返すのは山小屋と借り
「え、本当に? ミア教会に住んでいいの?」
そっと目を開けたピュイトは「ええ、構いませんよ?」となんてことないように答えた。
「部屋もありますし、前からミアは結婚式の手伝いなどもよくしてくれてましたし、ミアさえ良ければ問題はありませんよ」
「よかったじゃねぇか」
「ミア姉にいつでも会えるね」
「ここなら安心できるな」
みんなもうんうんと頷いている。
「薬草畑とかも……作っていい?」
「えぇ、裏庭があいてますからお好きにどうぞ」
村の適当なところに家を創造してもよかったけど、またゲオルグに何か言われたりしたら嫌だしね。
「あ、あのっ、ミア一生懸命お手伝いするっ!
ここに住まわせてくださいっ 」
「はい、どうぞ、喜んで」
ピュイトはにこにこと頷いてくれた。
「ピュイトありがとう!」
ここならパパやママやじぃじのお墓にもすぐ行けるし、何よりピュイトと一緒なら安心できる。
ピュイトはエルフ仲間だし、ミアの秘密も知ってるから何の心配もいらない。
「住むとこ決まってよかったね!」
イオさんが離した手を今度はカンナが掴んでぶんぶんと大きく振られる。
ふふふ、カンナはまだまだ子供だね。
みんなにこにこ笑ってる中で、カイ兄ちゃんは腕組みをして黙っていた。
「……なぁ、ミア、ゲオルグのやつは“元の通りで小屋を渡せ” って言ったんだよな?」
「うん、“前と少しでも違ってたら承知しない”って言われたの」
「──なら、お望み通りにしてやろうぜ」
見上げたカイ兄ちゃんは今まで見たことないぐらい、悪い顔をしていた。
今日は山小屋をゲオルグとロッテに引き渡す。
あっという間にその日になってしまった。
庭に出て、思い出のつまったおうちを見つめた。
やることはたくさん、感傷に浸ってばかりはいられない。
大きく深呼吸。
「“複製”!」
庭にもう1つ、目の前のおうちとそっくりな山小屋が現れた。
扉を開けて中を覗けば、元のおうちと全く一緒。
よし、成功だ。
「こっちの複製の方を指輪に入れてっと」
本当は本物の方を持っていたかったけど、こればっかりはしょうがない。
「よし、じゃあ、本物の中をお片付け」
おうちの中のミアがバイエル商会から買った物やパパが作った少し歪なテーブルや椅子を指輪にどんどんと入れていく。
ミアが創造した姿見も忘れずに。
だって、パパとママが住み始める前に戻さなきゃだもんね。
「あの山小屋、ミアが魔法ですげぇ快適にしてたろ? あれ、ぜーーーんぶ、なくして元通りにしてやれよ 」
あの日そう言ってカイ兄ちゃんはニタリと笑った。
『ちゃんと元の通りで小屋を渡すんだぞ? 前と少しでも違ってたら承知しねぇからなっ』
そう言ったゲオルグの言葉通りにしてあげる。
大体、じぃじのおうちだって元々空っぽだったのに、ミア達を泥棒扱いしてひどいんだから。
最初からあったかわからない水瓶みたいな物はそのままにして、ほとんどの物は指輪に入った。
「そしたら、こっから仕上げ。“魔法解除”!」
複製に、魔法解除したら、複製した小屋ごとなくなっちゃうから本物から魔法を取り除く。
創造で作ったガラス窓やカーテンや大きなコンロは消え失せて、小屋もしゅるしゅると縮んで来る。
たちまち、昔、ミアが過ごした小さな山小屋へと戻った。
「これはこれで懐かしい」
隙間風が入って凍えたって、親子三人で一つのベッドだって、パパとママが側にいれば他に何もいらなかった。
ミアの幸せはこの小さな小屋に詰まってた。
じわりと滲んだ涙をそっと拭う。
大丈夫、複製だけど小屋は指輪に入ってる。
思い出はなくなっていない。
立つ鳥跡を濁さずって言うからね、“クリーン”はしておいてあげる。
しばらく小屋の前で待っていると、ゲオルグ達がやってきた。
ゲオルグにロッテにロッテの旦那さん?それに荷車を引いたカイ兄ちゃんだ。
「やっとついたのね、ミアこんなところでよく1人で住んでたわね」
挨拶もそこそこにロッテが話しかけてくる。
「慣れれば大丈夫だよ?」
「そうでしょうね、じゃなきゃいられないわ」
「ちゃんと元のままにしてあるんだろうな!?」
なんでかすでに怒ってるゲオルグがずかずかとやってきて扉を開けた。
「な、なんだこれは!!」
ゲオルグの声を聞いて続けて小屋へ入ったロッテも大きな声を出した。
「ちょっとゲオルグおじさん、話が違うじゃない! なによこれ!」
そこへひょいと顔だけ小屋の中へ入れたカイ兄ちゃんが「はは、懐かしいな」と笑う。
慌てて外へ出てきたロッテが「だって、聞いてたのと違うわっ、ここには立派はコンロがあって、ガラス窓もあるってゲオルグおじさん言ってたもの」と焦って旦那さんに向かって話している。
その旦那さんは「僕は知らないよ?」と逃げ腰だ。
「ミアっ、ここにあったモンはどうした!?
お前、また勝手に持ち出したんだろ!? 」
真っ赤な顔をして拳を今にも振り下ろしそうなゲオルグを見て、カイ兄ちゃんがミアの前に立ってくれる。
「何言ってんだよ、山小屋は前はこうだったぜ?」
「そうだよっ、 ここにあった物のほとんどはパパとママとミアが買った物だし、小屋を広くしてたのはミアの魔法だし。ゲオルグが“元通り”にしろって言うからしておいただけ」
広い背中から、顔だけ出してミアも言ってやる。
「ゲオルグはじぃじのうちからミア達が金目の物を持ち出したみたいに言うけどっ、そんなことしてないからっ! 金目の物が欲しかったら真っ先に銀のお皿を持ってくよっ!!」
じぃじの大事な大事な家宝のお皿。
本当はミアだって手元に持っておきたかった。
でも、あれは役人をもてなすために使う大切な物。
あれは村長の家になくちゃいけない。
そう言ってやれば、はっとしたゲオルグは構えていた拳を下ろした。
「……そんな、じゃあ、村長の家は何であんな……」
「む、昔、お金が必要になった時に家財は売ったらしい、よ?」
それを聞いたゲオルグは膝をついて「村長なんて引き受けるんじゃなかった……」と頭をかかえた。
「あ、そうそう山番のお仕事はロッテの旦那さんがするんだよね? はいっこれ」
「な、なんですか?」
ロッテの旦那さんは気が弱い人みたい、おどおどとミアの差し出したノートを受け取った。
「これはね、染料の木の観察日誌だよ。これ読んで若木を立派な木に育ててね! とっても大事なお仕事だからくれぐれもよろしくね」
「ええと、はぁ、まぁ、頑張りマス?」
「おじさんが余計なこと言うからいけないんじゃない! こんな山奥でも小屋は立派だからってここまで来たのに! こんなのってないわっ!!」
ロッテはゲオルグに食って掛かってる。
ふと見ると、ロッテのお腹が少しふっくらとしている気がする。
「ロッテ、もしかして……?」
ミアが自分のお腹を押さえてみせると、それに気がついたロッテも自分のお腹に手をやった。
「あら、わかった? そうなの。だから仕事をおじさんに紹介してもらったんだけど、私、ここで上手く子育てできるか不安になってきたわ」
腰に手を当てて「あなたが町の仕事をクビにならなければこんなことにならなかったのに」とロッテは旦那さんをじろりと睨んだ。
旦那さんは「ははは……」と、から笑いをするだけだ。
ロッテの旦那さん、頼りなくみえるけど大丈夫かな?
……しょうがないなぁ。
「はぁ……結婚のお祝いもしてなかったし、出産祝いも兼ねて何かプレゼントしてあげる」
そう言えば、振り向いたロッテはぱぁっと顔を輝かせた。
「本当に!? いいの!?」
「ほら、何がいい? 小屋を大きくする? それともコンロ? それともガラス窓?」
「えぇっ……と、そうね、私、あんな囲炉裏だけで上手くお料理できる気がしないから、コンロ! コンロでお願い!」
「いいよ」
小屋に入ってコンロを創造。
小さいけどオーブンもあるからパンも上手に焼けるよ。
「おまけしといてあげる」
明け閉めできるガラス窓を創造。
「赤ちゃんのお世話は明るいところでしたいもんね」
「うれしいわ、ありがとう、ミア!」
ロッテと旦那さんとゲオルグは荷車から荷物を下ろして、小屋へと運び始めた。
「よし、オレらは行こうぜ」
「うんっ」
ミアは今日から教会で寝泊まり。
カイ兄ちゃんと二人で山道を下る。
「……なぁ、ロッテにあんな親切にしてやる必要なかったんじゃないか?」
カイ兄ちゃんは不思議そうに「ミア、ロッテのこと苦手だったろ?」と続ける。
うん、まぁ、そうなんだけど。
「ロッテにね、1つ借りがあったから、それを返しただけ」
「そうか」
ずっと、心に引っかかっていた、あの日の意地悪。
なかったことにはできないけど、少しだけ気持ちが軽くなった。




