第7話 演習開始
早朝、アレスはいつもより早く目覚めた。演習というのが、気になりすぎてあまり寝られなかった。
ロウは隣でぐっすりだ。
「……ん?」
アレスはロウの姿を見て、違和感を覚えた。
「でかくなってね……?」
拾った時は随分小柄で、アレスの懐にすっぽりと収まっていた。が、今のロウはかなり大きい。一回り、いや二回り程大きくなっている。
懐に収まるか、収まらないか微妙やラインになっている。
そんなことから、アレスには疑問が浮かんだ。
(ロウってほんとに、黒狼なのか? 魔物だから成長は早いだろうけど……流石に早すぎだろう……)
ロウに対する疑問が拭えないが、可愛いので問題ない。ふっさふさの体を撫でて癒されるアレスなのだった。
◇◆◇◆◇◆
演習のため、アレスは冒険者組合へやって来た。装備を確認し、カウンターへ向かう。
「あっ、フィオナさん。おはようございます。演習を受けに来ました」
「おはようございます、アレスくん。演習までまだ時間があるけど、先に待っててくれる?」
「分かりました」
冒険者組合には、地下にも設備が整っており訓練場として使うことが出来る。
演習の説明は地下で行われるため、階段を下っていく。
地下にはまだ誰もおらず、閑散としている。
「他に演習受ける人っていないのかな……」
人数が多すぎるのも難儀だが、一人というのは寂しいと感じるアレス。
こればかりは、どうしようもない問題なので開始時間を待つことにする。
――――――30分後
開始時間となり、アレスの目の前には今回の担当冒険者である男が立っている。
アレスが気にしていた人数に関して、一人ではなくアレスを含めて3人だった。
アレスの右に立つのが、気弱そうな少年。緊張が顔から滲み出ており頼りない印象を受ける。
逆に左の少年は、自信満々の表情で正反対の印象だ。
担当冒険者が全員の顔を見渡すと、声を張り上げた。
「おはよう、諸君。本日の演習を担当するライツだ。よろしく頼む」
ガタイが良く、いかにも冒険者といった風貌だ。腰からは剣を下げ、頭にハチマキを巻いている。
ライツはCランク冒険者で、ベテランの類に入る男だ。
三部リーグ所属の冒険者クラン【炎虎】の団員でもある。
「それじゃあ――――」
「ちょっと待て。貴様の冒険者ランクは?」
説明を始めようとするライツに口を挟む者がいた。アレスの左隣のニクソンだ。
ニクソンは王国貴族で、爵位は男爵。次男であるがために、家督を継ぐことが出来ず、冒険者として成り上がろうと考えていた。
「………Cランクだ」
ライツが呆れながらもそう答えると、ニクソンは睨みつけながら、
「なんだとっ……父上より弱いではないかっ。本当に大丈夫なんだろうな」
「口の利き方には気をつけろよ。お前がいるのは冒険者の世界なんだ。地位なんて者はクソみたいなもんだ。ここでは弱い者は死に、強い者が生き残る。そんな世界だ。少なくとも、今のお前など瞬殺できるぞ」
ニクソンの態度が気に入らなかったライツは、殺気を漏らしながらニクソンに言い放つ。
「………」
びびったニクソンは黙り、唇を噛みながら俯いた。アレスは無言だったが、心中穏やかでは無かった。
ライツがCランクとはいえ、ただ者ではないことを悟ったのだ。
「ふう……すまない。無駄話は置いといて、話を戻そう。これから、少し説明を加えてから迷宮へ行く。ただあくまでも演習なので5階層まで潜ってすぐに戻る。いいか?」
「「はい」」
ニクソン以外の二人が返事をし、ライツは説明を始めた。
「まず、依頼についてだ。依頼の受け方は簡単。冒険者組合の掲示板にある依頼書で確認して行う。ここで、注意事項だ……自分の力にあった依頼を受けること。自らの力を過信して、命を落とす輩はごまんといるからな」
依頼の説明から始まり、冒険者としての心構えや規則なんかの説明が終わり、一行は迷宮に行く準備を始めた。
規則といっても当たり前の事ばかりで、人殺しは重罪ということくらい。
ジャンヌの下僕の1号、2号はこの禁を犯し終焉都市まで流れてきた。
演習組一行が向かったのは、下位迷宮の《岩崩の迷宮》だ。
迷宮は、上位・中位・下位の3つに分類されている。下位は冒険者なら誰でも入れるが、中位はDランクからしか入れない。
装備を整え、入口までやって来た。
「さて、これから迷宮へ入るが……進むのは5階層まで。道中出現する魔物に関しては、お前たちが順番に倒してもらう。数が多ければサポートもするから、安心してくれ。準備はいいな!」
「はいっ!」
◇◆◇◆◇◆
――――――《岩崩の迷宮》2階層
アレス達の数十メートル先に、ゴブリンと思われる魔物3体が獲物を待っている。
下卑た笑みを浮かべ、手には棍棒を持っている。
いち早く見つけたライツは、次の順番であるアレスに声をかける。
「アレス、ゴブリンが3体だ。いけるか? 無理そうなら、俺が――――」
「いえ、一人でやれます」
ライツの言葉を遮ったアレスがそう告げる。ライツは無言で頷くと、残りの二人と共に少し後ろに下がった。
戦闘モードに入ったアレスは、ある奇妙なものを手に取る。
それは――――――刃のない、取手部分だけのものだった。
(なんだ、あれは……? 刃のない剣で何をするつもりだ……)
左の手のひらを柄に当てると、そこから……ズズズズズズと
黒色のモヤが出てきて形作っていく。
やがて、それは刃となり剣が完成した。
――――――魔力剣。
アレスの魔力に反応して、剣の刃を形成する。長さや細さなど自由自在で、それ相応の魔力をつぎ込めば大剣にもなる。
ジャンヌがアレスの戦い方に合わせて、作らせた特注品の魔導具だ。
ジャンヌの知り合いに魔導具作りの専門家がいるので、無理言って作ってもらった。
それ以来、アレスの主武器は魔力剣となり愛用している。
(魔力だけど、大丈夫だよな……)
(――――! なんだあれは……闇魔法の一種に見えるが……)
魔力を放出することに一抹の不安を覚えるアレスに対して、珍しい闇魔法だと訝しむライツ。
アレスは目標を補足し、勢いよく地面を蹴り駆ける。
走り出したことにより、ゴブリン達がアレスの存在に気づく。
横一列に並び通路を封鎖するゴブリン。
ぐんぐんと速度を上げていくアレス。
「ゲギャギャァ……」
獲物が自ら近づいて来て、笑みを深めるゴブリン達。
ゴブリン達の間合いに入る直前でアレスが跳んだ。
走る速度を利用した大きな跳躍だ。そのまま空中で前転し、あっという間にゴブリン達の背を取った。
「―――!!」
間髪入れずにアレスは、真ん中のゴブリンに一歩で接近。魔力剣で横になぎ、一閃。
一太刀でゴブリンの上下が分断される。
「ゲギャ」
傍らのゴブリンがアレス目掛けて棍棒を振り下ろす。それを予測していたアレスは、魔力剣で受ける。
その隙に空いた胴を横から蹴り飛ばす。
「グギャギャ」
しかし、アレスの背はもう一体のゴブリンに取られている。すでに棍棒がアレスを捉えている。
アレスは焦る素振りすら見せず、魔力剣を逆手に持ち替え、脇の下を通して突き刺す。
「ゲギャ……ギャ……」
すっと魔力剣を引き抜き、後ろを向く。最後の一体が前かがみに倒れた。
「ふぅ……」
一息吐いて、アレスは小走りで待機しているライツ達の元へ戻った。
ライツ以外の二人は、口をパクパクさせながら、驚きの表情でアレスを見ていた。
ライツも驚いてはいたが、担当冒険者ということもあり平常心でアレスを迎えた。
「やるじゃないか、アレス。初戦闘とは思えない動きだったな……。魔物との戦闘経験があったのか?」
「えーと……ちょっとだけ」
「そうか……これなら問題なさそうだな」
指でちょっと、というのをアピールするアレス。だが、これは嘘だ。
本当はめちゃくちゃ戦闘経験がある。
というのも、1号に勝ったアレスは翌日からジャンヌと常に行動を共にしており、森に入り何体も魔物を倒した。
数回ではあるが、迷宮にも潜ったことがある 。
ジャンヌの付き添いということであれば、問題ないらしいのだが……。本当の所は分からない。
「ふっ、今度は僕の番だな。実力を見せてやろう」
まだ誰も何も言ってないのに、勝手に話を進めるニクソンなのだった。
◇◆◇◆◇◆
―――――――迷宮4階層
一行は4階層まで来ており、目標の5階層まであと少しだ。
しかし、ここで事件が起きる。
異変を察した少年が、皆を呼び止め声を上げる。
「あ、あのっ……」
「ん? どうした?」
「に、ニクソン君がいません……」
「「はああ!?」」
少年の衝撃の告白に二人して驚く。
ライツが慌てて周囲を確認するが、ニクソンの姿は見当たらない。
「くそっ、あいつどこ行ったんだ……」
「どうしますか、ライツさん?」
苦虫を噛み潰したよう顔を見せるライツ。アレスは冷静にライツに問いかける。
「……そうだな。とりあえず、このまま5階層まで向かおう。あそこは開けた場所だ……。こんな狭い通路よりいいだろう」
「分かりました」
全員が焦りの色を浮かべながら、全速力で5階層へ向かう。20分程で5階層へ辿り着いた。
5階層は、円状の広間のようになっており、休憩にはぴったりの場所だ。
「お前たちは、ここで待機していてくれ。俺はあのバカを探しに行ってくる。数十分で戻ってくる。見つからなければ、冒険者組合に戻って捜索隊を出してもらう」
「「わかりました」」
そうして、ライツはニクソンを探しに行った。
5階層では、気まずい空気が流れていた。この空気を壊したのは、地響きだった。
―――――ゴゴゴゴゴ、ミシ……ミシ
「な、なんの音だ……」
下半身に力を入れ、倒れないように耐える。次の瞬間……
ドカアアアァァン―――――!!
迷宮の側面の壁が轟音と共に崩れ壊れたのだ。崩れた瓦礫が飛んでくる。
「お、おい……岩が飛んでくるぞ!」
アレスは少年の腕を取り、後ろに引き寄せ、後方へ下がる。
ガラガラ、パラパラと岩片や土なんかが散らかっている。
ドォン、ドォンと地響きが続き、壊された壁から化け物が現れた。目は赤く血走り、垣間見える大きな牙には血痕がついている。
「な、なんなんだ……この化け物は……」
アレスは驚きで固まり、もう1人の少年は愕然としている。
「お、終わりだ……」
少年が肩を震わせながら、声を絞り出す。
「お前っ! あの化け物を知ってるのか!」
「ハハハ……何言ってるんだ。あれは、ゴブリンキングだろ……」
本来、迷宮の5階層――――上層にいるはずのない魔物が姿を現した。
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