第1話 魔法が使えぬ少年
魔法を行使することは、この世の理である。
この世界に生まれ落ちた者は皆、魔力を持つ。
魔力を源に体の魔法器官を通して、魔法を行使する。
魔法の行使は言わば、神からの賜物なのだ。
魔力と共に魔法器官を授かるというのが、当たり前である。
――――しかし、理に反して魔力は持つが、魔法器官を持たない子がこの世に生まれ落ちた。
つまり、魔法が使えない子が誕生したのだった。
◇◆◇◆◇◆
天魔大戦、神話大決戦、数々の争いを経て世界は二つに分断された。
魔族の住まう、東の暗黒大陸。
人族や亜人族といった魔族以外の種族が住まう、西のアルテミス大陸。
広大なラピス海を間に隔て、両大陸は数百年感知せずを貫き、大陸の平和を守っている。
アルテミス大陸は1つの王国によって約200年間、現在も統治され続けている。
―――――――ユークリッド王国である。
冒険者はクランと呼ばれる1つのチームを作り、活動する。
パーティーから始まり、やがてクランとなる。パーティーの場合は、冒険者組合に所属することになる。
クランはそれぞれリーグに参加し、互いに競い合っている。
一部リーグ、二部リーグ、三部リーグに分かれており。どのクランも上を上を目指している。
年に1回王都で開かれる、一部リーグ所属のクランによる、その年最強のクランを決める大会。
―――――レイダース。
一部リーグに所属できるのは7つのクランまで。その7つのクランは七星と呼ばれており、名実共に最強格のクランである。
そこに、二部リーグでレイダースの挑戦権を手に入れたクランを合わせ、計8クランで優勝を競い合う。
レイダースでの優勝はクランとして冒険者としての悲願である。後世に名を残し、莫大な財産を手に入れられる。
しかし、多くの冒険者クランの目当ては地位でも名誉でも財産でもない。副賞として王国より与えられる挑戦権だ。
世界依頼と呼ばれる、伝説の依頼を受けられるのだ。
その詳細については全く語られておらず、王家すらも詳しい事については知らない。
そして、実際に世界依頼へ旅立ったクランはいるが、無事戻ってきたクランは歴史上一つだ。
その生き残りもすでにこの世を去っている。
この国に生きる全国民が世界依頼の達成を待ちわびている。
◇◆◇◆◇◆
―――――大陸暦、438年 季節は冬
ユークリッド王国、最南端の辺境村マルノにて………
ここに一人の少年が暮らしていた。やや乱雑に切られた黒髪をなびかせ、今日もせっせと畑を耕す。
名をアレス・スタンディード、12歳の少年だ。
夜になり、アレスはいつも通り隣人の家を訪れる。
「ヤニスのおっさん、今日も火を頼むよ」
「お、来たかアレス。ちょっと待ってろよ」
ゴトゴト、と斧で叩き割った薪を積み上げていく。ヤニスはアレスの両親に世話になった恩があり、小さい頃からアレスの面倒をみてやっている。
独り言のようにブツブツと呟くと、ボゥ、とヤニスの持っていた木に火が起こる。
「ほらよ、今日の分だ。持ってけ。しかしなぁ、火くらい自分で起こせればなぁ……」
「おっさん……俺にはそれすらも出来ないって分かってるだろ……」
「お、おお……すまんすまん。別に嫌味で言ってる訳じゃないんだ。こう、なんか……可哀想でな」
ヤニスは顔を俯かせ、同情の目を積み上げられた薪へ向ける。
アレスが毎日、火を貰いに来る理由を知っているから、毎回居た堪れない気持ちになるのだ。
「……おっさん、同情はいいよ。俺だって分かってるから……」
「そうか……」
何ともいえぬ雰囲気になるが、いつもの事だ。「ありがと、また来るよ」とアレスはお礼を言い家を出た。
短い帰り道の中、大きな溜息を吐く。
「いい加減、どうにかしないとな……」
先程、ヤニスが使ったのは火魔法だ。攻撃用ではなく、あくまで生活レベルの低威力のものだ。
それでも、この世界での生活の中で魔法の存在はとても大きい。
魔法が使えなければ、ユークリッド王国などすぐ崩壊するだろう。それだけ、魔法が使えるということが重要なのだ。
基本的に、この世に生まれた人は最低限の魔法が使える。だが、アレスには生活レベルの魔法すらも使えない。
だから、ヤニスに毎日火を貰いに行くのだ。
晩御飯を食べ終え、軽く内職を行い、アレスは就寝の準備を整える。所々に穴が空いている大きめの布を床に敷き、両腕をクロスさせ枕代わりにすると、ゴロンと寝転がる。
「父さん、母さん……」
不意に両親の事が思い浮かぶ。アレスの父と母は、ユークリッド王国では有名な冒険者だった。
父の名はアラン、母はミアといった。
レイダースにて史上初の三連覇を成し遂げた、歴代最強との呼び声高いクランを率いた英雄だ。
―――――冒険者クラン【王直】である。
【王直】は一度目と二度目の優勝の時点で、世界依頼に挑戦はしなかった。
入念な準備を整えた上で挑戦しようと考えていた。
次の年も優勝できる保証なんてないのに、挑戦する事が決まっていたように準備していた。
それは、【王直】の強さ故だろう。
そして三連覇を成し遂げた年、【王直】は世界依頼へと旅立っていった。
それが、6年前である。まだ、6歳だったアレスを残して。
アレスは今も待っているのだ。両親が帰ってくるのを。でも、心のどこかでは分かってしまっている。
―――もう、帰ってこないのだと。すでに、死んでしまっていると。
いくら世界依頼とはいえ、6年はかかり過ぎである。
理屈で分かってはいても、どうしても諦め切れない。あんなに強い両親がそんな簡単に死ぬはずなんて……ないはずだ。
今日もアレスは両親が帰って来る事を夢見て、眠りにつくのだった。
◇◆◇◆◇◆
冬を越え、春の心地よい暖かさを感じ始めた頃―――
辺境村マルノでも別れの時期がやってきた。周りの家では、アレスと同年代の子供たちが学院へ出立しようとしているところだ。
ユークリッド王国では、基本的に12歳となった子供は魔法学院へ入学することが義務付けられている。
辺境村の子供でさえも学院へ通えるので、如何に魔法というものが生きていく上で重要なのかを示している。
12歳なのであれば、アレスも対象となるはずだが………
魔法器官を持たない、魔法を使えぬアレスが入学など出来る筈がない。魔法を学びに行くのだから。
親子が別れを惜しんでいる中、アレスは一人家へと戻るのだった。
正午を少し過ぎだ頃、昼食を食べながらアレスはこれからについて考えていた。
(俺、このままどうなるのかな……)
日持ちが良く、非常用としても重宝される黒パンをスープに浸し、口に放り込む。
程よい柔らかさとなった黒パンは、美味しくはない。かといって不味くもない。
(ここにずっといたって、俺の未来は見え透いてるよな……)
「―――はあ……」
黒パンとスープを食べ終え、幅広の桶に貯まる水に皿を浸し、洗い物を片付けていく。
バシャバシャ、と慣れた手つきで洗う。視線を少し上へ向けると、鈍く光る一本の剣が立て掛けられている。
アランがかつて使っていた剣だ。アランは、剣術・魔法・体術など全てにおいて一流を超えるレベルだった。
そんな父が使っていた剣。
アレスは過去を思い出す。懐かしいアランとミアとの思い出を。ここマルノにて一緒に過ごした時間は、決して長くはなかった。
何度も森に入り、魔物を狩ってくるアラン。「多すぎよ」と優しい笑みを浮かべるミア。
アレスは冒険者としての父と母が大好きだった。
―――――いつかは、自分も
そう思いながら、過ごして来た日々を思い出す。
目を閉じ、深く深く記憶の海へ潜り込む。
―――――答えはもう、出ている筈だ
時間にして15分くらいだったろうか? 長い長い逡巡の末、アレスは一つの答えを導き出した。
「――――よし、俺は冒険者になる」
そう決心してからのアレスの行動は早かった。決心が揺らがないようにするためか、好奇心故か。
今まで世話になった家々へこの村を出て行く旨を伝えていく。
最後は、この家と決めていた。一番世話になった隣人の家。
「ヤニスのおっさん、おっさん。いるかーー?」
まだ、火を貰いに行く時間ではなかったためか驚いた顔のヤニスが奥から出てきた。
「どうした、アレス。なんかあったか?」
「おっさん……いや、ヤニスさん。俺、この村を出るよ。父さんや母さんのように冒険者になるんだ。今まで、お世話になりました……」
深く深く頭を下げる。そんな言葉が紡がれるなんて予想してなかったのだろう。いや、予想はしていたのかもしれない。
目を見開き、驚きを隠せないでいる。驚きで言葉も出ない。
やがて、ヤニスの口が開かれる。
「頭を上げろ、アレス。ちょっと驚いちまったが、何となくだが分かってた。お前は、アランとミアの子だ。いつかはそうなると思ってた、それが遅いか早いかの違いだ。………当てはあるのか?」
「うん、昔父さん達の仲間だった人がいるんだ。父さんも母さんも困ったら、そいつの所へ行けって言ってたから。大丈夫だと思う」
「そうか……。元気でやれよ、アレス。たまには戻ってこいよ……ほら、行け行け。湿っぽいのは嫌いなんだ……」
「うん、ありがとう。必ず戻ってくるから、立派な冒険者になって……。ヤニスのおっさんも元気で」
互いに多くは語らないまま、ヤニスに背を向けアレスは家を出た。家の扉から出る直前、ふっと背後を振り返ると、ヤニスの背が見えた。
気持ちが揺さぶられるが、ぐっと押し殺し駆け足で家へ戻っていく。家へ戻ると、そそくさと荷物をまとめ準備を整える。
最後に壁に掛けられた剣を手に取り、鞘へ納めると腰に差す。
忘れ物がないか確認し、アレスは家を出た。そこから、寄り道せず真っ直ぐに目的地を目指す。
村の入口まで来た所で、一枚の紙を取り出し広げる。
アランやミアの旧友のいる都市を確認し、道順を頭に入れていく。大きな深呼吸をし、アレスは再び歩き出す。
「目指すは、終焉都市アウトムンド」
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