逃がさない、許さない、観念しなさい
女性の仲間の名前をジェーン→キャスへと変更しております。
駿足の魔法をかけて、村の外れでようやくアルに追い付いた。
日の出はまだだけど、辺りはうっすらと明るくなっていて光石ランプはもう必要なくなっている。
そこにはディノもいて「仲間もこっちに来てる」と教えてくれる。
「アルっ、こっちよ!」
「早くズラかろうぜ!」
こらっ、あんたたちは逃げてもいいけど、アルはまだだめ!
「お皿を返してっ! 蔓、捕まえて!」
「うおっ!?」
地面から瞬時に伸びた蔓が、あいつの足を絡めとる。
ビタンッッと顔から地面に激突したけど、これはわざとじゃないから、ミアが傷つけたことにはならない……よね?
「さぁ、もう観念しなさいっ」
倒れた拍子に手から離れたお皿は少し先の地面にガランと落ちた。
小さい方の男がそれを拾って走り去ろうとする。
「させるか!!」
ディノが先回りして勢いに任せて腕を振り抜いた。
後ろのミアを気にして走っていたそいつのちょうど首のところへ腕は入って「グエェッ」と汚い音を出して男は気絶した。
「やだっ、パウルしっかりしてっ」
残された女の人が叫んでいるけど、そう叫ぶだけで近寄ってもこない。
あの人、可哀想。
仲間なのに心配されてない。
「ディノっ、やったね! かっこいい!」
「ふんっ、揉め事の一つや二つギルドにだってあるからな」
腕を曲げて力こぶのポーズを取るディノの鼻の穴がぷくーっと膨らんだ。
「くそぉ、くそぉ、こうなりゃヤケだっ! キャスっお前の魔法で村を焼いちまえっっ!!」
「えぇっ!? わ、わかったっ、いいのね!?」
は!?
アイツ、何てこと言うの!!
先に口を塞いでしまえばよかった!!
キャスと呼ばれた女の人は服に手を突っ込んで胸の谷間から短い棒を取り出した。
女の人だけ何にも持ってないと思ったら、変なとこに隠してた!
「私はね、魔法が使えるのよ?」
大人用のお箸ぐらいの長さの木の棒の先端に、苺ぐらいの黒い石。
あれってギルドで見せてもらった……
「魔石?」
「そう、よくわかったわね、これは魔石。この大きさすごいでしょう? 」
キャスは得意気に杖をミアに見せてから、魔石にキスをした。
へー、確かにギルドのはビー玉ぐらいだったけど……
「ごめん、ミアもっとすごいの持ってる」
「え? なんですって?」
杖自慢だったら誰にも負けないよーっ!
指輪からミアの杖をずいっと引き出せば、キラキラと聖石が目に痛いほど輝いた。
杖から漏れた魔素の風圧でナイトキャップが飛ばされて、ミアのとんがりお耳が露になる。
「な、なによそれっ! エルフ!? おまけにそのふさげたキンキラキンは何なのよ!? 反則よっっ!!」
なんでかディノもミアの杖を見て目を剥いている。
「えへへ、かわいいでしょーっ?」
オリジン特製、この世に1つしかない、一点物だよっ!
フリフリすると虹色の聖石に細かな金細工も煌めいて、思わずうっとり見とれる美しさだよ。
「そ、そんなもの、キレイなだけのただの飾りでしょっ、くらえっ“火輪”!!」
キャスが左から右へ大きく杖を振ると、クルマのタイヤぐらいの火の輪が現れて、真っ直ぐミアへと向かってくる。
ボボボッと炎が風に揺られて音を立てる。
真っ赤に燃え盛る炎の熱が近づいてくる。
でも、威力も速さも大したことない。
「ミアッ!」
ディノの短い叫び声。
心配いらないよ?
これぐらい魔法を使うこともない。
ミアの杖をほんの少し動かせば、聖石の魔素が火の輪を打ち消した。
「なっ!?」
そんなことされたのは初めてだったのかキャスはぱちぱちと忙しなく瞬きを繰り返した。
「キャスッ、そんなガキじゃねぇ、村を狙えよ、村をッッ」
鼻血をたらしたアルが汚く喚いた。
しまった、口を塞ぐの忘れてた!
一瞬迷う素振りを見せたキャスだけど「今度は防げないわよっ“火連輪”!!」と魔法を繰り出した。
さっきの炎の輪がいくつも連なって鎖のように長い。
激しく燃える伸びた鎖がうねり、蛇のように村の家々に迫る。
電話しても消防車が来てくれる訳じゃないのに、なんてことするのっっ!
火事は恐ろしいからって、村の人達は火の始末を本当に気を付けてるんだからっ!
「“瀑布障壁”!!」
ドォドドドォ……と地響きにも似た音を立てて、ナイアガラの滝のような巨大な水の壁が炎の鎖を阻む。
圧倒的な水量の前に炎は音さえ立てずに消えた。
プールにマッチを一本落としたみたいなものだよね!
「はひぇ、な、に、なによ、これは……」
巨大な滝が目の前に現れてキャスは顔面蒼白でその場にへたりこんだ。ぱくぱくと動く唇の真っ赤な口紅の色だけが顔には残っている。
「えっとね、何だっけ、水系の最大級の防御魔法だっけな……?」
「いや、ミアそういうことじゃねぇと思うぞ?」
ディノが半笑いだ。
そうなの?
キャスは火の魔法ばっかり使うから、水の魔法を知らないのかと思ったのに。
キャスの握りしめた杖の魔石は、2回魔法を使っただけで薄い灰色にまでなっている。
「それ、もういらないよね? “破壊”」
ザラリとキャスの手の中の杖が崩れる。
「ヤダッ! 何よこれッッ!」
元杖はさらさらと指の間から地面へとこぼれ落ちた。
ミアの“瀑布障壁”を消しても、キャスはへたりこんだまま「私の自慢の杖…………」と呟いたきり、次の魔法を打ち込んではこなかった。
キャス自身からは魔力を感じられないから、魔石がなければ魔法は使えない。
よし、こっちはこれで終わりだね。
「……さてと、次はあんたの番」
足を取られている蔓を必死にナイフで切ろうとしているアルに近付いていけば「くそぉ、近付くんじゃねぇ!!」とそのナイフを振り回して悪あがきをする。
「別に近付かなくてもいいけど? “破壊”」
さっきのキャスの杖と同じで、アルのナイフも粉々になった。
「クソッタレがっ!! お前何なんだよっっ! おい、ディノ! 見てねぇで、早くこの蔓を外すのを手伝えッッ」
アルはディノをすごい形相で睨み付けた。
「そりゃできねぇよ、アーベル」
銀のお皿を持つディノの手に力が入る。
「初めまして、だね。私はミア。あなたの弟のカッツェの娘だよ」
「んな訳あるかよっ、適当なこと抜かしてんじゃねぇぞ!」
「あなたが村にいない間に色々あって、それをあなたは知らないだけ」
そして、ミアがあなたを許せないこともね。
「あなたから消すから」
ミアの声が聞こえたのかへたりこんだままのキャスが肩をびくりとさせた。
「エルフだか何だか知らねぇが、やれるもんならやってみやがれ! オレを消したら後悔するぞっ」
ハッタリだと思ったのかアルは威勢よく怒鳴った。
ディノが慌ててミアの方へ駆け寄ってくる。
「ミア……その、こんなんでもな、殺すのはよくねぇぞ?」
「ミアなら殺さなくてもこいつを始めから存在しなかったことにできるよ? ミアはね、女神様に創られた特別なエルフだから」
うん、やったことはないけど、きっとできる。
簡単だよ、産み出すことに比べれば一瞬。
表情を消したミアを見て本気を感じ取ったのか、アルは「ヒィッ」と小さく叫んで地面にお尻をつけたまま後ずさった。
「でも、傷つけないって、パパと約束しちゃったから…………だから、消すのはこいつの記憶」
「記憶? それよりミアが兄貴と約束したんなら、俺がアーベルを殴ってやってもいいんだぞ?」
ディノはボキポキっと拳を握り指の骨を鳴らす。
「ううん、いい。殴ったらディノの手が痛いでしょ? こいつから奪うのは村での暮らし。家族が揃ってる幸せな思い出を消す」
「思い出を……?」
「ハハハッ、なんだよ、そんな記憶なんて取られたって痛くも痒くもねぇ! こんなショボい村での記憶なんて喜んでくれてやるよっ」
おかしくてたまらないという風にアルは笑い続ける。
やめて、じぃじによく似たその顔でそんな醜悪に笑わないで。
……やっぱり許せないや。
「“創造”“追想封印”」




