ウィゼンベルク村とわたし#43
少し緩やかな道まで進んで、おじさんもほっとしたようだ。
「なぁ、おじょうちゃんは村長さんとこの孫なんだろう?」
頭の汗を首の手拭いで拭きながら、おじさんはミアの隣へ来た。
頭の天辺がつるっとぴかっとしてるから拭きやすそうな頭のおじさんだ。
「じぃじ、そんちょーしゃんってよばれてた」
「そうか、おじさんはな、村で小間物のお店をしてるんだ。また今度一緒に遊びにおいで」
「こまもにょ?」
「小間物、わからないかい?えぇとね、雑貨屋ならわかるかい?」
雑貨屋さんって、かわいい物がたくさんおいてあるお店?
「生活に必要な細々とした物を売ってるんだよ。針と糸とか、保存食とかね」
……違った。
それならどっちかというとお弁当のないコンビニかな?
「みあ、おみしぇみたことない」
おじさんのお店は他にもお酒や塩、乾燥豆やタバコや二番紙とかを売ってるんだって。
見たことない物がありそうでわくわくする。
「じぃじにちゅれてって、て、おねがいしゅる」
孫娘のおねだり、きっと喜んできいてくれるよね?
順調に歩いていたヤギママが急にピタリと止まった。
ダズさんの連れているヤギも「メェエ」「メェッ」「メーーッ」と落ち着かない様子で歩みを止めた。
「?」
木々の影で暗くなっている前方の茂みが、ガサっと揺れた。
続けてガサリ、ガサリと揺れはこちらへ近づいてくる。
おじさんがサッとミアをヤギママから下ろして抱き上げた。
ダズさんは腰につけていた皮のナイフ入れから、ナイフを抜きとって茂みの方へ構えた。
「いいか、逃げろって合図したらゆっくりと背中を向けずに後ろへ下がるんだぞ?」
そうしてる間にもザザッと茂みの揺れは強くなり、もう少しで明るい場所まで届くところへきた。
影と日向の丁度境目、揺れはそこまでくると「グガァッ」と一声上げて姿を現した。
両足で立ち上がったそれは真っ黒で大きくて大人二人を縦に並べたぐらい大きい。
「…でけぇっ」
ダズさんは静かに焦った声を上げる。
ミアを抱っこしてるおじさんの喉がごくりと上下した。
ーーーー熊!!
熊は口の端から涎を垂らし、立ったままジリッと前へ出た。
そうなればもうヤギママ以外のヤギは大パニックだ。
甲高い声で「「「メェーーーッ」」」
と鳴いて一目散に今来た道を我先にと駆け上がって行った。
残された美味しそうなのはミア達三人とヤギママだけだ。
ヤギママはフッ、フッと鼻から息を吐きながら頭を低くして蹄で地面を蹴っている。
頭から突っ込む態勢だ。
熊は立ち上がった姿勢から四つ足に戻り「グゥルルゥ…」とさらに一歩進んだ。
それを見たおじさんは「ひっ」と喉から引き攣った声を出した。
「おっさん、ミアを抱いたまま、ゆっくり後ろへ退がれ」
熊から視線を外さずにダズさんが合図を出した。
おじさんはゆっくりと後退りしようとして、ミアを抱っこしたままドスンっと尻餅をついた。
「きゃっ」
「あぁあぁ……」
体がガタガタ震えて腰が抜けてしまったみたいで、立ち上がれなさそう。
「ちっ、ミア!オレの後ろへ来いッ」
足手まといになるわけにはいかない。サッとおじさんの手から抜け出してダズさんの後ろへと移動した。
「一か八か、ヤギをおとりにして逃げるしかねぇか?」
じりっと横へ移動の構えを見せる。
無理だよ!
いくらヤギママが頑張ってくれても、熊はあんなに大きい!
それに、それに、ヤギママだけ置いていくなんてミアには出来ない!
だってヤギママはミアのもう一人のママだもん!
ヤギ兄にあげるお乳を分けてくれて、いつも一緒に遊んでくれて、気持ち悪い蛇からも守ってくれた!
それなのに、ミアだけ逃げちゃうなんて!
ヤダ!そんなの絶対絶対ヤダ!!!
イオさんの動きを見た熊はガアッと大きく吠えて、また立ち上がった。
腕を振り上げて立派な爪の生えた掌を今にも振り下ろしそう。
グッとさらにヤギママが頭を低くした。
突進するつもりだ!!
ダメ!!!!!
咄嗟に体が前へ出た。
熊なんて、
熊なんて、
どっか行っちゃえ!!!!
お耳がゾワッとして、お腹の中がかっと熱くなった。
ドンッとミアの中から何か塊が飛び出した。
「ひゃあっ」
ザザッと視界が草で覆われる。
何かが出たその反動でミアはバランスを崩して、後ろの藪へ背中から突っ込んだらしい。
向こうの方ではもっと大きなドォンッッ!という音がして「グァッ」と熊の呻き声が聞こえた。
「無事かっ!?」
焦ったダズさんが藪を掻き分けてミアを引っ張り上げてくれた。
辺りはひらひらと木の葉が舞っている。
「どーなっちゃの?」
何があったかわからなくてダズさんに聞いてみる。
「オレの方が聞きてぇけどな。何か、ミアからすげぇ風の塊が急にあいつに向かって飛び出したように見えたぞ。そんで熊があそこまで吹っ飛ばされた」
ダズさんが指差したところは熊が出てきた茂みのもっと向こう、大きな木の根元。
そこで熊は口から泡を吹いて崩れていた。
途中の茂みにはそこまで一直線に熊が通った跡がついている。
「みあ、やっちゅけた?」
「やっぱエルフってのはすげぇんだな」
何だかおかしくなってきて「「はははっ」」と二人で笑いあった。
その時、山道をワンワン、キャンキャンと犬達が駆け下りてくるのが見えた。
「………おちょい」




