さつま芋と私
すみません、話のきりがいいところじゃないのはわかっているのですが、季節が……!
そろそろ季節外れになってしまうので、今回投稿させていただきました。
みりあちゃんのお話です。
あれは、みりあがまだ一年生のころ。
学校で芋掘り体験っていう行事があった。
春にさつまいもの苗を畑に植えて、秋に芋掘りをして収穫するというものだった。
当日は長靴と軍手を施設の職員さんに用意してもらって学校へ行った。二時間目が終ったらクラスの皆でぞろぞろと近所の借りている畑に向かった。
農家のおじさんから説明を受けて、畝に一列になって土の中のさつま芋を掘り出した。まだ小さかったから、砂遊びの延長みたいに、みんなきゃあきゃあ、わいわい楽しそうだった。
みりあは秋になってもあまりクラスに馴染めていなくて、一人で黙々と土を掘り返していた。
そのうち赤紫のお芋が見えて、よいしょっと引っ張ったら、丸々とした立派なお芋がずぼっと抜けてきた。
農家のおじさんがそれを見て
「お嬢ちゃんが一番だな!筋がいいねぇ。うちの娘にほしいくらいだ!」と言った。みりあはそれを聞いてうれしくなって
「本当に?娘にしてくれる?」って聞き返した。そしたらおじさんは「あぁ本当だとも、お嬢ちゃんなら立派な農家になれるぞぉ」と、がははと笑った。
「私ね、安西みりあっていうの、おじさんは?」
「ん?あぁ、おじさんはな、米田豊っていうんだ。“よねだ”だけど米じゃなくて芋を作ってんだけどな!」ってまた、がははと笑った。
1人1つビニール袋に入れたお芋をもらって、それからみりあは下校時間までそわそわと過ごした。
帰りの会がすむと、一目散に走って施設まで帰った。
はぁはぁと息を切らして帰ってきたみりあを見て職員さん達はびっくりしているけど、みりあは構わず「所長さんはお部屋にいる!?米田さんがみりあを娘にしてくれるって!」と所長室に押し掛けた。
「本当かい!?」って最初は笑顔で話を聞いててくれた所長さんだけど、みりあの話が進むにつれて困った顔になってしまった。
うれしいお話なのに、どうしたんだろう?
所長さんは苦しそうに「みりあちゃん、その……米田さんの娘にしてくれるっていうのは、多分、冗談でおっしゃったんだと思うよ?」って言った。
「じょーだん?じょーだんってなぁに?」って聞き返したみりあに所長さんは、しどろもどろに「冗談っていうのは、難しいな、あれだ、その場を明るくするためのウソっていうか……大口っていうか……」
なんだ、所長さんは嘘をつかれたと思ってるのか。
「なら、大丈夫!みりあ、本当に?って聞いたもん!そしたら、本当だって言ってくれたから!」
それでも所長さんは「いや、しかしね、みりあちゃんが思ってるような意味じゃないと思うよ?」と、信じてくれない。
「立派な農家になれるって米田さん言ってくれたもん!」と、譲らないみりあに根負けして所長さんは学校へ連絡して米田さんのおうちの電話番号を教えてもらっていた。
米田さんのおうちに電話をかけて所長さんがお話をしている。
「はい、……はい、やはり冗談でしたか……あぁ、いえ、そんなに謝らないで下さい。悪気がなかったのはわかっていますので、はい………」
と、頭を下げつつ悲しい瞳でみりあを見た。
“じょーだん”だった……………?
みりあがあんなに喜んだあの言葉は“じょーだん”
電話を切った所長さんが話しかける前に、みりあは所長室を飛び出していた。
まだ背負ったままだったランドセルを廊下に放り投げて、手提げカバンの中からビニール袋を掴み出した。
そのまま台所まで走っていって、いつも須藤さんが生ゴミを捨てている大きな蓋付きのポリバケツの中へ放り込んだ。
そのまま勝手口からいつもそこにおいてあるサンダルをつっかけて走る。
どこへ行こうとか考えもせずに、ただそこにいたくなくて闇雲に走った。
公園にはたくさんの子供達。小さな子はたいがいお母さんと来ている。
ここはダメ。
学校もイヤ。
道端は目立つ。
どうしようとウロウロして、本日休業の札の出ていた自動車工場の隣の廃材置き場に行き着いた。積まれたタイヤの間に身を隠す。誰もいないし、誰からも見えない。
そう思った途端、涙が溢れた。
「う゛っう゛ーーーーーーーーっっっ!!!」声にならない何かが喉から飛び出していた。
どれだけそうしていたかわからない。
途中でポケットから出したハンカチは涙でぐしょぐしょで、喉はひりひりとする。薄暗くなってきちゃったけど、もう動きたくなかった。
タイヤに凭れていたら、何だか眠たくなってきた。
……このまま、寝ちゃおうかな。
いいよね?
うとうとと瞼を閉じかけたら
「っ!見つけたっ!」と聞き覚えのある声がした。
はっとして見上げると、施設の翔お兄さんだった。高校生の背の高いお兄さん。
「こんなとこにいたのかよ」
握りしめてたスマホで施設に「見つかりました」と連絡してる。
「ほら、帰るぞ。こんなタイヤの間なんて危ないだろ!?隠れるならもっと安全な場所にしろよな」そういってしゃがんで背中を向けてくれる。
「おんぶしてやるから、帰るぞ」
みりあがのろのろと背中に体重を預けると「よっと」と、一度大きく揺すってから歩きだした。
ゆっくりと街灯が灯った道を進む。
「………施設が嫌になったのか?」
そう聞かれて、首をふるふると振った。
「わかんない」
「そっか、……今日のこと、所長に聞いた。みりあは何にも悪くないからな」
「……うん」
「なんなら、俺がその農家のやつに文句言ってやろうか?」
でも、所長さんも米田さんも“じょーだん”だって、言ってたから………
「ううん、いい。もう米田さんはみりあと関係ないもん」
「……そっか」
翔お兄さんの背中は温かくて、みりあはまた眠たくなってきちゃう。
瞼が自然と下がってきて、じわりとまた涙が滲んだ。
浮かぶのは米田さんの顔。
みりあが学校から走って帰る間中、お父さんになる人の顔!と、一生懸命思い出していた、日に焼けた真っ黒な顔だった。
それから何日かして施設に段ボールに入れられたさつま芋が届けられた。
須藤さんは喜んで、天ぷらにしたり、スイートポテトを作ってくれた。
みりあは食べなかった。
甘くて美味しいはずのさつま芋は、ちっとも美味しそうに見えなくなっていた。
そんな時、所長さんが
「………実はね、米田さんがみりあちゃんに謝りたいとおっしゃってるんだが、会うかい?どうする?」と聞いてきた。
謝られてもみりあにはどうしようもない。
「会わない。だってもう関係ないから」
そう言うと、所長さんははっとした顔になった。
「これ以上みりあを傷つけんなよ」
翔お兄さんの声だ。
いつの間にか、みりあの後ろには翔お兄さんとゆかりお姉さんが立っていた。
「わかった、じゃあ、会わないと伝えるよ。みりあちゃんは米田さんに何か言いたいことはないかい?」と聞かれる。
言いたいこと?少し考える。
何でそんな“じょーだん”を言ったのか、とか、今さら言ってもしょうがない。
「あ、米田さんのおかげで、みりあ“じょーだん”がわかるようになったと思います、勉強になりました。かな」
それを聞いた所長さんは困った顔になった。
あれ?みりあ変なこと言った?
「まんま、伝えてやれよ」
ゆかりお姉さん怖い顔。
「みりあの方がもっとずっと傷ついた」
翔お兄さんも怖い顔で言った。
所長さんは一つため息をつくと「そうだな、そうしよう」と、みりあの頭を撫でてからお部屋に帰っていった。
それから毎年、秋になると箱いっぱいのさつま芋が施設に届くようになったけれど、みりあはそれを口にすることはなかった。
次回は本編に戻ります。




