愛し子と私#1
今回、初めてミア視点ではないお話です。
楽しんで頂けますよーに。
パタリ、と扉が閉められる。
親子3人、仲良く歩いていく様子を想像しながらピュリンハイドは身体から一気に力が抜けてゆくのを感じた。
「まさかこの私が女神様のお告げを受けることができるとは……」
ベンチへとぐったりと身を預けると思わず独り言が出てしまった。
浮き彫りの女神様を見つめ、先ほどの瞬間を思い出す。
薄紫の光の神々しさ、そして愛し子に向けられた慈愛の温かさ。
エルフの神子はこのようなお告げを受けたことがあるのだろうか?出奔し行方がわからない彼の姿を思い浮かべる。
普人よりの私ではエルフの郷にいるのは辛かろうと、普人の国の王都の神学校へやってくれたのは彼だった。
霊人としての力はほとんど持ち合わせてはいないピュリンハイドだったが、王都の神学校ではエルフ語が読め、さらに古代文字も神子に習っていた為にピュリンハイドの存在は重宝された。
なにせエルフは自分達こそが女神様に最初に作られた“人族”であり、至高の存在であるとして言語や文字を相手に合わせるなど考えもしないのだ。神殿から送られてくる手紙やエルフの郷からきた司教の通訳をするのがピュリンハイドの仕事となった。
霊人は女神の世界とこちらの世界の橋渡しのできる種族だと考えられている。が、そんな力はなくとも女神の教えを人々に伝えられることにピュリンハイドは感激し、神学校時代は文献を読み漁り創世神話の研究に没頭した。それらは高く評価され、普人の中に受け入れられたことに安堵し、あぁやはり自分はこちら側だったのだと存在を肯定されたことにひどく納得もした。女神様はやはり救いの道を用意して下さっていたのだと。
だから神学校を卒業し、王都の教会に残り研究を続けないかという誘いを断り「道に迷っている人々を女神様の教えで導きたい」と各地の教会へ派遣されることを選んだのだ。
ミア、ミリアンジェ。
ここであのような存在と出会うことになろうとは。
「ちょぴっと、とんがり?」不思議そうに興味深そうに自分の耳を見つめるどこまでも澄んだ青と緑の瞳を思い出す。エルフの郷に住んでいた自分でさえも見たことがないような輝く瞳、そしてとても整った顔立ちをしていた。年頃ともなれば誰も敵わないほどの美しさになるであろう。
ミアはエルフの郷でピュリンハイドをからかった子供達とは違った。
エルフの美的感覚では、しゅっと長く柳の葉のような耳が美しいとされる。見せたくないから髪を伸ばし隠しているのに、近所に住んでいた同じ年頃の子供達はわざわざピュリンハイドを捕まえて耳を出させ「おかしな丸葉だっ」と、毎日笑い者にしたのだ。
ミアは小さく何も知らないというのもあっただろうが、何ともかわいらしく自分の耳を表現してくれた。
「ふふ、私もまだまだですね。吹っ切っていたと思っていたのに、いまだこんなにも耳のことが気になってしまうなんて」
愛し子ということは秘密にし、穏やかに父母と暮らすことを望んだミリアンジェだが、エルフとして生まれた以上、エルフの知識はいずれ必要になるであろう。
久しぶりに母へ手紙を書きましょうか。エルフの子供向けの絵本や手習いの教本などを送ってもらえるよう頼まなければ。内密にと念を押すのも忘れてはならないですね。神学校へ行く前、見送りの母を見たのが最後でしたが、母はあの時のままの姿でいるでしょう。きっと今は自分の方が年上に見えるはずです。
違う世界からきた魂だというのも気になりますが、今は早急にこちらの普人の常識やエルフのこと、他の種族についても教えねばなりませんね。
よほどのことがなければ、ミアが父母といられるのはあの子の生涯のほんの少しの間のことになるのでしょうから……。
エルフが家族以外のエルフに林檎を手渡しするのはその相手に信頼を寄せている証とされている。偶然とはいえ、そんなことをされてしまってはそうなるようにしなければと思う。
手に持ったままの林檎の甘い香りが先程のミアの言葉を思い出させる。
「しゅきならこんどはたっくしゃんもってくりゅね!ぴゅいとがたべきれないぐりゃい!」
……思い出して、また少し顔が赤くなった実感があった。
あのような幼子に何を……。
ふいをつかれて動揺しただけだ。
エルフに伝わる恋愛古典小説の求婚の台詞が頭に浮かぶ。
「私の事を好いてくださるならば、あなたに林檎を捧げましょう。あなたが一生かかっても食べきれぬほどに」
しゃくりと林檎へかぶりつくと甘酸っぱい味と香りが口と胸、両方へと広がった。




