ウィゼンベルク村とわたし#5
さて、と、ミアをどこかの教会へ連れていきたがってる神父様はどうしてミアを連れて行きたいのかをハッキリさせなくちゃ。
さっきのベンチによじ登り、座り直して向いを指差す。「すわっちぇ?」と着席を促した。
さっきまでの甘えっ子の態度とは様子が違うミアを見て、神父様に少し動揺が見える。
ん、このままミアのペースに持っていくよ。
「あのにぇ、しんぷしゃまがみあをきょーかいにつれてきたいのはどして?」
「当然です、あなたは愛し子なのですから」
「なんでいとしごだととーじぇんにゃの?」
「不自由のない生活を送ってもらうためです。女神様からの預かり子を粗末に扱うことなど許されません」
「みあのため?」
「そうです、わかりますか?あなたの為なのです」
神父様は話が通じたとばかりにほっと笑顔をミアに向ける。
「カッツェとマリッサにもよくよく話せばわかってもらえるでしょう。ミリアンジェにとって教会へ行くのがよいことなのだと」
それはどうかな?
「みあをきょーかいへちゅれてくと、しんぷしゃまにもいいことありゅ?」
「私に?」
「えらーいひとからほめてもらえてごほーびもらえちゃり、しんぷさまがえらーいひとになったり」
子供らしく言ってみたけど、褒賞金や出世があるんじゃないかと疑っている雰囲気を出してみる。
「なっ!そんなことはありえません!教会内の地位というものは厳しい戒律に則って決められているものなのです。それに褒賞が与えられるなら私にではなく、ここまでミリアンジェを育てたカッツェとマリッサへと与えられるべきでしょう」
ふーん。
「じゃーしんぷしゃまはみあのためだけにきょーかいへいってほしいのにぇ?」
「えぇ、その通りです」
「ほんちょーね?」
「女神に誓って本当です」
よっし、言質はとったからね?
大人は時々自分に都合のいいように子供に尤もらしく嘘をつく。
小2の時にみりあがクラスで虐められた時、施設の所長さんと校長先生と担任の先生と四人で話し合ったときのこと忘れない。
「みりあさんがこれ以上の虐めにあわないようにこれはクラスの中だけで収めます」と、言った。
虐めた子の親にも、教育委員会にも知らせないってことだ。事を大きくしたくないのが子供のみりあにだってわかった。
「私としてもみりあさんがこれ以上の注目を集めてしまうのは本人がかわいそうなんじゃないかと思いますがねぇ」そう言った校長先生の目を忘れない。あの時、そんなことはどうでもいいから相手の親を呼び出して謝らせろと怒鳴ったらどんな顔をしただろうか。所長さんもそんな対応はおかしいと抗議してくれたけど、「まぁまぁそう熱くならずに」「未発達な子供には軽い虐めのようなことはよくあること」と、まるでこちらが大げさに騒ぎ立てる悪者かのような言い分だった。
幸い虐めはひどくならずに終わったけれど、それは先生のおかげじゃない。みりあが悩んでいるのを見てアドバイスをくれた、元ヤンゆかりお姉さんのおかげだ。「虐められたら絶対にへらへら笑ったりしない。自分の方が絶対的強者になったつもりで睨み付ける。低学年ならこれでビビる」そして、「テメェら、ひとにこんなことしといて、自分らも同じことされる覚悟はあるんだろぅなぁ?あ゛ぁ゛!?」と、下から顔を覗き込んで目と目を合わせる実践付きで教えてくれた。
みりあはそこまでできなかったけど、睨んだだけじゃケガもしないし思いっきり睨み付けたら虐めはぴたりとやんだ。
大人は人のためっていいながら、自分のための嘘をつくのを、みりあは知ってる。
神父様が「ミアのため」に教会へ連れていくそれが「本当」なのだと言ったのだから、内心がどうあれ建前のそれを崩すことはもうできないはずだ。
「じゃあね、いまかりゃなんでみあがいとしごになっちゃのか、おはなしするね?」
「それはどういう……?」
「しちゅもんはあと。まじゅはだまってきいちぇちぇ」
手のひらを神父様へ向け、黙っててとお願いする。
「いいでしょう」
きれいな顔の整った眉が一瞬ぴくりと引き攣ったけど気にしない。
さっさっと話始めなきゃ。
「みあはね、もともとこのちぇかいのたましぃじゃなかったの。せらすてぃあさまのふたごのおねぇさんのちぇかいのたましぃだったの」
「!」
「ときどきふたちゅのせかいでたましぃのこーかんをしゅるんだって。みあはしょれにえらばれちゃの。まえのみあは“みりあ”っていうじゅっさいのおんなのこだったの。こっちにくりゅときに、せらすてぃあさまがみあのおねがいをきいてくれたの」
「……そのようなことがありえるのですか……!?女神様と直接の対面なんて………!」
「しょれでね、みあはこうおねがいちたの。わたしをあいちてくれるぱぁぱとまぁまのところへいきたい。って。“みりあ”はね、すてごだっちゃの。“みりあ”のいたせかいはしゅごいのよ?
おーきなしょらとぶきかいをつくってたっくしゃんのひとをはこんだり、とーくのひとときかいをとおしておはなししたりできた。しょんなところだったからすてごの“みりあ”でもふじゅーなくいきていたのよ。じょーぶなおうちにしゅんでたし、ごはんはおにゃかいっぱーいたべれたし、およーふくもいっちゅもあたらしーのをもらえたち」
施設の中、衣食住不自由がないよう気を使ってくれていた職員さん達を思い出す。
親と暮らせない子供達の為に、仕事とはいえとても親切にしてもらった。
「………でもにぇ?……いっつゅもさみちかったの。さみちくてさみちくてどうしようもなかっちゃの。しにゅまえの“みりあ”はもうしょれがあたりまえになっちぇてじぶんがさみちいこともわからにゃくなってたぐらい」
ミアの瞳から涙がぽろりとこぼれ出た。