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貴族

 アーガスタ街 貴族邸 エンドワース屋敷


 街の中心に巨大な敷地を有する豪華な屋敷がある。その屋敷はこの街、アーガスタ街を長年統治している貴族が暮らしており、貴族らしく豪華な外装は見る者にここが生半可な金持ちの家ではなく、物凄い金持ちだと認識できるようになっている。見る者によっては激しい嫉妬にかられるだろう。金持ちの家というのは良くも悪くも周囲の人間に心理的な影響をあたえる。

 とはいえ、悪いイメージばかりでもない。

 金を使った外見と言うのは決まって銭ゲバのような嫌なイメージを抱かせるものだが、この屋敷にはそういう嫌な金のイメージを感じさせないような気品が見られる。よほど家主のセンスが良いのだろう。


 屋敷にある一室で、四十路の男がソファにドッと腰を下ろした。顎髭が凛々しいのが特徴的な仕事人のような男だ。使用人が持ってきた紅茶を手に取って静かに啜る。

 ほんの少しだけ味わうように喉を潤すと、カップを置いて、家主の男に話を切り出した。


「で、今日は何の用だ? 俺は仕事が忙しいんだ。あんまり頼ってもらっても困る。最近は患者が多くて人手が足りてないんだ」


 男の話し方は相手が領主だと言うのに一切の畏まった様子が感じられない。話の内容からして男は医者のようだ。医者は知識が豊富で職業柄多くの情報を得ることができるのもあり、社会的な地位が高い。領主とタメで話が出来ることもあるだろう。

 領主の男は医者の口調に一切の文句をつけずに話を進めた。


「お前がそういう人間なのは分かっているが、私に罪悪感を植え付けるような言い方は止めてほしい」


 領主はその地位に反して小心者のようだ。ただ優しいだけかもしれない。医者が言っている患者はこの街の民衆だ。民衆のことを思えば、自分のせいで医者の時間を奪っているのは良い状態ではない。


「そうは言うがな。ここ最近は色々おかしくなってるせいでな、碌に休む暇が無いんだよ。犯罪とか暴力沙汰が増えてるし、治安の悪化から医者を頼りにしてくるものも多い」


 医者の指摘を受けて、領主は嫌そうな顔をした。気を紛らわせるようにカップを啜る。そして全部飲み干した。使用人に追加を貰う。

 カップに注がれたのを数秒眺めて、零すように言った。


「……そうか。それは申し訳なかった」


 街の治安の悪化は大部分が領主の責任だ。例え領主に何ら非が無かったとしても、封建制においては領土の問題は全て領主が責任を負わなければならない。大きな権力には責任が伴う。

 その言葉を領主はよく理解していた。

 まあ、この街の治安問題に関して言うなら原因は領主にあるため、領主が被害者というわけでもないが。


 医者もそれをよく理解していた。領主を責めるように詰め要る。


「今街が抱えている目下の問題は二つだ。まずは治安の悪化。犯罪だの暴力沙汰だのが多すぎる。俺の診療所に来る患者がやたらと増えてる。俺の担当外の患者も来てて、若干パンク気味だ」

「……原因は何だと思う?」


 こと街のことに関して、領主よりも医者の方が詳しく現状を把握できているのは良くあることだ。医者は学問に通じていて常に研究などをしているために、知識に富み、普段から頭を使うことから頭の回転も非凡なものがある。

 更には名医と呼ばれるようになると様々な人脈が生まれる。貴族や豪商と呼ばれる上流階層の人達は病気や怪我をした際にすぐさま優秀な医者を呼べるようにパイプを作る傾向にある。彼らのお眼鏡に適えば普通の人間には手に入らないような情報を得られる上に、何かあった時に力を貸してもらえるだろう。

 そういった要素もあって、街の管理をする上で医者の意見はかなり参考になる。


 領主は医者の言葉を一句一言聞き逃さないように耳を傾けた。音をたてないようにカップから手を離す。

 医者は数秒黙って、「そう、だな……」と語った。


「二つ目の問題と被るんだが、食糧問題だな。この街は閉鎖的で土地が無いから食料のほとんどは外部から仕入れている。でも、今年は……そんなに仕入れてないよな? 流通量が少ない気がするって結構言われる」


 食料を得るためには広大な土地が必要になる。だが、この街、アーガスタ街は周囲を魔物が多く住む森に囲まれている。使える土地のほとんどに人が住んでいるため、食料を生産するのには適していない。一応、まったく生産していないというわけではないが、この街全体の人々に食べさせられるほどの食料はない。

 必然的に外部から仕入れてくるのが常で、今まではそれで上手くやってこれたようだ。だが、医者に受診しに来る患者達は今年の仕入れは少ないのではないか、と言っているらしい。そのせいで食料が街全体に行き渡ってないと。

 それが治安の悪化に繋がっている。そう、医者は解釈しているようだ。


「よく見ている。確かに私は今年の食料品の仕入れを減らした。金が無かったんだ」


 悪いとは思っているらしい。領主の態度は渋かった。

 医者が目を細める。


「金が無いんならしょうがないな。丁度今年は街で生産してる作物の収穫も悪かったみたいだし、まあ、悪い時期が重なったってのは不幸な話だ」

「ああ、ここまで食料が足りないのは運が悪かったと思っている。予め備蓄はあったが、それを全て放出しても足りなかった。時の運もある。だが、私は領主だ。出来る限りの改善をしたい」


 医者は唸った。

 絞り出すように零す。


「税金を、上げるらしいな」


 領主の反応は速かった。


「そうしないとやっていけないんだ。食料を買うには金が要る」


 医者は時間をかけて、ゆっくりと静かに頷いた。文句があると言いたげな重たい雰囲気を纏っているものの、医者の地位はそれほど高くない。いくら二人の間柄が近しいとはいえ、越えてはいけないラインは存在する。

 心情的には医者はそのラインを越えたかった。しかし、そういうわけにもいくまい。医者にも生活があるし、仲の良い人もいる。


 医者は苦し紛れに話の方向を逸らした。


「じゃあ、治安の悪化は他の方法で改善するように考えた方が良いかもな」

「他の方法というのは?」

「確かな情報じゃないんだが、この街で悪さをしてる組織があると思ってる。その組織を特定して壊滅させることだ」


 それだけ言っても伝わらないだろう。眉をひそめる領主に説明を加える。


「俺も詳しく知ってるわけじゃない。ただ、患者の話を聞いてるとなんとなく、そんな感じの組織があるんじゃないかって思ってな。他の……患者以外の奴ともちょっと話してみたんだが、その組織が長年この街で暮らしてきた人じゃないと気付けないような、ささいな事件にもならない何かを起こしてる……ような気がするって話でまとまった。具体的に何がどうって言えるわけじゃないから何とも言えないんだが、この街を悪い方向に誘導してる奴がいるみたいだ」


 その説明でも要領を得ず、領主は首を傾げた。まあ当然だろう。具体性が一切ない上に現実味もない説明では中々理解は難しい。

 それを医者も理解しているようで、頭を抱えていた。


「やっぱこの説明じゃ難しいよな。俺も色んな奴の話を総合して何となくそんな気がするってぐらいだしな……」

 

 けれど、医者自身、その組織の存在を疑っていないようだ。なんとかして理解してもらうと、医者ががんばって身振り手振りを加えて説明し始める。


 その結果──


「まあ、何となくお前が言いたいことは分かった。この街が裏側から敵に攻撃されてるって言いたいんだろ?」


「そう! それ!」


 バッと指を指す。そう、それである。


「んん、指をさして悪いな」


 相手は領主様だ。指をさすのは失礼に当たる。医者は急にしおらしくなった。


 医者はノリの良いタイプの性格ではないが、先程身振り手振りでなんとか説明しようとしていたのが祟って、ついつい普段なら絶対にやらないようなノリをしてしまった。

 そんな医者を見て領主がクスクスと笑みを浮かべる。


「良い。私のために面倒な説明をしてくれたんだ。どうということはない」

「それは助かるよ。俺もまだ死にたくないんでね」

「私はお前を殺したりしない。権力を不当に振りかざすのは私の嫌いなものの一つだ」


 この領主と医者の仲は長い。互いのことはよくわかっているつもりだ。領主が権力を盾にするような方法を嫌っているのは医者も良く知っている。そんな領主だから、わざわざ助言をしに屋敷にまで来ているのだ。領主が悪人だったら既に縁を切っている。

 ただ、領主に見えない一面があるのも事実。だが、人間とは隠し事がある生き物だ。それも領主となれば、やばいことの一つや二つ隠していても不思議はない。


 だから、領主が何か隠していることは医者にとって、減点対象ではなく、領主を嫌いになる理由には成り得ない。


「お前のそういうところ、俺は結構好きだぞ」

「よしてくれ。私には妻がいるし、娘もいる」

「そういう意味じゃねーよ」

「はは、知っているよ。冗談だ」


 二人は軽快に笑った。こういうノリはいつものことだ。指をさした程度で領主が怒るような人じゃないのは知っている。宴会で酔った時にやってしまう失礼なお決まりの一発ネタのようなものだ。二人はこのネタを割と好んでやっている。

 二人が会う度に領主に失礼をするネタをやっては笑っているせいで、部屋に仕えている使用人はいつも苦笑いだ。


 ひとしきり笑うと話を進める。これもいつものことだった。


「話を戻そう。つまるところ、私が今すぐやれるのは、その組織を特定して排除することで良いのか? 他にも何か、私にできることはないか?」

「いや、というか、他にやれることが無い。根本的な問題になってる食料を買うための金策は直ぐにやれるものでもないしな。探せばあるんだろうが、まあ、精々が魔道具技師に魔道具を作らせまくるぐらいか?」

「魔道具技師はこの街一番の稼ぎ頭だ。彼らに無理強いさせることは難しい。一度それをやった時に大変なことになったものだし、魔道具技師は丁重に扱わないといけないだろう」

「そうだ。金策として奴らに働きかけるのはリスクが大きすぎて現実的じゃない。だから、お前にやれるのは街をしっかり見渡して、何か変な輩がいないか再度調査することだ。この街は外部から攻撃を受けづらいから忘れてしまうけど、普通は街の外には敵が潜んでいるものだ。知らない間に侵入されてるなんて話があっても俺は驚かないな」


 この街は周囲を魔物の住む森に囲まれていることから、人間からの襲撃を受けるようなことはない。魔物が天然の防波堤のような役割になっているせいで、攻めようにも責められないからだ。

 無理矢理責めるとしても、街と外界を繋ぐための道は一本しかなく、その一本道を軍隊で進むことになるため、撃退は容易い。なんなら人の多さに驚いた周囲の魔物達が代わりに潰してくれることもある。

 アーガスタ街は魔物に怯えながらも、魔物に守られているのだ。


 だが、工作となれば話は変わる。


 事の重大さを教えられた領主は重々しく首肯した。


「……わかった。そんなものがあるとは知らなかった。注意深く見てみよう」

「ああ、そうしてくれ。この街は争いごとからは遠かったからな。これを機に一度防衛基盤を見直してみても良いんじゃないか?」

「そうだな。外部工作ってのは考えてなかった。にしても、そうだな……、敵か……。そう言われると、そんな気はする。一つ一つ確認していけば何か繋がるかもしれないな。資料を見てくる」


 領主には心当たりがあるようだ。記憶を探るように視線を右に左に動かしながら席を立つ。

 街に潜む謎の組織を排除してほしいという、医者のアドバイスは無事に伝わったようだ。医者も席を立った。今日はここらがお開きのようだ。


「ま、頼んだよ。この街はお前の手腕にかかってる。街を良くするには俺達が頑張るよりもお前が頑張った方が遥かに効率が良い。俺も出来得る限りのサポートはするから、お前も死なない程度には頑張ってくれ」

「馬鹿言え。私は死ぬ気で街を立て直すつもりだ。アーガスタ街ひいては、私の家を潰すわけにはいかない。私には私の命よりも重いものがある」


 領主の意気込みは確かなもので、その言葉には疑いようのない重みがあった。生半可な覚悟では出せない圧とも呼べる重みだ。

 医者はその圧の原因となっているものを知っていた。だから、その言葉に偽りが無いことを知っている。


「……仕事も良いが、娘さんも大事にしろよ」

「そんなのは言われなくても分かっている。お前と同じ轍は二度と踏まん」

「ハッ、同じ轍か。そりゃどうも」


 そう、医者は笑うように吐き捨てた。ドアノブに手をかける。


「じゃあ、またな」

「ああ」


 医者は使用人に見送られて部屋を出た。


 部屋には領主が一人残される。さっきまでとは異なり何を呟いても誰も反応を返すことは無い。つまりは何を言っても許される場でもある。

 領主は窓の前に立って外へ目を向けた。視線の先には広い庭があって、その向こうには領主が治める街がある。歴史を感じる素晴らしい街だ。領主と医者が守りたいと言うのも納得の美しさがある。


「私の街で誰かが動いている。それは感覚的にだが分かっていた。だからこれは私のミスだ」


 僅かに視線を街の方から下へ向ける。そこは屋敷の敷地内だ。今日も丁寧に整えられた庭園が華々しい。

 その庭園に少女が一人いた。十五に満たない程の年端も行かぬ少女が独り。大体その年齢だと他人と一緒に居る時間の方が長いものだろうが、独りでいる少女は少し変わっているようだ。それは両手に持つ物を見ても分かる。

 身の丈ほどもある大きな剣を両手に握っていた。


「今日も頑張っているな。私の娘だというのに良くできたものだ。私は誇らしいよ」


 少女は一心不乱に剣を構えては振っている。剣はサイズからしても相当に重いだろうに、それをもろともしていない。どれだけ剣を大きく振っても一切ブレない体幹は、少女の努力と才能を併せ持った天才であることの象徴だ。


「……私も頑張らねば」


 やらねばならないことがある。

 この街のために、友のために、そして、娘のために。


「まあ、まだ敵がいるかも分かってないんだけど……」


 領主はそう言って苦笑した。



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