第5話 中央交易都市セントヴルムへ
「そろそろ、出るのか?」
「はい、明日には出ようと思います」
時が過ぎるのは早く、ただ早かった。
12歳だったアレスもすでに15歳だ。タイムリミットとして定めていた年でもある。
1号との模擬戦による勝利からもう2年が経った。あの頃とは違い、鍛え抜かれた体。顔つきなんかもだいぶ良くなった。
結局ジャンヌに勝つことは出来なかったが、アレスはそれなりに強くなった。
アレスの戦い方は通常とは大きく異なる。変則タイプなため、一般の基準で判断できないが、冒険者ランクだとDランクからCランク程の実力はあると思われる。
「ところで、どこに行くかは決めたのか?」
「それなんですけど、全く分かんなくて。なんか候補ないですか?」
首を左右に振り、完全にお手上げ状態のアレスだ。
そんなアレスを見ながら、苦笑するジャンヌ。顎に指を当て、候補を捻り出そうとする。
「……それなら、中央都市なんてどうだ?」
「中央都市? そんな所ありましたっけ?」
「正確には、中央交易都市セントヴルムという名だな。ちょっと長いから略称で呼ぶことが多い」
正式名称を聞き、そういえばそんなとこあったな、程の理解しかないのがアレスだ。
ジャンヌは話を続けるため、口を開く。
「冒険者として一から始めるなら中央都市の方が良いとこずくめだ。まず、場所がいい。北に行けば王都と魔導都市、西に行けば港湾都市、東に行けば鉱山郡国家だ。王国の中心地にあるから、交易の中継地点として発展してる。
二つ目、交易ということは商会が多い。本気でレイダース優勝を目指すなら、スポンサーとして商会はいた方がいい。そして、商会が多いならその分依頼も多い。冒険者として理想の都市と言えるだろう」
「めちゃくちゃいいじゃないですか……」
ジャンヌの力説もあり、アレスの心の中ではすでに中央都市で決定していた。
「それに、私も中央都市に引っ越そうと思っていたしな」
この言葉にアレスは首を傾げた。ジャンヌには理由があって、終焉都市に住んでいると思っていたので。引っ越しという単語が出たことに疑問を覚えた。
「引っ越しって……何か理由があるんですよね?」
「それを聞くか……。仕方ない、話してやろう。あまりおもしろい話じゃないがな」
そう言って、ジャンヌは自らの過去を話し出した。
ジャンヌはその昔、【王直】メンバーとして活動しながら王立学院の教師も務めていた。
王立学院の教師は皆、魔法研究機関から派遣される。つまり、ジャンヌも魔法研究機関所属ということだ。
王立学院の教師をしていては自身の研究を行えないことから、教師を辞めようとした。十分貢献はしただろうと考えていた。
しかし学院はそれを認めず、もうしばらく在籍してくれと説得を試みた。ジャンヌはそれに応じず、断り続けた。
そして、何を血迷ったのか学院側は魔法研究機関と組んで武力行使に出た。やり方を知っていたジャンヌは迎え撃つことなどはせず、ひたすら逃げた。
戦ってもどうせ、難癖付けて捕らえるつもりなのだから。
それから、終焉都市アウトムンドへ向かった。流石にそこまでは追ってこないと見越して。
「ーーーーーーとまあ、こんなことがあってな……。ふざけてるだろ?」
「いや……それもう。無茶苦茶じゃないですか……」
「まあだが、もうそろそろ戻ってもいいだろう」
「でもすぐにではないぞ。時間はかかりそうだからな」
「どのくらいなんです?」
「う~~ん、最低でも1年はかかるかな……」
「それまた、随分長いですね……」
ジャンヌに深く同情するアレスであった。それと同時に魔法研究機関には関わらないようにしよう、と深く心に刻み込んだ。
ーーーーーーその翌日
「それじゃ、行ってきます。お世話になりました、ジャンヌ教授」
「ああ、行ってこい。私がすぐに分かるように、名を上げるんだぞ」
「分かってますよ、じゃ」
別れの言葉としては短いだろうが、永遠の別れではない。1年もすれば、ジャンヌも中央都市へ来るのだから。
こうして、アレスは中央交易都市セントヴルムへと旅立っていった。
◇◆◇◆◇◆
時は少し先を行き、アレスが旅立った翌日のこと。
ここは、魔導都市エスタリオン。王都のお膝元で魔導科学の最先端をいく、魔法研究の都市だ。
エスタリオンに本拠地を構えるは、魔法研究機関だ。
そして、魔法研究機関本部の最上階ーーーー合議の間にて座す者が十二人。
ーーーーーーーー最高議会【魔帝十二臣】
最高権力を持つ者たちが集まる場に1人の女性が姿を現した。翡翠色の髪を持つ、ジャンヌだ。
80歳を超える老人達の視線が一斉に注がれる。
ジャンヌはいつも通り、けろっとしており緊張など微塵も感じられない。
やがて、議長であるメアリー・クインシンの双眸が開かれ、静かに口を開く。
「久しいな……【鬼魔】ジャンヌよ……。元気そうじゃな」
「そうですね、そちらこそ偉大なる老害……おっほん失礼。偉大なる魔帝十二臣におかれましては、ご健勝そうでなによりです」
貴族のように恭しく礼をするジャンヌ。普段のジャンヌからは考えられない言葉遣いだが、悪意しか感じられない。それだけ、魔法研究機関を毛嫌いしているのだろう。
「下らん挨拶はいらん。それよりも今までどこにおった?」
「終焉都市ですよ」
その一言に、魔帝十二臣全員の眉がピクリと動いた。メアリー以外は口を開こうともせず、終始無言を貫いている。
「……どうりで見つからんわけじゃ。そうじゃな、長話は好かん。早速本題に入ろう……要件はなんじゃ?」
「交渉をしに来ました」
「交渉じゃと……?」
「ええ、あなた方が取り組まれている最重要研究に手を貸しましょう」
メアリーの目がくわっと見開かれる。他のメンバーも少なからず動揺している。
自身の研究を優先し、魔法研究機関に協力することがなかったジャンヌが手を貸すと言った。
何か裏があると勘繰るのは必然だろう。
「どういう風の吹き回しじゃ……」
「言ったでしょう。交渉しに来たと」
「そういうことか……何を求める?」
「条件は三つ。まず1つ、研究の拘束期間は1年まで。それから二つ目、魔法研究機関が公式に『魔力の具現化に成功した』と発表すること、最後に―――」
自らが求める条件をすらすらと話していくジャンヌに、メアリーは「待て」と告げる。
「二つ目の条件はどういう意味じゃ?」
「そのままですよ。アレスが魔力の具現化を行い、扱えるようになりましたから」
「……アレスというのは、王直の息子か……。どうやら、お前の理論は正しかったようじゃな」
現在まで魔力の具現化というのは、成功事例がないものだった。だが、魔法器官のないアレスが成功したことにより変わる。
アレスが冒険者となり、周囲に人がいる場で魔力を使えば大問題になる。
魔力の具現化に成功した初の者になる。そうなれば色々な意味で注目され、魔法研究機関も動き出す。
周囲の環境からアレスを守るためにジャンヌは先手を打った。
公式に発表されれば、注目はされても、大事にはならないだろう。
「ふむ……理由は分かった。して、三つ目は?」
「……アレスに一切関わるな」
これまでとは打って代わり、ドスの効いた声で言い放った。
その圧に、メアリー以外全員が思わず息をのむ。
「…………」
「どうでしょう? この三つの条件を呑んでくれるなら、喜んで協力しましょう」
しばらく、沈黙が辺りを包み込む。ジャンヌは堂々と、答えを待った。そして………
「よかろう、その条件を呑もう」
「「「「―――!!」」」」
そこに、魔帝十二臣の一人の男が口を挟んだ。
「恐れながら議長、それは如何なものかと……」
「異論は認めん。今更、魔力などどうでもよいわ。王都からも現在の研究を最優先で進めろ、と厳命されておる」
「失礼しました……」
一連の会話を聞き、ジャンヌが満足そうに頷いた。
「それじゃ、交渉成立ということで」
「構わん、1年はしっかり働いてもらうぞ」
「もちろんですよ」
こうして、裏ではジャンヌがアレスを影から守るために動いていたのだった。
「………しっかりやるんだそ、アレス」
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