転移の魔道具
魔族についてはまだ詳しく判明していない。俺も魔族を見るのは初めてだ。俺どころか魔族を見たことのある人間の方が珍しい。
「本当に、人間の姿をしてるんだな。魔法を使われるまで分からなかった」
「だろうなぁ。お前らは俺等についてあまりにも無知すぎだからなぁ」
俺は銃を構えた。だが、撃つ気はなかった。どうせ当たらないのなら撃つ意味はない。撃つたびに俺の身体が疲労していくのには気付いている。正確には銃弾を仕込んだ時に疲れるのだが。
俺は借りてきた猫のように大人しくなった。男の反応を伺う。
「そー怯えんなよぉ。さっきまでの威勢に比べると俺が悪者みてぇじゃねぇかよぉ。まあ、そういう反応になるのは分かってたがなぁ。安心しろよお。言ったろぉ? 殺すつもりは無くなったって。お前の未来に興味が出てきたからなぁ」
言って、男は通路奥の暗い道の先を見た。道の先で何かが動く。
カタカタと足音が近づいてくる。
「そいつも、魔族か?」
「いんやぁ、こいつはただの人形だぜぇ」
それは真っ白な少女だった。いや、少女の姿をした魔道具と言ったほうが正しい。白い髪に白い瞳。可愛らしいふりふりの使用人の服装。所謂メイド服というやつだ。
俺と男の視界に入った少女がスカートの裾を摘まんでぺこりとお辞儀する。機械的でぎくしゃくした仕草だった。男が人形と呼称したがそれは間違いないみたいだ。
男が人形に命令する。
「例の奴をだせ。二つだ」
少女は文句ひとつ口にせずに両手を俺と男に見せてきた。その手のひらの上に四角い物が乗っている。
男はそれを二つ取ると、片方を俺の方に投げてきた。
俺は警戒して一瞬思考するも、パシッと掴む。
「これは、転送の魔道具か。どうしてこれを?」
触れただけでわかる。これは魔道具だ。今の俺には技能の他に、魔道具に干渉できる腕輪がある。読み取るのは簡単だ。
「このダンジョンから外に出るにはそれを使う必要があってなぁ。エイリアンの施設は全てその転送装置を使わないと移動できないようになってんだぁ」
「……これを使って俺に外に出ろってことか」
「まー、そういうこったなぁ。な? 言った通りだったろぉ? 俺はおまえを殺す気はないってなぁ」
俺は鼻で笑った。
「そうだな」
男が手に持った転移の魔道具を上にかざす。魔道具は光っていた。転移する気なのだろう。男の言葉通り、もう俺に用はないらしい。
「最後に一個、良いかぁ?」
「なんだ? 俺に聞きたいことでもあるのか?」
「いや、聞きたいことと言うよりは助言だなぁ。お前と一緒に連れてこられたガチ達をたすけたいんだろぉ? 一個だけ俺に言えることがあったから教えてやろうとおもってなぁ」
俺は食いついた。身体が前のめりになる。
「お前が牢に放り込まれて、多分お前はまだ数日しか経ってないと思ってるよなぁ? それ、間違ってるぜぇ。お前らがここに来た日を俺は正確には知らねぇがぁ、お前が牢に放り込まれてからは十日は経ってると思った方が身のためだぜぇ」
「は? ちょっと待て!? 数日どころか三日ぐらいしか……」
俺が言い終わるよりも先に男の身体が光に包まれた。うざったらしい笑みを浮かべている。
「じゃあなぁ」
それだけ残して、男の身体はこのダンジョンから消えた。
「お、おい。待てよ……」
三日しか経ってないと思っていたが、本当は三日よりも経っていた。
一体何日経った? わからない。ここには時計がないし、陽の光もない。そもそも俺が三日だと思ったのは何でだ? それは、俺が最初に目を覚ましてから三回寝たからだ。
寝た回数で日付が進むなんてのは有り得ない。でも、俺はいままでそうやって一日を把握していたから勘違いしてしまった。
「もし、あいつが言った通り、十日以上経ってたら、あいつらはどうなってる?」
神へと捧げるためには儀式をする必要がある。オーランドから直接そうだと聞いたわけではないが、そういうものなのはわかる。巫女がいるぐらいだ。儀式は当然行われるだろう。
となると、儀式には準備が必要だ。だから俺はその儀式が終わるよりも先に子供たちを助けられるようにと急いでいる。
だが、十日経ってる。
儀式の準備にどれだけ時間がかかるのかわからないが、もう終わってる可能性も見えてくる日数だ。
俺はかぶりを振った。手に持つ転移の魔道具を縋るように見る。
「だ、大丈夫だ。俺には転移の魔道具がある。あいつが言うには、これがあればエイリアンの施設内を自由に移動できるはずだ」
触ってみるとわかるが転移の魔道具は本物だ。起動させることができれば施設内のどんな場所にも一瞬で移動できる。
子供たちを救うための時間的猶予は少ないが、俺の移動速度が上がったことでつり合いは取れる……はずだ。
が、
「あれ?」
魔道具が起動しない。
俺は起動しない原因を確認した。魔道具の腕輪と俺の技能があれば、手元にある魔道具の性能を知るのは容易い。原因はすぐにわかった。
どうやら、この転移の魔道具には魔力を貯蔵する機能が無く、魔力は外部から注入する必要があるようだ。
基本的に魔道具の構造は三つに分けられる。魔力を貯蔵する部分、魔力を引き出す部分、引き出した魔力を変換する部分。
だが、この転移の魔道具には最初の『魔力を貯蔵する部分』と『魔力を引き出す部分』が存在しない。つまり、外部から魔力を入れないと使用できないということだ。
俺は舌打ちした。
「チッ、人間を魔族と一緒にするなよ」
人間は体内に魔力を管理する器官を持たない。魔族とは違う。この魔道具は魔族だけが使えるように作ってるのだ。それは仮に人間が手に入れても使えないということ。セキュリティの面からしても合理的な作りだ。
とはいえ、俺が転移の魔道具を使えない訳じゃない。
「一手間必要だな」
俺は周囲にある灯りの魔道具を引っ張ってきた。かつての俺だったら転移の魔道具を使えずに一生このままダンジョンの中で暮らす運命だったが、今の俺は過去の俺よりも成長している。具体的には技能への認識と魔道具の腕輪だ。
使えない魔道具があるのなら、使えるように改造すれば良い。即興の道具で改造しないといけないので、満足に使えるようにはならないだろうが、幾分かマシにはなるだろう。
灯りの魔道具には魔力を保管する部分と魔力を引き出す部分がある。それを転移の魔道具にも繋げば転移の魔道具を動かせるようになるはずだ。
「さてと……」
俺は二つの魔道具を横に並べて改造を試みる。……いけそうだ。
数十秒の短時間で魔道具の改造が終了した。個人的にかなり速いと思う。自画自賛するのは好きでは無いが、俺には魔道具技師としての素質がある気がする。技能を持っているだけでなく、魔道具の技能持ちの中でも素質があると思う。地上に戻ったら魔道具技師について調べても良いだろう。
「まあ、その辺は全部終わってからだ」
ゲンや他の皆と生還を喜びながらじっくりやれば良い。帰るときにはオーランドの首も一緒だ。状況によっては俺達の地位はうなぎのぼりになるだろう。
今からその時が楽しみだ。今から悲観的になってどうする。俺はここで止まっていられないんだ。現実を見るまでは進むしかない。
「いくか……」
転移の魔道具と灯りの魔道具は繋がっている。魔力の供給は十分になされている。これで転移はできるはずだ。ただ、行き先指定ができないのが懸念点ではある。元々、魔力を注入するときにその魔力の質で行き先をしているようで、俺にはその機能を代用することができなかった。
今ここにある材料だけでその仕組みを作るのは難しい。どれだけ時間がかかるのか見当もつかない。俺にそんなことをやってる暇はない。
行き先はランダムになるが、割り切るしかない。どうせダンジョンから出られるのは違いない。
俺は転移の魔道具を起動した。灯りの魔道具から転移の魔道具へと送られた魔力が色を変えて、俺の身体を包み込む。不思議な感覚だった。
浮遊感と虚無感。俺の身体が遠いどこかに向かうような寂しい感覚。さっきまでここに確かにあった肉体の感覚が曖昧になって、背景と同化するような、自分自身を見失うような、ここじゃないどこかに自分がいるような。
人間の身体は原子というとても小さい物質がくっつくことで出来ていると聞く。初めてその話を聞いたとき、俺は馬鹿にしたような記憶があるが、今はそれが本当なのだと実感できる。身体の細かい部品がボロボロと砕けるような感覚は、まるで自分の身体が砂を水で無理矢理くっつけて出来ていたようだ。
転移とはそういうことなのだろう。一度身体を構成する物質を最小限までばらばらにして、後から再構築する。どうやってその発想に行きついたのかは分からないが、とても危険なことを考えるアホがいたものだ。分解した後に再生出来なくなる可能性を考えなかったのか。
いや、この魔道具を使っていたのは魔族だ。人間とは価値観からして違うのだろう。やっぱりあいつらを信用するのはアホらしい。
俺はそんなことを考えながら自分の身体が解体されていくのを眺めていた。身体の解体が終わると、次にはまた別の変な感覚があった。
「…………」
遠い、空が見えた気がした。鳴き声が聞こえる。鳥の鳴き声だ。俺の住んでいる街では毎朝聞こえてくる聞きなれた鳴き声で、どこか安心する。母でもあり、父でもあり、隣人でもあり、友人でもある。そんな声だ。
俺は気付いた。
そうか、これが──
◆
ドテッ。
着地点が悪かったせいで尻を打った。俺はイテテと尻をさすりながら立ち上がる。
転移の魔道具は無事に起動してくれたようだ。転移には成功、後は施設内のどこに飛ばされたか。
「これは、運が良かったってことで良いのか……?」
そこは謎の組織エイリアンの心臓部とも呼べる魔力炉だった。




