ウィゼンベルク村とわたし#44
小さい黒い方が茂みをガサガサ掻い潜って熊のすぐ横まで近づいた。
キャンキャンと威嚇するけど、熊はぴくりともしない。
「ちゃんと死んでるみてぇだな」
ダズさんはホッと息を吐いた。
「あぁ……た、助かった?」
腰を抜かしたおじさんは、まだ地面に座り込んでいる。
大きな犬がおじさんの股へ頭を突っ込んでふんふんと臭いを嗅いでいる。
起き上がれないなら手を貸してあげようと近づいたら、おじさんの様子がおかしい。
さっきまで青かった顔色が今度は赤い。
犬がおじさんから離れたら、ズボンの前が少し染みになっているのが見えた。
「あ……」
ミアに気づかれたと知ったおじさんは今度はまたサーっと顔色を青くした。
すごい、顔色ってこんなに変わるんだ。
なんて、感心してる場合じゃないよね。
そおっと近づいて小さな声で「くりーん」
ズボンは元通りになった。
おじさんは目をぱちくりとさせてミアを見た。
「みあも、まぁまにないちょでおねちょ、くりーんしゅる」
耳元で囁けば、おじさんは「はは……」と力なく笑って、そして「連れて逃げてあげられなくてごめんよ」とミアをぎゅっと抱き締めた。
「さて、どうすっかな?ヤギも上へ行ったし上へ戻るか?それとも下へ行って村長呼んでくっか?どうすりゃいいんだ?」
頭をガリガリ掻きながら、ダズさんが迷ってる。
ヤギママが山道の上をクイッと首で示した。
「うえいきゅ?」
「メェメェ」
首を横に振られる。上じゃないの?
そしたらタッタッタッと足音が聞こえてきて、イオさんが姿を現した。
全力疾走してきてくれたみたい。ミア達のところまで駆け寄ってくると肩で大きく息をしてる。
「…はッ…はッ、はッ、一体何があった……?ヤギだけ荷物背負ったまま戻ってくるわ、犬は入れ違いに走って行っちまうわ、何かあったんだろ?」
「あぁ、滅茶苦茶ヤバかった」
ダズさんがクイッと顎をしゃくって熊を示した。
「熊っ!?しかもかなり大きいやつじゃねぇか。そんな小せぇナイフであいつを仕留めたのか?やるなぁ、ダズ!」
ダズさんの腰のナイフ入れを見ながらイオさんが感心してる。
「あ?オレじゃねぇよ?」
「あん?」
「みあ、やっちゅけた!」
「は?」
「だかりゃ!みあがくま、どーんしちゃ!」
イオさんがダスさんを見る。
ダズさんは、うんうんと頷いてくれてる。
イオさんはおじさんも見た。
おじさんも、うんうんと頷いてくれる。
「…う゛え゛!?えぇ゛ーーーーーーーーーっ!?」
イオさんの声は山中に響き渡ったと思う。
それから、ダズさんとおじさんはじぃじのところへ知らせに行って、ミアとヤギママとイオさんは上に戻ることになった。
ミアはまた実を拾うお手伝いをしたかったけど、イオさんから話を聞いたパパがずっと抱っこしていてミアを離さなかったからできなかった。
皆はたくさんの葉っぱと実を袋に詰めて、お日様の光が赤くなるより先に山を下りた。帰りの山道にはもう熊はいなくなってた。
おうちに着いたら、村の男の人が何人も来ていて荷車にあの熊が乗せられていた。
熊を見たカイ兄ちゃんは「ミアが倒したんだろ!?ミアすげぇ!立派な猟師になれるぞっ」と興奮してたけど、ミアは食べるだけの方がいいや。
熊はお肉屋さんに運ばれて、後日採集と熊を運ぶのを手伝ってくれた皆に配られた。
「特別手当てが出た!」と喜ばれた。
ミアのところへはダズさんとダズさんのお母さんが訪ねてきて、お母さんは泣きながらミアに何度も何度もお礼を言ってくれた。
そしてたっくさんチーズをくれた。
小間物屋のおじさんは、あの熊の毛皮を敷物にしてミアへくれた。
お肉屋さんは毛皮の加工もしてるらしい。
「本格的に寒くなる前にできてよかったよ。あの時は本当にありがとう。命も助けてくれて」と、こっそりパパとママには見えないようにウインクをした。
ふふ、ミアわかった、これ、“口止め料”だ。
「どーいたちまちて!」
熊の敷物は暖炉の前に置かれた。
おしりをぬくぬくにしてくれて、冬の間のミアのお気に入りの場所になった。
ミア達がじぃじのおうちに引っ越して、しばらくしたらゲーテおばさんも元のおうちへ帰って行った。
「じゃ、兄さんのこと頼んだよ」
じぃじのおうちで冬を越すのは今年だけのつもりだったけど、それから毎年、ゲーテおばさんの三人の息子のお嫁さん達は冬になると入れ替わり立ち替わり、赤ちゃんを産むことになり、その度にゲーテおばさんは駆り出されて行って、夏は山のおうち、冬はじぃじのおうちが定番になるなんて、思ってもみなかった。
ブクマが300になりました。
すごいです。私の中ではすごいことです。
阿波おどりが踊りたくなるほどです。
踊れませんが。
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