ウィゼンベルク村とわたし#26
イオさんはおうちの前まで来ると「犬は小屋に入ってるから怖くねぇぞ」とミアを下ろして地面に立たせた。犬小屋らしきところから、まだ鳴き声が聞こえてくる。
それと同時ぐらいに玄関からカイ兄ちゃんが女の人を連れて現れた。
「母ちゃん、昨日話したミア!」
お母さんは急に引き会わされたミアに少し戸惑っているようだけど「村長のとこのお孫さんね。私はね、ハンナ。カイのお母さんよ。ハンナおばさん、って呼んでちょうだい」と笑いかけてくれた。
草色の服に生成色のエプロンをしてる。赤に近い茶色の髪。耳の横の後れ毛にゆるっとウェーブがかかってる。
ミアもちゃんと「みあでしゅ、しゃんしゃいでしゅ!」とご挨拶したよ。
ミアの横にいたイオさんがちょいちょいっと手招きしてハンナさんを呼んでいる。「何よ?」と側まで近づいたハンナさんに何やらこそこそと耳打ちをしている。
「ラビーのシチューもう出来てるってよ。いっしょに食おうな!」カイ兄ちゃんは二人には構わずに早く食べたくて仕方のない顔をしている。
「それ、本当!?」ハンナさんが驚いたように声をあげた。さっきまで優しい顔だったのに、眉間に皺が寄っていて左の眉だけがくいっと上がっている。目は細められているのに眼光が鋭くなった海老茶の瞳が、ミアを捉えた。サッとミアの前に膝立ちになったかと思うと、ほっぺから首、肩、二の腕、お腹に背中、おしりに太もも、ふくらはぎまで全身くまなく撫でるというか、もにもにと揉まれるというか、をされた。場所によってはくすぐったくて「きゃひゃっ」って変な笑い声がでちゃった。一通り撫で回すと「ん、よかった、ちょっと細い気もするけどガリガリって訳でもなさそうね」と一仕事終えたかのように、ふうっと息をついて笑った。
肉付き!?肉付きをチェックされちゃった!?ずっと野菜生活だったけど、野菜はお腹一杯食べさせてもらってたからそんなに心配されるほどではないと思うんだけどな。
地球では世界規模でベジタリアンがブームになってるって、大豆のお肉が大人気だってニュースでやってたくらいだし。
「ごめん、ごめん、びっくりさせちゃったね」砂の付いたスカートをパンパン払いながらハンナさんは立ち上がった。
「ラビーのシチューね、丁度いい具合に煮えてるのよ。たくさん食べていって」と家の中へ招き入れてくれた。
おうちの中は外の壁と同じで白かった。壁が白いからミアの山のおうちより明るくみえる。白い壁から焦げ茶色の柱が見えた。猟師さんのおうちらしく壁には鹿みたいな角や猪の牙のようなものが何本か飾ってあった。
「ここが飯食う部屋」とカイ兄ちゃんに案内された部屋には大きなテーブルがあった。椅子が6脚並べてある。
「すぐ支度するからね」ハンナさんがキッチンへ向かう。
「みあ、おてちゅだいしゅる!」と言ったらカイ兄ちゃんも付いてきてくれた。
キッチンは隣で扉のない出入口からすぐ行き来できた。ふわっと美味しそうな匂いが漂っている。入ってすぐ目に飛び込んできたのは大きな黒い鉄でできた四角い箱だ。箱の上にはお鍋が2つ並んでいる。と、なるとこれはコンロだよね!どうやって使うのかな?
「ミアこれは熱いから触っちゃダメだ!」と、カイ兄ちゃんがミアを後ろから抱き止めた。わわわ、危なかった。コンロだったら熱いってわかってたはずなのに、つい体が先に動いちゃって手を伸ばして触ろうとしていたみたい。「カイでかしたっ」とハンナさんもホッとしてる。「ごめなしゃい」と謝ってから、一歩、二歩と下がって安心させる距離をとった。
「こりぇどーやってグツグツしゅるの?」
「あら、ミアちゃんは見たことないの?」ハンナさんは不思議そう。
「ミアんちは小さい囲炉裏しかなかったかんな」代わりにカイ兄ちゃんが答えてくれる。
「そう、それじゃあ、ミアちゃんのお母さんはお料理するのが大変ねぇ」と言いながら使い方を教えてくれた。
お鍋を置くところは鉄板だった。日本のみたいにお鍋を置く台のようなものはない。火は箱の真ん中ぐらいに扉がついていてそこを開けて薪をいれて燃やしていた。その下にも、もう一つ扉。それは上から下へ広げるタイプで中には鉄板が敷いてある。そこには大人の手のひらほどのパンがずらっと並んでいた。オーブンだ!
「ぱん!」
「焼きたてじゃないけど、軽く温めておいたから美味しいはずよ」と、ハンナさん。オーブンからはふんわりとパンのいい香り。
きゅるる……と、ミアのお腹が待ちきれないと鳴き出した。
それを聞いたハンナさんは「大変!」と動きを加速させた。
 




