お別れまでの愛しい時間
ママは麗らかな春の日に旅立った。
元々体の弱かったママは「ミアをこんなところに縛り付けて、苦労させてごめんなさいね」といつもベッドの上で謝ってた。
「もうっ、ミアがママの側にいたくているんだから気にしないの! お世話は魔法でできちゃうんだから全然苦労なんてしてないよ」
「……そう? でも、こんな山の中じゃ恋人だって見つけられないわ」
「恋人はまだ先でいいよ、ほら、ミアまだ子供っぽいもん」
最近、ようやく14才ぐらいに見えるようになったミアにママは恋をして欲しいみたい。
「ね、そんなことよりパパと出会った時のこと、またお話しして?」
「ふふ、ミアはその話が好きねぇ」
「だってパパみたいに素敵な人をみつけなくちゃ、でしょ?」
「あら、パパみたいに素敵な人は、なかなかいないわよ?」
「それが問題だよね」
二人で笑いあって幸せを噛み締めて、だけど
切ない気持ちが募ってしまって、お世話は全然苦ではないけど、時々、心が軋んでいる気がした。
暖かい空気に澄んだ青空。
畑の薬草も一斉に芽吹こうとする季節。
ひどくのんびりとした春の日にママは息を引き取った。
「ミア 、素敵な人と幸せになって」
「パパのことよろしくね」
「カッツェ、あなたと一緒になれて幸せだったわ」
微笑みながら穏やかに鼓動を止めた。
ウェルツティン先生は伝言鳥で「元々の体の弱さを考えれば、とても長生きして旅立たれたと思います。つつがなく女神様の元へゆけますように……」と慰めの言葉をくれた。
パパは取り乱すことなく静かに悲しんだ。
「覚悟はしていたからね」と。
それからはママの思い出話をしながら、二人で静かに過ごした。
「ご苦労様、外は寒かっただろう?」
「うん、もうすぐ雪が降りそう」
染料の木の様子を見に行って帰ったミアをパパは温かくした部屋で迎えてくれる。
「新しく植えた若木はどうだった?」
「うん、大丈夫だった。近づくと光る魔石ランプが効いてるみたい」
「それはよかった、さ、夕飯にしよう」
山番のお仕事を引き継いでから気がついたけど、染料の木は寿命が近かった。
エルフっぽく植物魔法で元気にしちゃうことも一瞬考えたけど、それだと他の人が山番になった時に困っちゃう。
だから、実から若木を育てて植樹をした。
でも若木は鹿の大好物だって聞いて、近づくと光るセンサー付きの魔石ランプを創造して周りにたくさん吊るしてきた。
痛くするのは嫌だったからびっくりして逃げてくれて安心した。
「この匂いは……パパの得意なトマトリゾット!」
「当たりだよ、ほら、座って」
パパはたくさん盛り付けたリゾットをミアの方へ。
少なめなのを自分の前に置く。
「もう年だから、そんなに食べられないんだ」と言われてからは、それを指摘しないことにした。
「うん、美味しいっ」
「それはよかった」
「ママもこれ好きだったよね」
「あぁ、『これは私より上手ね』って誉めてくれたな」
「ミアもそう思う」
パパは節の目立つようになった手でゆっくりと食事をとる。
時々目が合うと柔らかく細められる目に何故かほっとする。
外の寒さを感じない部屋の中でいつもの時を過ごす。
時間はゆっくりと進んでくれていると思っていたけれど、……だけど本当は恐ろしい速さで過ぎていた。
あと数日で新年を迎える夜。
なんとなく、そう、上手くは言えないけれど、なんとなく予感があった。
きっとそれはパパもだったと思う。
「ね、今日は久しぶりに一緒に寝てもいい?」
「あぁ、いいとも」
創造した羽毛布団はふわふわで、滑らかな肌触りの毛布と一緒に体温を逃がさない。
隣に潜り込めば小さな頃と同じように、しっかりと肩まで布団がかけられる。
光石ランプが淡い緑を部屋に広げた。
「この先ね、普人の中で暮らしていたらミアはたくさんの別れを経験するだろう。でもね、それに引きずられないで欲しいんだ。ミアはミアの“生”を生きて欲しい」
「……うん」
じぃじが女神様のところへ行った時、ミアはパパとママに聞いた。
ミアは特別なエルフだからパパとママの寿命をエルフみたいに延ばすことができるよって。
そしたらもっとずっと一緒にいられる。
でも、パパもママも首を横に振った。
「私達は私達に与えられた命を生きるわ」
「どうかわかって欲しい」
悲しいけれど、それがパパとママの選択だった。
「ミアはエルフとして精一杯生きるよ」
「あぁ、そうして欲しい。エルフだからって永遠の命な訳ではないからね。ミアには自由に思うままに生きて欲しいんだ」
「パパは村から出たかった?」
「うん? そうだな、昔はそう思ったこともあった。だけど、村にいたからママとミアに会えたからね」
「そっか」
「ママとミアはかけがえのない大切な存在だ。
ミア、パパとママに幸せをありがとう」
「パパとママがミアのパパとママでよかった」
骨が目立つパパの肩におでこをぐりぐりと擦り付ければ「いつまでも小さな子みたいだね」とゆっくりと頭を撫でてくれる。
「パパとママがいなくても、生きることを諦めないで。待っているから、後からゆっくりとおいで」
夜が明けて目を覚ましたのはミアだけで、パパはもう目を覚ますことはなかった。
雪が深く積もり、吐く息まで凍りそうな冷たい冬の日だった。
大きなソリを創造して、柔らかな毛布でパパを包んで寝かせた。
パパはもう寒さを感じないのはわかっていたけれど、冷たい空気に当てるのはしたくなかった。
教会の裏のドアをノックすれば、ピュイトが顔を出した。
ピュイトを見るのはママのお葬式以来。
ピュイトはあまり変わっていなくて、ほっとする。
「あの……」と言いかけた、ミアの後ろのソリを見て目を見張った。
「旅立ちの準備をしなくてはいけませんね」
こくりと頷くミアを、ピュイトはそっと抱き締めてくれた。
ピュイトや、もうすっかりおじさんになったカイ兄ちゃんや3人の子持ちになったアナお姉さんが準備を手伝ってくれた。
杖をついたイオさんはカンナに付き添われてお葬式に来てくれた。
「寒いのにありがとう」
「みんな先にいっちまうな」と笑ってくれる。
「ミア姉ちゃん、今日はうちで夕飯食べてって。あたしが作るから。ね、おじさんの思い出話しよ?」
すっかり大人になったカンナは、ミアをまだ“姉”と呼んでくれる。
「うん。じゃあ、最後まで片付けたらお邪魔する」
「待ってるね」
パパはママの隣に埋葬された。
反対の隣はじぃじ。
みんなが女神様のところへ無事に辿り着けるようにお祈りをしてくれた。
しばらく1人になりたいとお願いしてみんなが去った後、指輪から小さな箱を取り出した。
これは山のおうちの庭のすみっこに埋められていた物。
ママが時々、そこに目を留めているのに気がついていた。
みんなが雪かきをしてくれたからお墓の周りには雪はない。
パパとママの間に土魔法で穴を掘ってそっと埋めた。
これでさみしくないよね。
「ミアが行くまで、パパとママのことよろしくね」
次はちゃんと兄弟になれるといいな。
手向けに空色のネモフィラをたくさん咲かせてお別れをすませた。
自分でも不思議だけど、涙は出なかった。
これがパパの言ってた「覚悟ができてる」ってことなのかな。
今はただパパをきちんと送り出すことができてほっとした。
教会へ戻るとピュイトが眉間に皺を寄せて、誰かと話をしていた。
「村で葬儀代を払わないとはどういうことですか」




