変わるもの、変わらないもの
「よし、順調に成長してる」
若木は春の陽を浴びてすくすくと育っている。
前にじぃじから聞いた話とパパの記憶を辿ってわかったのは染料の木は古くなると実りが悪くなってしまうということ。
ミアが小さな頃から実を採ってきた木達は、じぃじのお祖父さんが植えた木。
去年あたりから少し元気がなくなっていた。
じぃじのお祖父さんは将来村長になるじぃじのため、村が少しでも豊かになるように願ってこの木を植えたんだとミアは思う。
その木々は今は古木になってしまったけど立派に役目を果たした。
今度はミアが植樹したこの若木達がその役目を果たす。
「カンナやロイやレイナの子供達のために……」
きちんと管理して、上手に世代交代させないと。
エルフのミアなら見守れるからきっと大丈夫。
創造したノートに記録をつける。
ふふ、懐かしい。
園芸委員だったみりあもお世話した内容を日誌に書いてたっけな。
細かいことは忘れちゃうかもしれないから、書いて残しておくのは大事だよね。
センサーランプがちゃんとつくかどうか確認してから山を下りた。
山のおうちでお仕事用のズボンからワンピースにお着替え。
今日は小間物屋さんにお薬を届ける日。
頼まれてるのは熱冷ましと咳止めと目薬。
今日は暖かいから明るい色を着たい気分。
シャーベットオレンジがいいな。
ふんわりした袖に丸い襟。
袖と襟にはパウダーブルーのパイピング。
裾にはアイボリーのレースをつけてっと。
「創造」
姿見の前でチェック。
村で着るには少し派手かな?
でも春っぽいからいいよね!
「かわいく支度できたね」
「ほら、ミア、小間物屋さんが待ってるわよ」
誰もいないお部屋からパパとママの声が聞こえた気がした。
「いってきます」
「え? みんなそんなに苦しいの?」
久しぶりに小間物屋さんにお薬を卸しに来たら、1瓶で銀貨1枚だったのを、これからは2瓶で銀貨1枚だと言われた。
「そうなんだよ、だから1本大銅貨5枚で、な?」
今は小間物屋さんは、ミアが熊から守ったおじさんじゃなくて遠縁のドナルドが継いでいる。
ドナルドはあんまりお掃除が好きじゃないみたい、棚にうっすらと埃が見える。
カウンターに肘をついて薬の瓶を摘まんでゆらゆらと揺らしながら言われたのは、冬の寒さのひどかった今年は薪代や色々お金がかかって村の人の暮らしが厳しくなってるってことだった。
「な? あんたは暮らしには困ってないんだろう?」
ドナルドはミアの格好を上から下までじろじろと見た後、へらりと笑った。
「……うん、まぁそうだけど」
「ほら、いいじゃねぇか、村のためだぞ?」
「じゃあ……いいよ?」
ルゥ先生が聞いたら「薬師の仕事を安売りするな」って怒りそうだけど、村の人が困ってるなら力になりたい。
「毎度ありっ、ほら、これ代金な!」
にやにやしながら薬の瓶を手前に引き寄せたゲオルグは、カウンターに大銀貨1枚と銀貨5枚をパチリと置いた。
「……確かに」
村の人がお金に困って薬を飲めなくて手遅れになるよりよっぽどいいよ……ね。
置かれたお金をポケットにしまった。
さてと、次は山番のお給金を貰いにゲオルグのところへ行かなくちゃ。
懐かしいじぃじのおうちのベルを鳴らす。
ゲオルグはミアがここに来るのにいい顔をしないから、しばらく足が遠のいていた。
「あ゛? なんだミアか」
出てきたゲオルグは、やっぱりミアの顔を見るなり不機嫌そうになった。
「あの、今月の山番の……」
「……あぁ、ちょっと待ってろ」
一旦奥へと引っ込んだゲオルグはすぐに戻ってきて、「ほらよ」と無造作に剥き出しのコインをミアに渡した。
「これで最後だ」
「え? 最後ってどういうこと?」
「そのまんまの意味だ。山番の仕事は来月から他のヤツにやってもらうことになった」
「そんな、急に……」
「もう決まったことだ、いいか、ちゃんと元の通りで小屋を渡すんだぞ? 前と少しでも違ってたら承知しねぇからなっ」
そう言い捨ててゲオルグは乱暴に扉を閉めてしまった。
どうしよう?
どうしたらいいのかな……
とぼとぼと歩いていたら声をかけられた。
「ミア姉ちゃん! どこ行くの?」
買い物籠を腕にかけて、いつかのアナお姉さんそっくりのポニーテールの赤い髪を揺らしているミアの妹分。
「カンナ……」
「ど、どーしたの!? すんごく暗い顔してる!!」
「あのね……」
「そんなバカな話あるか!?」
ミアの話を聴いたカンナは大慌てで教会にイオさんとカイ兄ちゃんを呼んできてくれた。
説明されたカイ兄ちゃんは話を聞くなり怒っている。
「山番はずっとミアのとこのおじさんがやってきてた仕事だろ!」
「山の中でキツくて、しかも給金も安かったから誰もやりたがらないのを引き受けてたのがカッツェだったはずだ」
イオさんも眉間に皺を寄せて険しい顔。
「なぜ急にそんなことを言い出したのでしょうね?」
ピュイトも訝しげに頚を捻る。
「……あたし、わかっちゃったかも」
カンナがそろっと手を上げた。
「ロッテよ、ほら町にお嫁に行ったロッテ。こないだ旦那さんが仕事を辞めて村へ二人で越して来たじゃない。きっとそのせいよ」
ミアはずっと村にいないから知らなかったけど、そんなことになってたんだ。
「なるほど、身内に仕事をまわすため……ですか」
「クソかよ」
ピュイトは確かめるように言い、カイ兄ちゃんは吐き捨てるように言った。
「お前のじぃさんも父親も不公平なことはしなかったもんだがなぁ」
イオさんは頭をふりふりため息をついた。
「ミアはどうしたい? いつか約束した通り、わしらはミアの力になるぞ」
イオさんは笑ってミアの手を取った。
「ミアは……」
力になってくれるのはありがたい。
だけど、ミアだってもう小さな子供じゃない。
村長のゲオルグに逆らえば、多少でも村に住むのに不都合が出てくるのはわかる。
巻き込んじゃダメだ。
「……パパの従兄弟とケンカするのはしたくない……」
「山番をやめることになるんだぞ? いいんだな?」
ミアの顔を覗き込みながら、イオさんは手にぎゅっと力を込めた。
「……うん」
だって、しょうがない。
若木の成長も気になるけど、次に山番をする人によくよく伝えておこう。
「そうか……、まぁ、身内と揉めるのは最後まで我慢した方がいいかもなぁ」
「そうよね、あんなんでもゲーテさんの息子だものね」
「じゃあよ、ミアはこれからどこに住むんだよ? あの山小屋にはもう住めなくなるんだろ?」
そうだ、パパとママの思い出いっぱいのあそこにはもう住めないんだ……。
山番のお仕事よりもそっちの方がミアには辛い。
「では、ここに住んだらいいですよ?」
「え!?」
「教会にミアが住めば女神様も喜ばれることでしょうしね」
みんなが一斉にピュイトを見たけれど、見られたピュイトは手を組んで目を閉じて、早速女神様に祈っていた。




