ても、俺が少女の服を使うのはなんらおかしなことではない。
……時として、客観的正しさこそが正義となるときがある。他人の目線に殺される時だ。自分が幾ら悪くなくても、周囲が自分の事を悪いと言えばその行いは悪となる。正しい行いをすれば正しいと決まるわけではなく、正しい行いだと思われることをすることが正しいのだ。
周囲を見渡す。この部屋には俺以外には誰もいない。人形がわらわらと歩き回っているだけだ。俺のことは興味を欠片ほども持っていようで、誰も俺の方を見ていない。
俺は数秒の葛藤の末に客観的変態の汚名を甘んじて受けることにした。
が、どうやら俺の長い葛藤は必要なかったようだ。
「しょーがないな。借りるか。……ってあれ? 傷が、ない」
魔族の男に空けられていた穴が塞がっていた。
「……傷の回復が速すぎる。これは、何のせいだ? ……いや、今は考えるのはよそう。時間がないんだ。どうせ来るべき時が来たら分かる」
傷が早く治るのは良いことだ。気にする必要はない。それに考えても埒が明かない。だったら考えない方が良い。
「それよりも部屋を調べないとな。こんな中核みたいな部屋に来たのになんにもなしで出るなんてアホがやることだ。アホでも流石にそんな馬鹿なことはしないか」
この部屋には結晶以外にも巨大な魔道具が複数ある。
俺は部屋にある魔道具に近づいた。部屋には棚のように大きな魔道具がいくつかあり、外見からしてそれぞれに違う役割があるようだ。その一つ一つに近寄って、危険な物じゃなさそうなら魔道具の表面を手でなぞってみる。
「なるほどな……。この部屋は施設のかなり中核に位置するのか」
魔力炉があることから薄々そうだとは思っていたが、他の魔道具からしてもそれは間違いなさそうだ。パッと魔道具の性能を確認しただけで詳細な機能は定かではないものの、これが重要な魔道具なのがわかった。貴重な魔道具を複数配置している部屋はそうないだろう。
人形全体に指示を出す魔道具。魔力の変換を補助する魔道具。魔道具へ魔力を注入するための魔道具。そして、人形が持ち帰ってくる情報を保管する魔道具。
どれも施設の最重要機関とも呼べる魔道具だ。
その中に俺が求めていた魔道具もある。
「情報を貯めてる魔道具、これだな。これを調べればゲンたち、子供たちが今どこにいるのか分かる。あとは今の日付と、欲を言えばオーランドの位置も分かれば……」
俺は情報を保管している魔道具に手のひらを置いた。俺の技能と腕輪があれば魔道具の内部情報を知るのは容易い。……いや、容易いとは思っていたが、情報量があまりにも多すぎるのと、セキュリティのようなものがあって難しい。ここにきて俺の経験不足が如実にでてきた。
もしかしたら一個も情報を得られないんじゃないかという不安が湧く。冷や汗が俺の頬を伝った。
「せめてオーランドの居場所を把握できればでかいんだけどな」
今オーランドが何をしているのかわからない。だが反面、オーランドには俺の情報が行ってるはずで、魔族の男がオーランドの命令を無視して俺を殺さなかったのを知ってるはずだ。そして、恐らく俺が転移の魔道具で魔力炉に飛んできたことも知ってる……だろう。ここには人形の魔道具が居る。こいつらは俺がいることに一切の反応をしていないが、報告を飛ばしているはずだ。
となると、少しお痛をしすぎた俺を咎めに来る可能性も視野に入れておく必要がある。今オーランドと戦闘になるのは不味い。魔族の男と戦って分かったが、今の俺は前よりは圧倒的に戦えるようになってはいるものの、それでもまだ十分な強さではない。原因は分かっている。
腕がないせいだ。今の俺は片腕しかない。銃を扱うにはそれだけで十分ではあるが、動きが緩慢になるのは避けられない。身のこなしなどの身体能力の多くは腕に依存している。見た目では足や胴しか使っていないように見えても、腕を使ってバランスを取っていることがほとんどだ。
片腕を無くした俺は銃を使っているせいで一見すると片腕でも戦えるようにみえるが、実際はかなり厳しい中で戦っている。腕の有無が勝敗を分ける事態になるのはわりかし見えている話だ。
オーランドと戦うならこの点も解決しておく必要がある。
だが、戦わなくて済むのが一番良い。
「くそッ、そうじゃないんだ。あいつは殺さないといけない。生かしておいたら絶対後で後悔するし、俺の気が収まらん。ただ、今戦っても勝てる見込みがないから、もう少し引き伸ばせればってだけで……。そのためには居場所の特定が。っていうか、この魔道具の情報量多すぎだろ」
俺の足がドンドンドンドンと床を叩く。魔道具から情報を引き出すのに時間がかかっている。苛立ちが足に表れていた。
数分、十数分、俺はオーランドや孤児院の子供たちを探し続けた。膨大な情報量の中から俺が欲しいほんの少しの情報を探すのは中々に困難だ。集中力が限界を迎え、鼻血が垂れる。
唇に流れてきた鼻血を舌で舐めると鉄臭い味がした。集中が途切れる。
「この施設は一体どうなってんだ? 人工的な地下施設の中にダンジョンが入り混じってる。こんなのありかよ」
全体像を見て初めて分かったが、エイリアンの施設はダンジョンとほぼ一体化していた。地下の中にダンジョンの道と人工的な地下道が合わさって、アリの巣のように複雑な形になっている。こんな施設で生活している人がいるとは思えないような歪な作りだった。まあ、ここを使っているのは主に人間ではなく魔族なためこれで良いのだろう。
とにかく、ふざけた地下施設だ。極めつけに変なところは道のない部屋があることだ。俺が閉じ込められていた独房のような感じで、周囲の道から隔絶された空間がある。施設の範囲内にあるものの、その空間はどこを行っても壁しかなく、再び施設の中に戻れる道が一切ない。転移の魔道具で移動しろと言うことなのだろう。捕えた者を逃がさないためとはいえ随分と変なつくりにしたものだ。
地下をふんだんに使った巨大な施設なのに道があやふやで歪すぎる。建物の敷地が広くなればなるほど単純な造りをしないと道に迷うものなのに、そんなものお構いなしにとことん複雑な造りをされている。この中から正攻法で特定の人を探すのは不可能だ。俺にはできない。
考え方を変える必要がある。
「昔、領主が言ってたな。閉鎖的な空間で人を探すなら待ち構えるのが一番良いって。川の喩えをしてた気がする。確か……」
俺は自分の記憶を漁るために一度魔道具から手を離した。口元に手を置いて目を細める。
川を流れる石が欲しいときに、わざわざ川の中に入って石を探す必要はない。川の流れがあるのだから石はその内に下流へと流れ、やがては海に流れ着く。石が川を流れるまでに時間はかかるだろうが、そこを押さえておけば石は必ず手に入る。
「そう、川の外に石が出ることが無いのなら、流れの先で待っていればいずれ引っかかるって話だった。街は閉鎖的だから犯罪者とかの人探しをする時は街の関所に報告を飛ばすって」
子供たちを見つけたいのなら、子供たちが絶対に来ると分かっている場所に構えておけば良いということだ。オーランドの位置を割り出すのはできないが、少なくとも子供たちを助けることはできる。
問題は、その絶対に来ると分かっている場所が何処なのかだが、俺は既に知っている。
俺達は神への捧げものとしてエイリアンの施設に招かれた。だったら、俺達は最終的に神が祀られてる場所に連れていかれる。そこで儀式を行うためだ。
なら、そこに行けば皆に会えるはず。
「これが最良なのか?」
もう一度魔道具に手を当てて暫く情報を色々と漁ってみたがオーランドの位置はついぞ掴めなかった。神が祀られている場所に辿り着くまでに不意に出会うかもしれない。そうなった時に俺は勝つことができない。
……八方ふさがりのような状態になってきたな。でも、色々考えたおかげでちょっとは見えてくるようになった。魔道具から情報を得られたのもあって、今の俺はこの施設のことを全くの無知ではない。外に出てもある程度はやっていける自信がある。
状況は刻一刻と変化していくものだ。例え一秒前の状況が真っ暗だったとしても、一秒後には光明が見えるようになっていることもある。逆に一秒後に光明が消えることもある。だが、状況はいついかなる時も変わり続ける。
こうしている間にも俺の知らないところで世界は変化を続けていて、その変化が俺に何らかの影響を及ぼしている。
だから、今の俺に先行きが暗かったとしても問題はない。誰かが俺の先行きを照らしてくれるかもしれないからだ。この世界は常に状況は変化しているから、俺はその波に乗れるように状況を見続けないといけない。
現に俺はそうやってここまでやってきた。
「やることは見えたな」
俺は情報を記録している魔道具から手を離した。もう情報は必要ない。部屋を眺めて、暇そうにしている人形に目を付ける。近寄って人形の前に立った。ガラス玉のように生気の宿っていない虚ろな眼が俺に向けられる。
俺は人形の胸に手を当てた。
「お前たちのことを調べさせてもらった。特に、情報の収集の仕方を念入りにな」
人形は見たものすべてを情報として報告しているわけではない。一々石ころが落ちていたとか、ゴミが落ちていたとか、風が吹いていたとか。そんなどうでも良いことを報告していたらきりがないからだ。
報告しているのは重要だと思われるもののみ。そして、重要だと思われるものを人形側が勝手に判断できるはずもない。そこにはある一定の基準が存在し、その基準を満たしたものだけを情報として報告している。
「簡略的な基準が複数あったが、その一つにナンバーを持ってない奴を記録してるってのがあった。それを持ってない動く物体は例外なく報告が飛ぶようになってる。逆を言えばそれを持ってれば報告が飛ばないってわけだ。……さわるぞ」
俺は人形の胸をまさぐる。見た目が少女なせいでちょっと恥ずかしい感情が拭えないが、これでも命がかかってる。俺は僅かに高ぶる鼓動を黙らせながら胸元を強く推した。肌となる表面は冷たくて少しだけ柔らかった。
「少しの間、お前のナンバーを借りていく」
人形は魔道具なので俺の技能で改造できる。と言っても今回はナンバーの証を取るだけだ。
「これがナンバーか」
親指程の鉄のプレートだ。ナンバーと呼ばれている通りにプレートに数字が書いてある。俺はそれをポケットに入れた。これでもうこいつらは俺を見ても報告することはないだろう。
外に出ても俺の動きを悟られることは無い。俺がこの部屋を出ていく最低限の準備が出来た。
「うーん、やっぱオーランドの動向は気になるな。でも、わかんねぇもんはわかんねぇし。……もう少し探してみるか? だけど、あんまりここに留まっておくのも危険だからな。それに時間もない。最低限だけど、儀式をやってるっぽい祭壇の場所は確認できた。悔しいけど、それで勘弁するか」
正直、魔力炉などという最重要施設に転移できたのにしては得られるものが少なかった。もっと出来ることがあったんじゃないかと思う。ここには人形が持ち込んだ情報以外にも貴重なものが沢山ある。
魔道具に関しては宝庫と呼んでも良い。ここまで複雑な魔道具を多数所持している組織は国家クラスじゃないとないだろう。
それを十分に扱えない俺が実力不足なのだ。悔しいが仕方がない。
俺は部屋を出ることにした。ここを出る最低限の用意は出来ている。ナンバーを所持することで居場所を知られないための細工。俺がこれから向かう先への道筋の把握。オーランドの動向を知れなかったのは痛いが、この際割り切るしかない。これだけ整えられただけでも儲けものだ。
「ああ、そうだ。念のためここは破壊しておいた方が良いか……」
俺は魔力炉に銃を向けた。敵の心臓部とも呼べる場所を破壊できれば今後の俺の行動が有利に働く。
が、
「いや、やめとくか。これだけの魔力が爆発したら俺が死ぬ」
魔力は万能エネルギーだ。ありとあらゆるものに姿を変える。もし、その扱いを誤ったら変なものに姿を変えた魔力に俺は殺されることになるだろう。
爆発などで死ぬ程度ならマシと思えるような地獄を味わうこともある。
大人しく出ていくのが身のためだ。
ふと、思い出したかのように俺は近くの人形に声をかけた。
「ああ、そうだ。もし俺がオーランドを殺したら、ここは俺が貰う。俺はまだ魔道具については詳しくないけど、まあ、お前等を悪いようにはしないから。その辺は覚えておいて……記録しておいてくれ」
言って気付く。俺は自嘲気味にに笑った。
「はは、さっきナンバーを持ったばっかだったな。じゃあ、記録はできないのか。まあ、俺が自分に言ってるようなものだし別に良いか」
俺は扉に手をかけた。
向かう先は祭壇。その道程でオーランドに出会わないようにしつつ、オーランドを殺せるような準備を整える。
祭壇にオーランドが居ればそこで殺す。居なければ、恐らくそこに捕まっているはずの子供たちを連れて外に逃げる。その途中でオーランドに出会えばその都度殺す。
大体の予定はこんな感じだ。
俺は銃に弾が装填されているのを確認する。
「よし、行ける」
俺は扉を開けて外に飛び出した。




