祝福と鎮魂に響く鐘の音
アルのことが片付いてしばらくしてから、ディノがアイナブルゴヤへ帰る時は、お別れを言っているディノの顔がわからなくなるぐらい涙が溢れて止められなかった。
「そんな泣くなって」
「だっでぇ」
「オレまで辛くなるだろ? な、またアイナブルゴヤまで遊びにきてくれよ?」
「う゛んっ、絶対、絶対いくがらっ」
「親父のこと頼むな」
切なく微笑むディノに「もちろん」と約束する。
じぃじはあれからベッドで過ごす時間が長くなった。
ショックが大きくて気力がわかないんだろうってパパが言ってた。
千切れるぐらい手を振ってお別れをした。
ずっと側にいた人がいなくなるのは寂しい。
ぽっかりと穴の空いた心が、寂しい、寂しいとしばらくはうるさかった。
コォーン…コォーン…
初冬の青空の下、村中に鐘の音が響き渡る。
いつもは朝と夕方にしか鳴らない鐘だけど、今日は特別な日だから。
「おめでとう!」
「お似合いよ!」
「お幸せにね!」
着飾った村の人達が口々にお祝いの声をかける。
今日はカイ兄ちゃんとアナお姉ちゃんの結婚式だ。
ピュイトの鳴らす鐘の音が2人の結婚を村中に知らせた。
女神様の浮き彫りの前で誓いの言葉を交わした2人はめいっぱいの笑顔で村のみんなの祝福を受ける。
新婦の手には純白のダリヤのブーケ。
髪にも同じお花を挿してある。
ミアからのプレゼント。
カイ兄ちゃんとは仲直りができた。
アルを村から追い出した後、ミアはぐっすりとお昼すぎまで寝てしまった。
朝ごはんと昼ごはんとおやつのハムとチーズのサンドイッチを食べて、これで平和になったなぁ、なんて考えていたら玄関のベルが控えめに鳴った。
開けたドアの向こうには、カイ兄ちゃんが立っていた。
帰ってきていいよ、ってパパからの手紙に書いてあったから帰ってきたけど、どうしよう。
何も言えずにただ困っていたら、カイ兄ちゃんも困ってしまったみたい。
眉が下がっている。
「久しぶり……だな、今から話せるか?」
「また背が伸びたね」
「まぁな、……ミアは変わってねぇな」
庭にでてメモに使える木の葉っぱをぷちりと千切るカイ兄ちゃんは、ミアがアイナブルゴヤへ行く前よりも背も高くなって、ぐっと大人になっていた。
髪も伸びて後ろ髪を紐で一つに縛っている。
「ミアに謝ろうと思って。そんなに追い詰めるつもりじゃなかった」
「ミアこそごめんね、心配してくれてたのは知ってる。アイナブルゴヤも楽しかったから気にしないで
そう言うと、カイ兄ちゃんは、はぁっと大きい息を吐いた。
「ミアのためって言いながら自分の思いだけを押し付けちまってたよな」
「気持ちは嬉しかった。でも……」
「あーっ、いいって! もうちゃんとわかってっから!」
照れたカイ兄ちゃんは、首の後ろに手をやって「まいったな……」と結んだ髪の毛をいじる。
その根元には鮮やかな朱色の組紐が結んである。
「アナお姉さんとうまくいってるんだ?」
そう聞けば目を真ん丸にして「え、はっ、ちょ、どっ……!」と狼狽える。
ミアも自分の首の後ろを指差して「だって、それ、アナお姉さんの色でしょ?」と、にんまりすれば、視線をうろうろとさ迷わせた後、「結婚の約束した」と顔を赤らめた。
ふふ、よかった。
アナお姉さんの気持ちが届いたんだ。
だけど、カイ兄ちゃんはすぐにミアを見つめて真面目な顔になった。
「ミアに結婚を申し込んだ気持ちは真剣だった。側で一生守りてぇと本気で思った。たった2年ぽっちで心変わりしたオレが言ってもあれだけどっ……」
「わかってる、大丈夫。カイ兄ちゃんはいつも真っ直ぐだってことミア知ってる」
今度はミアがカイ兄ちゃんの言葉を遮った。
見上げたカイ兄ちゃんは、もうすっかり大人の顔つき。
うん、ミアみたいな子供がお嫁さんなんて考えられない。
「大好きなカイ兄ちゃんとアナお姉さんが結婚したらミアはすっごくうれしい。ね、これからも2人で家族みたいにミアと仲良くして? ……ミアはまだ大人になれないけど……仲間外れにしないでくれる?」
「あぁ、ミアはいつまでもオレ達の“妹”だからな。それはずっと変わらねぇよ」
にかっと笑った笑顔は小さな頃と同じ。
「うんっ!」
よかった。
本当によかった。
それからはうれしいことも悲しいこともありながら、とても平和に村で過ごした。
仲良しのベスお姉さんやエミーナお姉さんの結婚式をお花でいっぱいに飾りつけたり、カイ兄ちゃんとアナお姉さんの赤ちゃんが産まれた時には、周りから「張り切りすぎだ」って止められるぐらい、色んなお世話をした。
だって、とってもかわいかったんだもん。
小さな赤ちゃんの服に刺繍をしたり、オムツをクリーンしたり、小さな幸せのカタマリは見飽きることがなかった。
「ミアの妹にしていい?」ってカイ兄ちゃんとアナお姉さんに聞いたら「妹に“妹”ができた」って笑ってた。
ミアの妹、カンナが文字の練習を始めた頃、じぃじは女神様のもとへ旅立った。
じぃじのお墓は先に亡くなった奥さん、パパのお母さんの隣に作られた。
コォーン…コォーン…
ピュイトの鳴らす鐘がとても悲しい音に聞こえた。
パパもママもミアも、自分の家からめったに出なくなってたゲーテおばさんも、悲しくて長い時間を無言で寄り添っていた。
ミアにできることは少なかったけど、お墓の周りにパパのお母さんが好きだった白い百合を咲かせた。
「今日からカッツェが村長だよ」
ゲーテおばさんにそう言われて村長を引き継いだパパは、ずっとじぃじのお手伝いをしていたから問題なく村長さんをしている。
ミアはそのお手伝いをして過ごした。
何年かに一度アイナブルゴヤまでディノに会いに行った。
ディノはギルドで少しずつ出世していて、バイエル商会の後押しもあって、副ギルド長になっていた。
じぃじの遺髪を届けた時にミアは初めてお酒を飲んだ。
「親父が好きだった酒を飲んで偲んでやろうぜ」
「赤ワイン、渋ぅい」
「ミアにはまだ早ぇか? なら、こっちにしとけ」
差し出されたのは薄い金色でぷつぷつと泡がある。
「これ、美味しい!」
「林檎酒だ」
次の朝は頭痛がひどかった。
「酒飲ませたこと兄貴には内緒だぞ」おでこを押さえながらディノが水をくれる。
「わかってる」
2人のヒミツがまた増えた。
ミアの外見が12才ぐらいになったころ、パパとママと一緒に山のおうちへ戻った。
山番のお仕事をミアがやることにして、村長はゲーテおばさんの末の息子さんに任せることになった。
パパとママは年を取って、もうミアと親子には見えなくなっていた。
髪は白くなって、顔には皺が刻まれた。
村の小さな子供からは祖父母と孫に思われていた。
「どんなに年を取ってもミアがかわいい娘なのはかわらないわ」
「そう、大切なのは変わらない」
「ミアも、パパとママが大好きなのは変わりっこない」
穏やかで暖かい3人での暮らしがまた始まった。
山のおうちでは人目がないから、魔法を使うのに遠慮はいらない。
食の細くなったママに何とか栄養を取って欲しくてチョコレートのなる植物を“創造”した。
みりあの記憶でチョコレートは確かカカオって木の実からできるのはわかったけど、その実をどうしたらチョコレートになるのかはわからなかったから、そのままチョコのなる植物を創っちゃった。
その方が早かったもん。
庭の畑にはチョコが鈴なり。
鬼灯そっくりなチョコの実は、膨らんだ皮をぱりっと割ると中から艶々な丸いチョコがでてくる。
ママはベッドで「こんなに美味しい実があったなんて」と喜んで食べてくれた。
パパとミアでお世話しながら、昔話をした。
いつまでも続いて欲しいけれど、お別れの時が少しずつ迫ってくるのを感じていた。




