魔族
「えーっと、知りたいことがあるとか言ってたよなぁ。何だっけぇ? 礼だからなぁ。俺が知ってる範囲で教えてやっても良いぜぇ」
男は機嫌良さそうに壁に背中を預けた。俺の方をちらりと見るのみで、俺への警戒を殆どしていない。それどころか、武器すら手にしていなかった。俺を信用しているのか、俺の不意打ちなど無意味だと思っているのかは分からない。
俺は警戒するように目を細めた。
「一応、聞いていいか? お前が俺との戦闘に価値を感じたのは理解できたけど、具体的には何に価値を感じたんだ? 俺はお前に新しい経験を与えるような戦闘は出来なかったと思うが」
男は「そうだなぁ」と顎に手を当てて考える素振りをした。
「一番は魔道具だな。その銃の魔道具はちょいと特別でねぇ。普通の魔道具とは根本的な部分で違いがあるんだがぁ、そのせいで使い手が一向に現れなかったんだぁ。俺ァ、それを使った奴とずっと戦いたかった。どんな力をそれが秘めてるのかを知りたかった。それが一番の理由、だなぁ。へっ、まあ、そんなとこよ」
懐かしむように俺が手に持っている銃の魔道具を見てくる。銃を見ているというには何か違う。銃を初めて見たときの記憶を思い出しているのだろうか。俺が手に持っている銃を見てるにしては随分と遠い視線だった。
その視線だけで男が銃に抱いた憧れの長さを感じ取れる。オーランドの眼と同じ黒い瞳だが、何故か悪くない。銃を持つ手に力が入った。
銃に目を向けていた男が俺へと視線を向ける。俺と視線が合った。
「教えてくれ。ミコのことと、俺と一緒に連れてこられた子供たちのことだ」
……こいつを信じて大丈夫なのか? いや、信じるも信じないもないか。こいつは多分悪い奴じゃない。それに、聞くだけなら無料だ。これで教えてくれればラッキーで、教えてくれなくても俺が損することは無い。一切の被害を出さずに情報を得られるチャンスだ。今まで何の情報も手に入らなかったんだから強情なぐらいで良い。乞食の精神だ。
俺は男の黒い瞳をじっと見つめた。オーランドよりも黒いが、ミコほど黒くはない。そのぐらいの黒だ。
その口元がニッと吊り上がる。
「その二つで良いかぁ?」
「……他にも教えてくれたりするのか?」
「良いぜぇ。お前に興味があるからなぁ。それについても少しだけ教えてやっても良いけどなぁ。どうする?」
敵ながら随分と奮発が良さそうだ。
俺は浅ましさを感じつつも乞食の精神で首肯した。
「興味ってのは、オーランドも言ってたな。それも教えてくれるのなら教えてくれ」
男が上機嫌に頷く。
「おーけー、教えてやるよぉ。どうせ俺はそろそろここを出る予定だったしなぁ。散々迷惑を掛けた分を少しだけ返すのも悪かぁねぇ。じゃあ、まずはぁ、そのミコってのから答えて……。ミコ?」
意気揚々と話始めた男が急に首をかしげた。「ミコ……ミコ……」と何度かミコの名前を口の中で転がしている。
「な、なあ、もしかしてミコのこと知らないのか?」
俺の問いかけに、男がハッと思い出したかのようにポンと手を叩いた。
「ああ!? ミコって巫女のことかぁ!? ああ、ああ、巫女ねぇ。……で、巫女が何だっけぇ?」
「だからミコが何なのかって……」
巫女? 巫女って神事とかの……。何だっけ……。確か神さまの付き人? みたいな。いや、ちょっと違うか。シスターとは、またちょっと違う、のか? わからん。
自分で言うのは何だが俺は馬鹿だ。一般家庭の子供よりも多くの教養はあるが、貴族や豪商などと比べると幾分も劣る。
戸惑う俺を他所に、男は巫女について話を続けた。
「巫女ってのについては俺も詳しくはねぇなぁ。どっかの地域ではよく見られるって聞くが、この街でもこの街の周辺でも巫女の文化はないみてぇだ。似たようなもんはあるらしいがぁ。まあ、その辺はいいや。お前が知りたいのは何処の巫女でもなく、あの巫女だろぉ?」
俺は頷いた。続きを促す。
「神ってのが居てなぁ。ああ、神については俺も良く知らん。その辺はオーランドにでも聞いてくれやぁ。んで、巫女の役目ってのは、その神とやらの声を聞くことみたいだぜぇ。稀有な才能だからなぁ、巫女と話したんだろぉ? お前にも心当たりがねぇかぁ?」
俺はたっぷり数十秒以上の間をおいて答えた。
「……わからん」
「案外鈍いんだな。オーランドが言ってたが、お前は歳にしては賢いタイプだって聞いてたんだがぁ、実際のところはそうでもない感じなのかねぇ?」
「別に俺が賢くなかったのは良いだろ。で、神さまの声を聞けるっての以外には巫女について何かないのか?」
「いやあ、俺が知ってるのはこのぐらいだなぁ。強いて言うなら、巫女の権力はエイリアンの中で最も高いぐらいかなぁ。巫女が命令すればオーランドが自分の首を切り落とすぐらいには高い……だろうなぁ。まあ、俺はごめんだけど」
ミコは巫女であり、その役目は神の声を聞くことらしい。ミコが神から聞いた言葉をオーランドなどの構成員に伝えて実行させているのだろう。
そのため、ミコの発言力が神の御言葉に等しくなるのは道理で、ミコの地位が最高になるのは自然な流れだ。
「エイリアンってのは?」
「あ? なんだぁ、その程度も知らなかったのかぁ。エイリアンってのは俺達の組織の名前だぜぇ。宇宙人だの外国人だの外来種だのって意味があるらしい。俺達にはピッタリの名前だろぉ?」
「そうかもな。お前たちは俺達の街に来てから好き勝手やってるみたいだし。完全に侵略者だ」
「はは、誤解はするもんじゃねぇぜぇ。好き勝手にはやってねぇよぉ。ちゃんとバレないように工作してるだけでさぁ。物流操作に情報操作に、たまに人攫いするぐらいだなぁ。わりぃことをやってるのは認めるがぁ」
俺は態度には出さないように心の中で舌打ちした。ちょっと良い人感を出していたから誤解しそうになったが、こいつは明らかな悪人だ。
だがまだ、俺はこいつに聞かないといけないことがある。もう少し利用させてもらうぞ。
「ミコについて他に知ってることは無いか? 聞いた感じ、お前はその、エイリアンにあまり深くかかわってないみたいだけど、知ってることは教えてほしい」
男はゆっくりと手のひらを俺に向けるように前に出した。待て、と言いたいのだろう。
「俺もお前に聞きたいことがあってなぁ。それ次第だ」
……これがこいつの本命なのか? 無料で無駄に情報を吐く奴はいない。俺から情報を引き出すためのエサとして情報を開示してきた? その可能性はあるが、逆を言えば俺が情報を吐けばこいつも情報を吐くということでもある。
ここは乗るか。
俺は短く首肯した。暗に話せと伝える。
「お前についていくつか調べた。照合させろ」
こいつは最初に俺に興味があると言っていた。そのことについてだろう。……そういえば、オーランドも俺に似たようなことを言っていたな。えっと、たしか……。
俺が考えている間に男が話しを続けた。俺の思考がカットされる。
「名前はユーガ。生まれはアーガスタ街の一般家庭。ただ、一般の中では上流寄り。そこそこの教育をうけられる立場で、場合によっては貴族や商人とも関係を持てるギリギリの地位。ポジション的には一番良いな。……ここまでに間違いはないか?」
俺は小さく頷いた。
……なるほどな。俺を攫ってきてから調べたんだろうが、その情報収集能力は凄いもんだ。俺は孤児院に来る前は暫くの間、スラムのような場所でひっそりと生きていた。本来、そこにたどり着いた者の記録は途絶える。元々、身寄りのないクズが集まる場所だ。身寄りの無いということは当然ろくな知り合いがいないことを意味している。知り合いがいないのにそいつの過去を調べるのは相当に苦労するはずだ。
よっぽどこの街の情報の流れに聡いのだろう。そうだとすると、俺の嫌なことまで知られている可能性がある。
「家庭はわりかし悪くなかったみたいだなぁ。近所の人や父親の仕事で会う人達の評判は良かったって。父親母親共に賢く、その子供も良心に倣うように賢く育っていった。調査させた報告を見てた限り、家庭崩壊なんて起こりそうにない理想の幸せ家族って感じだ。……良い人生を送ってんなぁ。子供の頃に愛されるってのは良いことだ。大人になってからの自己肯定感にも通じるし、何より世界に対して明るくなれる。誇って良い」
「そっかよ。さっさと次を話せよ」
誰にだって後ろめたいことはある。俺に関しての後ろめたいことがこれだ。嫌な態度にもなる。
「まー、そう急ぐなよぉ。少しショッキングな話になる。が、まー、お前がそういうなら急ぐかなぁ」
こいつらにもショッキングなんて感情があるんだな。
「お前が九つの時に母親が死んだ。大体今から五年前ってところか。それからは父親と暮らすことになって、それでも暫くは上手くやってたみたいだな。父親の稼ぎは悪くなかったし、知人も多かった。お前は母親がいなくとも不自由なく暮らせただろう。でも、いつからか父親がおかしくなって、お前を虐待し始めた。父親が狂い始めた詳細な時期は分からなかったが、いつ頃だったんだぁ?」
「……それは知らないといけないことなのか?」
「知っておいた方が良いことだなぁ。この広い世界、何が繋がり合ってるのか知れたもんじゃねぇ。出来る限り情報は持っておいた方が良いだろう? お前もそう思ったから俺の話を聞いてる。違うかぁ?」
悔しいがその通りだ。俺は兎に角情報が欲しいからこいつの話を聞いている。得られた情報が嘘だったとしても100%純度の嘘というものは存在しない。どれだけ頑張ってもせいぜいが99%までだろう。得られる情報は多いに越したことがない。
「俺が十二の時だ」
「なるほどなぁ。てことは二年間はスラム的な場所で暮らしてたことになるのかぁ。そりゃあ、大変だったなぁ。親子ってのは歪な関係だからなぁ。子は親を選べないし、親は子を選べない。それなのに親子の関係は一生続く。だが、ランダムマッチングシステムで無理矢理引き寄せられた奴らが上手くやれるわけがない。運悪くゴミな父親を引いたお前には同情するよぉ」
虫唾が走る。だが、俺は何も言い返さなかった。言い返したら、まるで俺が父親の行為を肯定しているような気がして、それは俺のプライドが許さない。あいつはゴミだ。だから、あいつを擁護するようなことは言えない。
だが、言われっぱなしというのも癪に障る。俺の過去を楽し気に語るこいつに少しは言い返したい気持ちがある。
俺は無理矢理にでも話を逸らすことにした。「でも」と強気に言葉を切り出す。
「友達は俺が選んだ。お前の言う通り、父親は俺が選んだわけじゃない。だからあいつがクズのゴミだったのは、まあ、確率としてあり得る話だ。でもな、人間の関係は勝手に決められるものだけじゃない。人間が自分自身で、誰にも干渉されることもなく、自分の意志で選ぶこともできる」
「友達……、あー、お前が言ってた奴らかぁ。で、そいつらはランダムに選ばれた関係ではなく、お前が自分で選び取った関係なのか?」
「ああ、ゲンは……あいつらは俺が自分で良い奴らだと思った。俺やゴミみたいな父親とは違う。だから俺はあいつらを助けないといけない」
俺はやんわりと手のひらを見せた。提案する。……否、恐喝する。
「教えろよ。あいつらの居場所を。助けないといけないんだ。俺はそのために銃を手に取ったんだ。立ち塞がる奴らに引き金を引く覚悟は出来てる」
「そっか。でも良いのかぁ? あいつらは本当は良い奴じゃなかったかもしれないぜぇ? お前が友達と思ってたやつらは打算的に良い奴をやってただけじゃないのかぁ? お前の父親だって母親が死ぬまでは至ってまともだったんだろぉ。可能性を捨てるのはお前の性分じゃないはずだがなぁ」
こいつは俺の性格をよくわかっている。というより、俺と似たような考え方をするのかもしれない。俺は100%を嫌っている。ありとあらゆるものには別の可能性が付きまとっていると考える。
だから、この期に及んでもこいつの提示する可能性を切り捨てることができない。これは俺の弱みだ。でも、この弱みと十数年も一緒にやってきたんだ。
今更怖気て動けなくなるようなことはない。
「だったら尚更だ。俺はあいつらが本当に俺が選んで良かった奴なのかをこの目で確認しないといけない」
「ハッ、助けに行って、そいつらの姿を確認してもまだ打算的に良い奴をやってるだけかもしれねぇけどなぁ? 人の業は底知れねぇもんがある。すぐには正体を表さねぇもんだぜぇ」
「なら、化けの皮が剥がれるまで俺がずっと見てれば良いだけだ。ずっと、ずっと。俺が満足するまであいつらが本当に良い奴だったのかを俺が確認し続ける」
「……それは、死ぬまでか?」
俺はニヤッと笑った。
「そうかもな」
男がクスクスと笑う。
「そりゃ良いなぁ。ハハッ、お前の明日が楽しみになってきたなぁ。本当はここで殺しておく予定だったが、気が変わった。生かしておいてやるよぉ。なんならちょっと手助けしてやっても良いぜぇ」
「やっぱり俺を殺す気はあったのかよ。チッ、一瞬でも良い奴かもなんて思ったのが間違いだった」
「ハッ、そうは言うが絶対に良い奴とは思ってなかったんだろぉ? お前は俺がいつ攻勢に出るかを常に警戒してたからなぁ。俺が気付かないとでも思ったかぁ?」
こいつはヤバい奴だ。俺を生かす気になったなどと抜かしたが信用できない。ここで殺しておいた方が俺のためだ。
男は今はまだ壁に背を預けている。油断しているとまでは言わないが、俺の動きに即座に対処できるような姿勢ではない。俺をどれだけ警戒しようが俺の攻撃を避けられない体勢はある。それは今ではない。
だが、攻勢に出るタイミングとしてはこれ以上ない。
俺は銃を持って、構え、銃口を突きつけた。照準は合っている。俺は銃を持ってまだ数日しか経っていないが、流れ作業のように照準を合わせることができる。これも適性なのだろう。引き金を引くまでの時間は一秒程度だった。
引き金を引く寸前、俺の動作に男が気付く。だが遅い。
バァン!
魔力の塊が発射された。銃弾ではない。俺の銃は魔道具だから発射する弾は俺が選ぶことができる。そっちの方があいつにダメージを与えられると判断した。
魔力の塊、名付けて魔弾とでもしよう。魔弾は実弾よりも勝手が効く。実弾とは違って物質を放っているわけではないため、属性を付与できたり軌道をずらしたりできる。当てることが大事なこの状況では最適だろう。
俺の動きに気付いた男がこちらに手のひらを向けているが間に合うはずもない。
「ばかだなぁ」
男が溜息を吐く。突如、手のひらから炎が勢いよく発生した。
「お前の力は既に見てるんだぜぇ。忘れたかぁ? このダンジョンにはお前を監視するための人形がいるってなぁ。銃を撃つまでの速度は概ね把握できてるつもりだぁ。ぬかったなぁ」
炎は一瞬で消えて無くなる。だが、手のひらから発生した炎の勢いが俺の魔弾も打ち消していた。
男の手のひらには一切の傷がない。俺は瞬時に理解した。
「今のは、魔法……。こいつ、魔族かよ」
可能性を100%にするのは俺には似合わない。でも、限度はある。
「どうしたぁ? 怖気てるぜぇ」
俺は強がった。
「魔族に会えて光栄だね。俺は嬉しいよ」
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