売却先は謎の組織
孤児院というものは社会的に重要な施設だ。しかし、常に金は無い。親や親族などの頼りの無い子供のための施設は貴重で、社会的に重要な役割を担っているのにも関わらず、金は無い。理由は単純だ。運営するのには金がかかる癖に、幾ら運営しても育てているのは金がひたすら掛かり続ける子供だからだ。子供は客ではないために金は生まれない。
こういう言い方は間違っているのだろうが、子供と言うのは金食い虫だ。幾ら子供に金をかけたとしても金が返ってくるのは大人になったころだ。しかも、ただの大人では金が返ってくるかは定かではない。グレてしまったり、まともに金を稼ぐ能力が無かったりすると、育ての親に金を返すなどと言う行動には至らない。
その孤児院は重要な役割を担っているくせに、常に悲惨な子供ばかりを育ててしまうせいで常に金がなかった。
まあ、当然な話、まともな環境で育つことのできなかった子供が大人になったときに、立派な大人になっている可能性は低い。金のない孤児院で育った子供と、普通の家庭で育った子供には雲泥の差があるものだ。
だから、孤児院の大人たちは育てている子供に期待などしていないし、出来ることなら子供で商売でもしたいと思うのも仕方のないことだった。
つまるところ、孤児院の大人たちは子供を労働力として売買することにした。それが始まったのがつい先月のことだ。
孤児院は常に金が無い。運営は困難で従業員の給料は渋い。どぶさらいでもした方が金を貰えそうな程度には給料が安かった。でも、そんな中、とある男から孤児院の子供を労働力として派遣してもらえれば、孤児院の金銭面の援助をするという話がかかった。まだ子供ではあるが、子供でも出来る仕事はある。力仕事は難しいかもしれないが、掃除や店の手伝いなどは子供でもできるだろう。
孤児院側はその男の言葉を呑み、子供を貸し出すことにした。これで子供の世話をする時間は少なくなるし、運営費も手に入る。孤児院の従業員達は結構喜んでいたのを覚えている。
孤児院の子供たちも新鮮な体験ができる上に、生活が良くなると知って喜んでいた。俺もそうだった気がする。まあ、変わらない貧乏な日々に飽き飽きしていたのもある。新たな生活が始まると知って、割と悪くない気分だった。
だが、実体は大きく異なっていた。
窓の無い土の壁と天井と床。一定間隔に並ぶ魔道具の灯り。薄暗い中で薄っすらと見える子供の顔。こいつらは同じ孤児院から派遣された来た子供たちだ。年は大体十を過ぎたあたりから十五に至らないぐらいまで。皆が皆、似たような怯えた表情で身を寄せている。
俺達の正面にはスラリと背が高い優男がたたずんでいる。控えめに言ってイケメンだった。黒い瞳と黒い髪のイケメンだ。俺も黒い瞳と黒い髪をしているが、俺よりも顔は整っているように見える。俺はまだ子供だからしょうがないかもしれないが、少し腹立たしい。いや、今はそんな気分は湧いてない。
ただただ、これから何を命じられるのか怯えていた。
「よし、お前らはこれで全部か?」
ひ、ふ、み。と数え始め、とお、で終わった。俺達孤児院の子供たちは十人いるらしい。孤児院で育てられている子供は大体50人前後だったから、かなり多くの子供を派遣したようだ。
俺達の中から一人の男子が前に出る。俺はまだ孤児院に来て日が浅いため、こいつと仲は良くないが、確か名前はゲンと言った気がする。ゲンは俺達に仕事を与える立場であろう優男に向かう。
「はい、十人で全員です。本日は僕たちに仕事をくださってありがとうございます。これからしばらくよろしくお願いします」
「「「よ、よろしくおねがいします」」」
ゲンに倣って他の子供たちも声を出す。俺もついでに声を出しておいた。
優男は満足したように頷いて俺達に背を向ける。「ついてこい」と言って暗い道を歩き始めた。
「ここに来るまではどうだった。あいつら、お前たちに失礼はしてないよな?」
あいつら、というのは恐らく俺達をここに運んできた人達だろう。どことなく半グレのような粗雑な感じがあった。呼び名などからしても、この優男の組織はあまり良いものではないのかもしれない。
「は、はい。荷車に入れてもらって丁寧に連れてきてもらいました。気さくな方々でしたし、とても良くしてもらいました」
「そりゃあ良かった。あいつら結構雑だからな。余計なことまで口にしやがる」
「……その、余計な事って」
「ハッ、そういうのは聞かない方が身のためって奴だぜ」
優男はゲンの言葉を鼻で笑った。どうやらこの組織は隠したいことが割とあるようだ。そんなところでこれから仕事をしないといけないと思うと、少し気が滅入る。
優男が扉の前で足を止めた。振り返って、俺達がしっかり十人いるかどうか確認する。随分とマメなことだ。ここに来るまでにいくつか曲道があったが、よほど見られたくないものがあったのだろう。
扉を開ける。
「ここだ。入れ」
俺達は優男に従って中に入った。
「すげぇ、広いんだな。これは、倉庫か?」
その部屋はとても広かった。ここまでの土に囲まれた道とは異なり、壁を石に囲まれたしっかりとした造りをしている。やはり重要なものを扱っているとなるとそれなりの頑丈さは必要になるのだろう。
「お前たちにやってもらうのはここの掃除と、あいつらの指示を聞くことだ。ちょっと力仕事になることもあるが、きつい力仕事はあいつらがやるから、お前らは主にサポートだな」
思ったよりも割と真っ当な仕事が来たな。てっきりおれは鉱山採掘みたいな危ない仕事をやらされると思ってたのに。子供を大切にしてるってのは案外本当なのか? ここにくるまでの男達も半グレではあったけど、極悪人っていう風には見えなかったし。
気分が高揚する。もしかすると、本当に真っ当に生きていけるのではないかという気持ちが湧きだす。俺は家庭崩壊が起きてから孤児院に来るまでの間、まともな生活ができなかった。だからか、またこうやって真っ当な生活ができるのが魅力に映った。
「詳しいことはあいつらに聞いてくれ。ここでの仕事は大体十日、いや、十五日だな。取り敢えずはその間はここで働いてくれ」
優男と俺達が倉庫に入ってきて、働いていた男が近寄ってきた。この人も気の良さそうな顔の人で、俺達はまた安堵した。
「えーっと、俺はロンガスってんだ。ここで暫く働かせてもらってる。最近、作物の収穫が良くなかったのもあって困ってたんだが、ここを紹介されたんだ。まあ、君たちと同じようなものかな。少しの間だけどよろしく」
「よろしくお願いします」
ロンガスと名乗った男はここに来るまでに出会った男達とは異なり、割と普通な感じの人だった。というより、この倉庫で働いている他の人たちも普通な感じをしている。普通、というのは街で見かけても違和感を抱かないという意味だ。逆を言えば、この優男や孤児院からここまで荷車で連れてきた男達は街中に居ると何か違和感を抱くような雰囲気だった。
子供の危機感と言うのは敏感で、そういうものを無意識に感じ取って遠ざける性質がある。でも、俺達、特に年齢が若い孤児院の子供たちは安心したように無警戒にロンガスに近づいている。この男は別に悪い奴ではないようだ。
「じゃあ、俺はこの辺で失礼するよ。ロンガス、後は頼んだぞ」
「わかりました。後は俺達でやっときます」
優男が倉庫から出ていく。子供たちがホッとしたように肩をなでおろした。ひそひそと互いに話し合う。
「あの人怖かったね」
「イケメン……ではあるんだけどね」
「でも、あの人のおかげでこうやって働けるんだろ?」
「悪い人ではないのかな」
意見は様々だ。現状は優男が俺達に何か手を出した訳ではなく、何もできない子供に仕事を与えてくれている。その仕事も違法性のあるものではなく、しっかりとした仕事だ。今時こんな良いことはない。俺達は優男に感謝すべきだ。
だが、子供ながらの本能がそれを邪魔し、俺達の優男への評価は半々といった風に落ち着いた。
「彼は良い人だよ」
子供たちの話に耳を傾けていたロンガスが呟いた。
「ここで働かせてもらってる人たちは皆生活に困ってる人なんだ。君たちにはまだ難しい話かもしれないんだけど、最近税金が上がってね。去年と今年が不作だったのもあって生活に困ってる人が多いんだ。そんな人達に働く場所をくれたのが彼なんだ」
「そうなんですね。僕たちもあの人に働く場所を貰いましたし、人は見かけによらないって言いますし……。ああ、見かけはカッコいいですよね」
「はは、あの人は見た目は凄く良いからな。どっかの王子様みたいって良く言ってる」
そう言って笑うロンガスはとても朗らかだった。本気であの優男に感謝しているようだ。優男にヤバい組織感はあるものの、優男が良い奴だと本当に思っているのだろう。信頼の情が見て取れる。
ロンガスは一つ咳をして話を切り替えた。
「早速、仕事の話をしよう。君たちにやってもらいたいことは基本的に掃除かな。ほうきを使ってゴミを集めたり、箱や樽にゴミがついてたら取ったり、そんな感じのことをやってもらいたい。できそうかな?」
「はい、そのぐらいなら」
「うん、それじゃあ二人一組で今から言う区間を担当してもらおうかな。組み合わせは、そっちで決めてもらえる?」
二人一組。ここには十人いるため五つのグループが作れる。つまり、俺が一人あぶれることは無いということだ。これは有難い。俺はまだこの孤児院に来て日が浅いから、こういうグループを作る奴には慣れてない。そもそも、俺は家庭崩壊が原因で孤児院に送られたのもあって、他人と慣れ合うのは好きじゃない。
そんな風に気取っていた俺に声がかかった。
「ユーガ君は僕と組まない?」
ゲンだ。俺達のグループのリーダー的な奴だ。そのポジションが故に周りと上手くグループを組めなかったようで俺に声を掛けてきたのだろう。周りが組んでいる中、ゲンが俺に近づいて手を伸ばしてくる。
ちなみにユーガというのは俺の名前だ。家庭崩壊した時の父曰く、母が付けてくれたらしい。母はもう他界しているため本当かどうかは分からないが。
俺はゲンの手を掴んだ。
「ああ、他はもう組んでるみたいだしな。よろしく」
「よろしく。一度ユーガ君と話をしてみたかったんだ」
「どうしてだ? 俺はゲンみたいにできた人じゃないぞ。孤児院での俺の様子を見てて分かっただろ」
「そうかな。僕は思うんだけど、ユーガ君は元はそんな人じゃなかったんじゃないかな。さっきのイケメンの人と違って、僕と話してても棘を感じないというか……」
「まあ、さっきの優男と比べると俺はマシだろうな」
優男は良い奴ってロンガスは言っていたが、やっぱりどこか信用できない。それは俺だけじゃなくてゲンもそう思っているようで、俺の言葉に苦笑いしていた。
「さっきの人と比べなくてもユーガ君は普通に良い人だよ。そういう謙遜するところも悪い人ならやらないし」
「……確かにそうかも」
「でしょ。これも良い機会だし、ユーガ君のこと色々教えてよ」
ぐっと距離を詰めてくる。俺はホモじゃないがゲンの態度を悪いとは思えなかった。孤児院に来てからというもの碌に人と関わることを避けてきたが、案外というか、やはり人と話をするのは気分が良い。
俺は自然と笑みを浮かべていた。ゲンが差し伸ばしてくれた手を取ってガシッと掴む。久しぶりの人間の感触は、まあ、悪くなかった。
「ああ、少しぐらいなら俺のことも話してやるよ。でも、仕事をちゃんとやってからな」
「うん、それは当然だよ。せっかく雇ってもらったんだからしっかり仕事はしないとね」
言って、ゲンが俺の手を引く。
これが俺が孤児院に来て初めての友達が出来た瞬間だった。




