エルフとわたし14.5
村長への説明を無事に終えたことにほっとしながら教会へと帰る。
私も荷造りをしなくてはなりませんね。
正面ではなく裏手の出入口から中へ入ると「待っていたよ」とお祖父様が両手を広げて待ち構えていた。
後退りをして避けようと体を動かしかけたけれど、思い直して好きにさせることにした。
ぽんぽんと背中を叩かれながら「元気だったかい?ここでの暮らしに不自由はなかったかい?」といつまでも離そうとしない。さすがにどうかと思うので「元気ですし、不自由などありませんでしたよ」と肩を掴んで押し退ける。「久しぶりの祖父と孫の対面じゃないか」とあからさまにがっかりとした顔を見せてきますが、お祖父様には私がいくつに見えているのでしょうか……見た目だけなら、年の離れた兄弟に見られてもおかしくないほどになってしまったのに………。
「なぜこちらへ来られたのです?」
「それそれ、びっくりだよね。フィリアルから手紙をもらったと聞かされてね。こんな辺境にいるとは思わなかったけれど、楽しくやっているようだと安心していたんだ。そしたら愛し子様がここにいるとのお告げだろう?ピュリンハイドが指導しているエルフの子供がそうだろうと思ったから、そのことは伏せて志願してきたんだ」
内密にとお願いしたはずなのに、母がお祖父様に手紙のことを話してしまったのですね。
「フィリアルがとても喜んでいたよ?ピュイリンハイドから手紙がきたの!ってね。頼むから音信不通になるのはこれからは止めてくれないかい?」
……しょうがありませんね、親不孝なのは自覚があります。
いつまでも小さな子供を見る様な目で見てくるお祖父様から視線を外す。
「それで、エルフの国に何が起こっているのです?」
「……ここはのんびりとした良い所だね。魔素がほとんど感じられない。魔物などもいないのだろう?」
「えぇ、そのお陰で魔法が使えない私でも特に不自由なく暮らせています」
魔法が使える人ばかりのエルフの国では灯りを点けるのにも魔力がいった。
ここでは皆が魔力を使わずに暮らしている。
「それが何の関係が?」
「ピュリンハイドは魔素山が爆発したのを知っているかい?」
「確か5、6年前でしたよね?こちらには影響がないので詳しくは知りませんが、麓の樹海が荒れて大変だったとか」
「そう、その影響がエルフの国にも出ているんだ」
「そんな!エルフの国には創世樹があるではないですか!」
「それがね、近年魔素を調整する力が弱くなっている様子なんだ」
「そんな馬鹿な……」
創世樹があるからこそエルフの国はあの場所に建国されたのに。
「最近ね、体の弱い人や小さな子供が体調不良を訴えるんだ。調べてみたら皆魔臓が弱っていた。元々魔臓が無い普人や魔臓があっても魔力を作り出せないピュリンハイドのようなタイプは平気らしいんだが、魔力が弱いエルフや魔臓が未発達の子供に濃い魔素が毒になっているようなんだ」
お祖父様は魔臓のある下腹の辺りを手で押さえた。
「それは、そのままにしておくとどうなるんですか?」
「…濃い魔素を入れた魔石を犯罪者の腹に固定する実験をしてみたんだ」
犯罪者を使っての実験。
王宮医師団だからできることですね。
「それでどうなりました?」
「魔臓が破裂して死んだよ」
「なんという……」
そんな恐ろしい事が起こっているなんて信じられない。
そんな大問題を、あのミアが何とかすると?
「国はミアに何をさせるおつもりですか!?」
思わずお祖父様に詰め寄ってしまう。
「あの子はまだ幼いのですよ!?父母と穏やかに暮らすことだけを望んでいますっ、連れていって何をさせようというのです!?」
「わからぬのだ。女神様のお告げは具体的な事は仰らなかった。ただエルフの国の危機を何とかして下さるということだけ告げられた様だ」
そんな、何をどうしたらいいのかわからぬような状態で一人で行かせるなんて考えられない。
やはり一緒に行く事は正しかった。
周りの大人に良いようにされぬよう、しっかり見張っていなければ。
下手をすれば2年どころか一生エルフの国から出してもらえぬようになってしまうかもしれないではないですかっ!
こちらの一般的な子供より随分賢いとはいえ、まだまだ大人の考え全てが分かるわけではないのですから。
せっかく前世からの願いが叶い、愛される喜びを享受して暮らしているというのに。
女神様はマリッサの治療の為にそのようなお告げを?しかし、女神様はミアに愛される暮らしを約束してくれたと聞いています。
あぁ、私ごときでは女神様の大いなるお考えが解るわけないのですが、とにかく私は誓いの通り、あの子が父母と暮らせるように力を尽くさねばなりませんね。
それしか私にできることはありません。
「私がしっかり目を光らせていますから国の好き勝手にはさせませんからね?」
お祖父様の目をしっかり見ながら伝えれば、お祖父様はぱちぱちと2、3度瞬きを繰り返した。
「愛し子ということを含めても随分あの子を大事にしているね?」
と意外そうに言う。
「君をそんなに変えたのは何だろうね?」
私が変わった……?
確かにそうかもしれない、子供など苦手な部類だった。
思い浮かぶのはカッツェとマリッサと並んで手を繋ぐミア。
大好きが体から溢れてしまうと笑って話してくれる姿。
「……それは、思い出すからです……、あの子をミアを見ていると、小さかった頃の事を。幸せだった頃の事を……思い出す事などもう無いと思っていた日々の事を……」
父がいて、母がいて、あの頃はそれが当たり前でずっと続くと思っていた。
忘れたかった訳ではないけれど、いつの間にか考えぬようにしていた記憶。
私の幸せは確かにそこにあった。
「……そう、それは大事にしないとね」
お祖父様はそう言って少し悲しげに微笑んで「寿命は違うけれど、間違いなくピュリンハイドは私の孫なのだからいつでも甘えていいんだからね?」と子供の頃の様に頭を撫でられた。




