招かれざる者
「ディノ、起きて」
真夜中と明け方の間の頃、村の周りに張った感知魔法がミアに侵入者が来たことを知らせた。
じぃじが起きてしまわないように、声を潜めてディノを起こす。
「ぅぅん……もう少し寝かせ……」
「ディノ、アルが来た」
ミアがそう言えば、ディノは一気に目が覚めたようで、がばっと布団をはね除けて「わかった」と飛び起きた。
「はい、これ」
二人とも打ち合わせ通りに指輪から取り出した透明マントを羽織る。
お互いが見えなくなっちゃうのは困るから、マントを着ている者同士はお互いが見えるように改良した。
着替える時間はないから二人とも寝間着のままだけど、どっちみち透明マントでディノ以外には見られないから問題なしっ。
マントのフードをかぶれば小人さんの帽子みたいな三角のナイトキャップも隠れちゃうし。
なるべく音を立てないように、そっと家を出る。
「ディノの言う通りの時間にきたね」
「あぁ、盗んだ後は一気に逃げたいだろうからな、明け方近くにくるだろうと思ったんだ」
小走りで移動しながら道に響かないぐらいの声で話しをする。
「でも、村への到着は予想より少し早かった」
トンボカメラで見た限りでは仲間の二人はダラダラと歩くタイプだった。
「路銀がつきそうになったんだろ、あっちは焦ってるとみた」
「そっか」
役場の前に到着して気配を伺うけど、まだアルはいないみたい。
少し離れたところでディノと手を繋いで、じっと待った。
しばらくすると男が二人現れた。
小さな光石ランプの明かりが役場の前で止まる。
「……間違いない、大きいヤツはアーベルだ」
ランプの光で顔を確認するとディノは顔をしかめた。
大きい男、アルが役場を指さすと、もう一人の小さい方が扉に向かって何やらカチャカチャとしている。
「ぶち壊すと音で村の連中が起きてきちまうかもしれねぇからな」
「へへっ、むかーし少しだけ鍵屋に奉公したのが役に立つとはね」
しばらくしてガチャンと大きめの音がして、扉が静かに開いた。
男達はそろりと中へ入っていく。
ミア達もそっと後をつけて中へ入った。
アルが先導して奥の部屋へ迷いなく入っていく。
「おい、この敷物をどかせ」
もう一人に指示を出して床に敷かれた織物を壁際までずらさせると、アルは床板を目で数えて「三枚目の……ここだ」と床板の端を叩いた。
叩いたところとは反対の床板が僅かに浮いて、指をかけられるほどになる。
そこから持ち上げれば床板は簡単に外れた。
男はそこから下へ手を突っ込んで、ずっしりとした袋を引き上げた。
「はははっ、思った通りだっ、やっぱりここの連中はバカばっかりだ」
「どれだけ入ってるのか早く見せてくれよっ」
二人はニヤニヤとはしゃいだ様子で袋の口を縛ってある革紐を解いた。
光石ランプを持ち上げて袋の中を照らしている。
「な、なんだこりゃあ!!」
「い、石じゃねぇか! おいっ、話がちげぇ!!
金はどこにあるんだよっっ!!」
やーい、ばーか、ばーか!
まんまと引っかかったーーっ!!
袋の中にはミアが小川で拾ってきた小石がぎっしりと詰め込んである。
お金はちゃーんとミアの指輪にしまってあるから、絶対に盗めっこないんだからね!
あんた達には石ころがお似合いですーーっ!
「くそっ、他のとこか!?」
二人はじぃじが使ってる机の引き出しを漁ったり、他の床板を叩いたり手当たり次第に探し始めた。
「くそっ、ねぇっ!!」
「ボヤボヤしてたら夜が明ける、もう行こうぜ」
「しかたねぇっ」
二人はさっきより薄くなった闇の中へと歩きだした。
よかった。
パパの言った通りお金がなかったら、そのまま村を出て行きそう。
そしたらもう2度と来て欲しくない。
「やっぱり盗む気だったね……」
「あぁ、……まぁ、兄貴には俺から話すからミアは気にするな」
こそこそと話しながら村の中を後を付けながら歩く。
あと少しで村を出る道へと来ると何故か二手に分かれた。
「なんで?」
「あっちは村の中へ戻る道だな……」
盗みの計画は失敗したんだから、さっさと出ていけばいいのに!
それともパパが言ったみたいに村が懐かしくて見たくなったとか?
ディノと顔を見合わせていぶかしむけど、迷ってても仕方ない。
「ディノはあいつが村を出るのを確認してきて! ミアはアルを追いかける!」
「わかった!」
なにかあってもミアには魔法があるから大丈夫。
こっちも二手に分かれる。
アルはどんどんと進んで行く。
「え、こっちって……」
アルはじぃじのうちの前で立ち止まった。
懐から何か取り出して玄関へと近付く。
カチャっと静かな音がして、扉は開いた。
あいつ、うちの鍵持って家出したんだ。
やっぱり懐かしくなって、じぃじに会いにきたの?
じぃじは会いたいのかな?
会わせていいのかな?
でも、村のお金を盗もうとしてたんだから、やっぱりダメな気がする。
鍵を元のように懐へ押し込むと、アルは音を立てずにするりと中へ入り込んで迷わず台所へと進んだ。
しまった!
「ははっ、オレはまだツイてるぜ、なんだよ、ナイフとフォークも増えてんじゃねぇか。これを売っぱらえば、しばらく遊んで暮らせるだろ」
アルは食器棚から銀のお皿達を取り出した。
それはじぃじの大切な大切なお皿!!!
ディノが探し続けて、ようやくじぃじの手元へ帰ってきたところなのに!!
思わず「触らないで!!!」と大声をあげていた。
マントをかなぐり捨てて物陰から姿を現せば、びっくりした顔から嘲るようににやりとして、鼻で笑われる。
「なんだ、ガキかよ」
「それを置いて早くここから出ていって!」
「うるせぇ、これはな、オレが継ぐ予定のモンなんだよッ、少し早めにもらってくだけなんだよッ!!」
「違うっ、それはじぃじのだし、これから村長になる人に必要な物なのッ! あんたは村長にはならないんだから触るなッッ!!」
「クソッ、うるせぇな、なんでこんなガキがうちにいやがるんだよ」
アルはお皿を抱えて逃げようとした。
だけどそこへ立ち塞がった影があった。
「何をしに来たあッッッ、アーベル!!」
「じぃじ!!」
見られた!
じぃじの後ろには青い顔をしたパパがいる。
台所に入ってきたじぃじの目はあいつの抱えているお皿を捉えている。
「お前という奴はッ!!」
アルに殴りかかったじぃじだけど、その手は胸を抑えて踞ることになった。
「ぐっ、あ゛ぁ」
「父さん!!」
パパがじぃじの背中を必死にさする。
薬!
震える手で指輪から発作の薬を取り出して口に含ませる。
「グッ」
飲ませてすぐには効いてこないから、じぃじはゼェハァとまだ苦しそうに息をしている。
「なんだくたばりぞこないかよ」
あいつはせせら笑うと汚れたブーツの爪先でじぃじの肩をこづいた。
許さない。
許さない。
許さない。
どうしてこんなことできるの?
今まで感じたことがないくらいお腹の底がぐつぐつと熱くなる。
魔力がぶわりと膨れ上がって外へ出たいとミアの髪を揺らす。
こんなやつは家族じゃない。
いなくなればいい。
いなくなればみんなが幸せに……
「あんたなんか消えればいい」
「ひっ」
普通じゃないミアの様子を見てアルは後ずさった。
「ミアっ!! お願いだっ、傷つけないでくれ!!」
パパの声に我に返ると、パパはもう一度「お願いだから傷つけるのは……っ」と言った。
どうして?
こんなにひどいヤツなのに。
『……アーベルにだって、いい兄貴だった時はあった。忘れられねぇんだよな』
ディノの声が頭に響く。
家族。
家族。
ミアの知らない家族の時間……。
「でも……っ」
迷いが隙を生んで、アルが脱兎のごとく逃げ出した。
その手には往生際悪く、お皿が1枚掴まれている。
「逃がさないからっ」
「ミアっ!」
急いで後を追いかけようと足を踏み出すけど、パパの呼び声にびくっとして立ち止まる。
大事、なんだ。
こんなことされてもまだ大事な家族ってパパは思ってる…………。
パパを悲しませるのはしたくない。
「大丈夫、傷つけたりしない。約束する」
でも、お皿は返してもらうよ。
絶対に!!




