第7話 仮だからといってカリカリしていても仕方がないっ! よーし いっくよー!!!
チクタク……チクタク……カチッ。
時刻が五時を回ったことを知らせてくれたのは、教室に備えつけられた時計の短針と長針が同時に動く音だった。
私の正面には机に顔を突っ伏すミミさん、右隣には椅子にだらんと体を預けたクルミさん。二人とも元気ないなあ、と思った私も、自然にため息が漏れてしまった。
ここにいる全員が意気消沈している。無理もないと思う。カミーアさんの見立てでは、四時には吉報が届くはずだったからだ。
カミーアさんが職員室に向かってから、五分、十分、三十分、ついには一時間が経過した。あの針の音を聞いたときに、最悪のパターンが脳裏によぎったのは、私だけではないはず……。
広報部・百合の花は、まだ正式な部活として認められていない。
感動の結束があった昨日、四人で部活動新設の手続きを行った。……が、手続きを行っただけなので、当然それが承認されるか否かはまだわからない。
申請をしたところで、許可が下りなければそれまで……。
じりじりとした時間の流れを肌で感じ取る。……いっそのこと、私たちも職員室に出向こうか、そう提案しようと思っていたら。
「ねえ、マナちゃん」
むくっと顔を上げたミミさんが話しかけてくる。
「はい」
「行こっか、職員室」
「えっと……もう少しだけ待ってみませんか……?」
心にもないことを口にしてしまった。
行っても行かなくとも結果は変わらない。だったら、約束通りこの場所で信じて待つべき。……と、容易に破綻してしまう論理を、無意識に頭のなかで組み立てる私。自己嫌悪だ……。
私の返答が気に入らなかったのか、ミミさんはふくれっ面になった。柔い肌のぷにぷに感が際立って、可愛さ抜群、破壊力抜群だ。冗談抜きで触りたい。
「行きたいと思ってるくせにー」
「それは……うー……」
「もういいもんっ! じゃ、あたしはクルミちゃんと行くから。ほらクルミちゃん、行こっ?」
ミミさんの呼びかけに対し、首だけをこちらに向けるクルミさん。その表情を見る限り、いつもの活力を取り戻せていないようだった。
「行きたいのはやまやまですが……私たちが加勢したところで、邪魔になることは目に見えていますよね。だから、私たちにできるのは、カミちゃんを信じて待つことだけですね」
「えー。あたしがいたら武力行使できるのにー」
暴力反対っ! ……と、いつもの私ならツッコミを入れているところだけれど、生憎いまの私にはそんなエネルギーはない。
はあ、どうなるんだろう……。
ガラガラッ!
突如、扉が開かれる。開扉に呼応するように、三人は扉の方に向き直った。
私たちの目に飛び込んできたのは……勝訴と書かれた紙を掲げるカミーアさんの姿だった……!
「やりましたっ! 広報部・百合の花、活動許可をいただきましたー!」
衝撃のあまり、三人とも一拍だけ返事が遅れてしまったものの。
「よっし!」「やった!」「カミちゃんナイスですね!」
それぞれに喜びを噛み締めて、カミーアさんを称賛した。
これで……これで……部活ができる……!
椅子に腰かけたばかりのカミーアさんに、私は手を差し出した。衝動的に握手がしたくなったからだ。
……だけど、カミーアさんは手を出してくれなかった。そのまま、可愛い顔が一瞬にして曇ってしまう。
「どうかしたんですか……?」
「活動は認められましたが……部活としては、仮、なんですよ……」
「仮……?」
三人で声を揃えてオウム返しをした。
カミーアさんの顔には、申し訳ないという思いが滲み出ていた。心苦しいはずなのに、それでも懸命に説明をしてくれた。
「広報部・百合の花の活動方針や、活動が将来の糧になるということは褒めていただきました。ですが同時に、部費が発生してしまうことや、SNSの危険性のことなど、指摘も頂戴しました」
説明を聞いたミミさんは、ガッと拳を突き合わせた。
「無駄な部費ィ?! SNSのリスクゥ?! あたしたちの将来を考えたら、そんな些末なデメリットなんて無視して、絶対にやらせるべきじゃんっ!」
「で、ですから。活動方針自体は立派だと評価してくれているのです。ただ、メリットよりもデメリットの方が大きい……という話です」
「……はあ。まずさ、部費のことをうんぬん言うのは論外だし、SNSだって大して危険じゃないって。それともなに? あたしがどこの馬の骨ともわからない輩の後をひょこひょこついていくとでも思ってるのかな?」
「そういうわけでは……」
いたたまれないよ……カミーアさんが……!
二人のそれは喧嘩ではないけれど、私は仲裁に入ることにした。
「ミミさんの気持ちはわかりますが、ここは一旦、冷静に状況を整理しましょう。先生は、巷でよく取り沙汰されているような、情報リテラシーの欠如が引き起こす炎上とかを危惧されているんじゃないでしょうか……? カミーアさん、そこのところ、先生はどういうニュアンスで言っていましたか?」
「はい。どちらかというと、マナさんが言ってくれたことを、先生も言いたかったのだと思います。……広報部・百合の花が不特定多数に発信する情報は、身近な大人たち――つまり、先生方が目を通してから発信をすること! ……みたいなルールを作ることができれば話が早いのですが……」
傍からじっくりと聞いていたクルミさんが、カミーアさんの手に、彼女の手を添えた。
「仮というのは、どうすればなくなるのですかね?」
「それは……十分な実績を出してから、って……」
……。十分な、実績……?
条件が曖昧すぎるよ……。
ミミさんほどではないにしろ、私の胸にも多少のモヤモヤが生まれていた。
私たちの心に垂れ込み始めた暗雲を払ってくれたのは、世界一快活な天使の、ミミさんだった。
「やろうっ! やるしかないっ……! あたしも素直に受け止めきれないし、みんなも思うところがあると思う。だけど、やろうっ! あたしたちならやれるよ! あたしたちには、先生たちをあっと驚かせることができる、熱意があるっ!」
呆れながらも微笑む眼鏡の委員長、カミーアさん。
とんがり帽とマントがお似合いな魔女見習い、クルミさん。
楽天家な万能ツインテール少女、ミミさん。
そして、落ちこぼれだった私。
この広い世界で、たった一輪しかない、広報部・百合の花。
ミミさんの言う通りだ。マイナスに捉えたって仕方ないよね! 見方を変えれば、花を開花させられるかもしれないんだし! まさに千載一遇のチャンスだよね!
私は、手のひらを出して……ぎゅっと握った。
「手のひらに乗せられたチャンスは、いまこの瞬間に掴まないと! ですよねっ!」
「流石はマナちゃんっ! 良いこと言うねっ!」
顔を見合わせる、カミーアさんとクルミさん。
「やろう! クルちゃん!」
「そうですねっ!」
四人の間にほどよい緊張感が生まれる。身が引き締まる思いとは、このようなときに使う言葉なのだろう。
「よーしっ! 方針も決まったし、早速だけど、部室に行こっか!」
そう言って身支度を始めるミミさん。……が、その動きはすぐに停止した。……かと思えば、ロボットのようにウィーンと三人の方を顔だけ向けて言った。
「ってかさ……部室……あるの……?」
た、確かに……。
ミミさんの問いに答えられるのはカミーアさんだけ。自然とカミーアさんに視線が集まった。
注目されたカミーアさんは、わざとらしくため息を吐いてみせた。彼女の様子を見て、「部室もないの……?」と狼狽える三人。
すると。カミーアさんは、スカートのポッケに手を突っ込んで、お目当てのものを掲げた。
「部室の鍵、ゲットしました! 『旧校舎三階の角部屋なら、掃除さえすれば使ってもいいぞ』とのことです!」
「あぶねー!」「ふぅ」「お腹空いたー」
一人だけリアクションがおかしい気もするけれど、とりあえず、私たちの部室は確保できたらしい……!
よーしっ!
やるよっ!
行くよっ!
広報部・百合の花、始動だー!!!
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