ぎんぎらぎんはさりげなく
「お前達、儂に隠していることがあるな?」
次の朝、朝食を食べていたら、じぃじが唐突にそう言った。
「え゛っ!?」
みんなの手が一瞬止まった。
「な、な、なんのことだよ、親父」
ディノったらどもったら隠してることが有りますって言ってるようなものだよ……。
「ふんっ、儂に隠れてこそこそとワインを飲みおったな? まだ匂いがぷんぷんしておるわ」
しまった、昨日のホットワイン!
まだそんなに匂い残ってたかな?
くんくんと鼻を鳴らすけど、ミアにはちっともわからない。
他の皆も鼻を上に向けて 嗅いでいるけど、首を捻ってる。
「 ホットワインなら酒精が飛んでしまっているから儂にも毒にならんだろうに」
じろりと不機嫌そうにじぃじはパパとディノを睨んだ。
「あははは……」
「ちょっと眠れなくて……」
ディノとパパはじぃじに睨まれて小さくなった。
“アル”のことはバレてないけど、じぃじは深夜の飲み会に仲間外れにされたと思っちゃったんだ。
「じぃじにね、特別で素敵なお土産があるんだよ、朝ごはんが終わったら御披露目するね」
あからさまに話題を反らしたけど、にこにことじぃじの手を握れば「おお、そうか? ミアからなら儂は何でもうれしいぞ」と機嫌を直してくれた。
パパとディノはほっとしてる。
いつ渡そうかと考えていたから丁度よかった。
朝ごはんのお片付けをしたら、改めてみんなにテーブルについてもらう。
「何がでてくるのかしら?」
「父さんへの特別な土産なんて考えつかないなぁ」
ママはもちろん、パパにだって思い付かないよっ。
ディノに目配せをすると、笑って頷いてくれる。
「これだよ」
指輪から取り出した布の包みをそっとじぃじの前へ置く。
高価な光沢のある柔らかな布に包まれた物に、じぃじは少し戸惑いながら結び目を解いた。
「こ、これは……」
そこには左右に染料の葉と実の意匠の楕円の銀のお皿。
鈍く光るお皿にじぃじの目は釘付けになった。
震える指でそっとお皿の縁に触れて、それから恐る恐る両手でお皿をひっくり返した。
「うちの、我が家の……じぃさまの皿だ……」
裏に彫られたじぃじのおじいさんのイニシャルの飾り文字をなぞる指先からは、愛しさが滲み出ているかのよう。
「売った皿がどうして……」
じぃじは赤く充血した目でディノとミアを交互に見た。
「だって家宝なんだろ?」
「ディノはね、村を出てからずっとこのお皿を探し続けてたんだよね」
二人で微笑みあって、じぃじが喜んでくれたのを喜びあう。
「……これ以上は、……な、い、……最高の土産だっ」
涙が溢れ出さないようにこらえているじぃじのお顔も目も真っ赤だ。
「……夢のようだ」震える指は何度も何度もイニシャルの飾り文字を優しく撫でている。
「ディノ、ミアっ、大変だったろ? ありがとう」
うれしそうなじぃじを見て、パパの瞳もうるうるしている。
そんなパパを見て、ママもちょっと目がうるんでる。
えへへ、家族がうれしいとミアもうれしいっ!!
あげた方もうれしいし、もらった方もうれしいし、うれしいが何倍にも増えちゃう。
「でもね、バイエルのおじさまに探してもらっても見つかったのは、それ1枚なの」
「気にすることはない、1枚でも……」
じぃじはミアの頭を撫でようと手を伸ばした。
「だからねっ、あとの4枚はドワーフの職人さんにそっくりなのを作ってもらったよ!!」
「ジャジャーン!」
指輪から今度は新品ぴかぴかの銀のお皿を取り出してテーブルへと置く。
「あ、それからねお揃いのナイフとフォークもあったらカッコイイと思って、それも作ってもらったの!」
それもジャラジャラっとテーブルの上に広げる。
「な!?」
じぃじはびっくりしたのか今にも溢れ落ちそうだった涙も、差し出した手も引っ込んでた。
「ね、これで役人の人がいつ来ても大丈夫だよね!」
自信満々でそう言ったのに、じぃじもパパとママもぽかーんとしてる。
「ねぇ、ディノ、新しいのじゃダメだったみたい…………」
ディノはきっと喜んでくれるって言ってくれたけど、……やっぱり新しいのじゃ家宝の代わりにはならないんだ。
このお皿には思い出は入ってないからしょうがないよね……。
「余計なことしちゃった……」
見つかった1枚だけ渡した方が感動的だったかも。
本物が欲しいのに複製をあげたって喜ばれないのは当たり前だった。
しょんぼりしながら指輪に戻そうと新しいお皿に手をかけると、じぃじの大きな手がその上に乗せられた。
見上げたじぃじは優しくミアを見ていた。
「驚いただけじゃ、新しい皿もうれしく思っとる」
「でも、やっぱりこれはじぃじのお祖父さんのお皿とは違うから……」
「ミア、大丈夫だって。みんな喜んでる」
ディノがミアの頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でる。
「我が家の新しい歴史だね」
「そうね、ミアから始まる新しい歴史だわ」
テーブルの上のナイフとフォークを手にとって眺めながらパパとママももう笑顔になっている。
「違うよ? このお皿はミアのじゃなくてじぃじのだもん」
新しいお皿をくるりとひっくり返せば、そこにはじぃじのイニシャルの飾り文字。
「これを使ってもてなせば間違いなし! だよね? じぃじっ!」
「ミアッ」
ぎゅうっと苦しいぐらいに強く抱き締められて、お髭が当たってくすぐったくて、でも全然嫌じゃなくて。
じぃじは体に溢れる幸せな気持ちを逃がさないために、こんなにぎゅうぎゅうに抱き締めてるのかもしれない、なんて考えてた。
「じぃじ、大好き」
みりあの時にはできなかった。
施設ではパパやママがいなくても、おじいちゃんやおばあちゃんはいる子もいて、面会に来る度にお菓子やお小遣いをもらってかわいがってもらってた。
パパがいて、ママがいて、じぃじがいて、ディノがいて、愛して、愛されて、大切にして、大切にされる。
ミアは幸せ。
家族と思い合えるミアは幸せ。
それから、じぃじは古い箱を持ってきた。
中には布や革やよくわからない白い粉。
「磨き方を教えてやろう」
お皿を磨きながら、じぃじはぽつぽつと教えてくれる。
小さな頃、銀のお皿を磨くのはじぃじの役目だったこと。
綺麗に磨けるとお祖父さんが誉めてくれたこと。
村長になって初めて役人をもてなした時にとても緊張したけど、このお皿を役人が誉めてくれたこと。
「儂で終いにしてしまって、女神様のところでじぃさまに会わせる顔がないと思っておったわ」
じぃじはお祖父さんが大好きだったんだ。
家族の思い出ってこうやって繋がっていくんだね。
最後に丁寧に柔らかい布で拭いて、元々そこへ仕舞っていたという食器棚の場所へ銀のお皿とカトラリーは収められた。
「カッツェ、後は頼んだぞ?」
振り向いたじぃじは怖い顔でそう言った。
パパはごくりと大きく息を飲み込んで、それから「わかった、ちゃんと守るよ」と答えた。
じぃじはそれを聞いて満足そうに頷いた。
次の日、ママがこっそり教えてくれた。
夜中、じぃじが台所で銀のお皿を1人で眺めていたって。
「本当にうれしかったんだと思うわ」
「あのお皿に盛り付けるお料理を考えなくっちゃ」
「ええ、あのお皿に負けないのを2人で作りましょう」
新しいピカピカのお皿にも、使っていくうちにナイフやフォークの細かい傷がついて、鈍く光るようになる。
そして、そんなに遠くないうちに今度はパパが役人さんをおもてなしするようになる。
「ミア、お料理がんばるね!」
家族を悲しませる足音が少しずつ近付いてきているけれど、この幸せは壊させない。
絶対にミアが守ってみせる。




