第2話 百合百合するための部活が作りたいっ!
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴って、各々が帰り支度をするなか、天使さんが私の隣の席に腰かけてきた。
「マナちゃん、色々とごめんね」
謝られるようなことなんて何もない。むしろ私が救ってもらったのだから。けれど、不思議と「ありがとう」とは言えなかった。
「こちらこそ、ごめんね」
これだけだった。私の心情を言い表すのには、この一言しかなかった。
首を振った天使さんは、ようやく笑顔を見せてくれた。彼女の笑顔は、まさに天使のようだった。
「あたし、ミミフェン・スアサンっていうの! ミミって呼んでほしいな」
「ミミ……さんですね」
「えー、堅苦しいなー! これから一緒に部活をやる仲なのにー!」
「堅苦しいですかね……? 私にとっては割と砕けた言い方というか……。……。……えっ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、部活?!」
勧誘を超越したまさかの既定路線?! 決定事項のようにあっさりと言われたせいで、私はすぐに理解できなかった。
部活って、友達とかと一緒に汗を流したり、ときには衝突したり、でもやっぱり絆を深め合う……あの部活のことだよね……?
……というか、私はその部活しか知らない。それ以外にブカツを意味する単語を知らないし、多分、おそらく、メイビー、ううん確実に、私がイメージしている部活のことを言っているんだろうけれど……。
どうしよう。私には眩しすぎる世界だよ……!
ジトーッとした目で、私を見つめてくるミミさん。
「……もしかして、部活知らないの……?」
「部活は知ってますよ! 知っているけれど、私やったことないし、そもそも何の部活をするの……ですか?」
「タメ口でいいのに……。あたし、女の子が大好きなんだ! だけどさ、ああやって批判してくるのも事実じゃん。ただ百合百合するよりも、あたしたちのやっていることも、一つの生き方だって、色んな人に知ってもらいたいんだよね!」
「知ってもらってどうするんですか……?」
「知ってもらった後は、なーんにも考えてないよ?」
「無計画……?!」
「そっ! ザ・無計画! 否定されなければ、特に考えを強要をする必要はないでしょ? だからあたしがしたいのは、知ってもらうところまで!」
「そっか……うん……」
正直ハチャメチャすぎて行き当たりばったり感がハンパないけれど……。私一人で何か新しいことができそうもないし、何よりミミさんと一緒の方が楽しそう。
くるっくるっ。
ミミさんは、雪のように白く美しい髪を、ツインテを、可愛く揺らしてみせた。
「それで。部活、やるっ?」
私の返事はもう、決まっていた。
「うん……!」
これから始まる部活に夢を膨らませていた二入は、思いもよらない事態が起こることを、このときは知る由もなかった――。
××××××××××
世紀の口論から一夜明けて、放課後に早速、「部活申請をしよう!」とミミさんから提案があった。
私は、当然その申し出を了承して、二人そろって職員室に向かった。
聞くところによると、この学校で部活を新たに立ち上げるには、まず生徒指導の先生に話を通す必要があるようで。私たちは、職員室の受け付け口で生徒指導の先生を待った。
五分程度経過して、まだかなと不安になりだしたころに、ようやく現れた……女生徒が。
その女の子は、私やミミさんとは違って、出るところが極端に出ていた。むむ……となりつつも、魅惑的な身体のラインに胸がドキドキしていた。
青黒い髪を一本に束ねている、いわゆるツインテール。長さはミミさんと同じくらいだろうか。
どこをとっても可愛いけれど、一番は、頭頂部からびょっこり飛び出たケモ耳だろう。ふわっふわ、もっふもふ。おそろしさを感じるくらい可愛い。
縁が細い丸眼鏡をくいっと上げた彼女は、私とミミさんの顔を交互に見て、深いため息を吐いた。
「生徒指導の先生がお仕事で多忙なので、代わりに生徒会長兼風紀委員長のカミーア・キシュが参りました。まさか、部活動の立ち上げをしたいと言い出したのがあなたたちだったとは……それで、どのような部活をしたいのですか?」
「その前にっ!」
昨日と変わらない快活さで、待ったをかけるミミさん。ツンと尖った耳がプリティだ。
そんなミミさんを、カミーアさんは注意した。
「ここでは静かに」
「おーっと、悪い悪い!」
「悪いと思ってない声量ですね……」
「二つ、質問があるっ!」
「二つも、ですか」
うむ、と頷いたミミさんは、有無を言わさず質問をした。私の置いてけぼり感が凄まじい……あははは……。
「カミーアちゃんは、あたしたちのことを知っていたような口振りだったけれど、何で知ったのかな?」
「その呼び方をされるとむず痒いのですが。あなたたちのことについては知ってましたよ。というか、全校生徒のなかで二人のことを知らない人はいませんよ。あんな事件を起こしたわけですから」
「なるほどね、意図せず有名人になっちゃったわけかー。おけ。もう一つ訊きたいのは、カミーアちゃん、上履きの色的に一年生でしょ。何で既に生徒会長とか風紀委員長とかやっちゃってるの?」
「どちらも空席だったらしくて、困った先生方から、入学前から推薦されて。断る理由もなかったので、受けさせてもらいましたね」
カミーアさんって相当優秀な人なんだ。清楚で真面目で、モテるんだろうなあ。
ふわふわな球体の前で腕を組んだカミーアさんは、ケモ耳を沈ませながら、沈んだ声色のまま話を続けた。
「嬉しい推薦でしたが、実際は私よりも勉強ができる生徒がいたみたいで。ただ、リーダーシップという点を見ると、その子よりも私に任せた方が上手くいくだろう、ということらしく」
その子って……女の子かな?
カミーアさんがどこか納得がいっていないような苦い顔をするなか、彼女をビシッと指差して「わかった!」と得意げになるミミさん。
「その子って、マナちゃんじゃない?」
「えっ……。わ、わ、わ、私っ?! ミミさん、流石にそんなわけ……」
即座に否定するも、私の言葉にカミーアさんはかぶりを振った。
「ミミさんの言う通り、マナさん、あなたのことです」
「本当ですか……?」
「本当です。マナさんだって、勉強ができる自覚はありますよね?」
「まあ、多少は……」
「……その謙遜が、私の胸には突き刺さりますね。っと、すみません、脱線しましたね。それで、どのような部活を?」
私の口から活動内容は言い出しづらい。その心の内が伝わったのか、ミミさんが代わりに言ってくれた。
「端的に言うと、あたしたち、女の子が好きなんだよね。だからさ、その部活を作りたいんだ」
……。
カミーアさんはもちろん、私ですら固まってしまった。
端的にすぎて……というか、端的にも言えてなさすぎて、よくわからないどころか、何もわからないよ……?
瞼を閉じて、こめかみを押さえるカミーアさん。わかりますよ、その気持ち……!
「端的すぎて……というか、端的にも言えてなさすぎて、よくわからないどころか、何もわかりませんでした」
カミーアさんは、私の心の内をそのまま言葉にしてくれた。
口先を尖らせ、「ドウシテツタワラナイカナ」と片言でぼやくミミさん。
仕方がないと言わんばかりに首を振って、
「百合の良さを発信したいのっ! 百合百合したいのっ!」
と半ば訴えかけるように言った。
仮称百合部の活動主旨を改めてい聞いて、私は唸ってしまった。
批判も否定も一切ないけれど、楽しいばかりの活動内容だけれど、それって部活なのかな……?
カミーアさんは、中空を見て沈黙していた。心なしか、その表情は少し暗く映った。
そして、何かを決心したのか、ミミさんの方に向き直った。
「却下、ですね」
「ええっ?!」
驚きの声を上げて、ミミさんは食い下がった。
「どうして?! まさか、あたしに恨みでもあるの?! あたしに詐欺でもされた?!」
「恨みもないし、詐欺もされてません。単純な話ですよ、部員は最低四人必要なのです」
「部員なら集めれば――」
「それに、いまの話を聞く限りでは、到底、部活動として認めれませんし、部費も出せませんし、教室を貸し出したりすることもできませんね」
「でもっ!」
「私も意地悪がしたいのではありませんから。いいですか、前例がないことを通すのは非情に難しいのです。どうしてもやりたいのであれば、私から言えるのは、同好会として個人的にやってください、ということだけですね。学校も同じような回答をするに決まってます」
現実的な答えに、私もミミさんも返す刀がなかった。
その日は、あのミミさんでさえ活力を失ってしまったみたいで、「後日に検討しようか」と言い残して、解散することとなった。
私は、胸に引っかかりを覚えながら帰路について、自室のベッドに倒れ込んだときに、そのつっかえたものの正体がわかった気がした。
――同好会じゃダメなのかな……?
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