泥だらけの狼
2025.10.8
仲間の女性の名前をジェーン→キャスに変更しました。
「あー、そこの冒険者パーティーちょっとこっちで話聞かせてもらうよ」
ちっ、まただ。
これで何度目だ!?
人相が悪いとはいえ、この間から宿屋のやつや門番に頻繁に声をかけられる。
おかしくねぇか?
今日も立ち寄った町から乗り合い馬車の護衛として門を出ようとしたら、腹立たしいことに門番に止められる。
「なんだよ、オレら何にもしてねぇだろうがっ」
「いやぁ、最近よくない中年の冒険者パーティーがうろついてるらしくってな、念のために話を聞かせてもらうだけだから」
半ば強引に腕を引かれて全員、門の脇の小屋へと連れ込まれる。
ギルドカードの提示やらどこから来たのかを質問されて淀みなく答えていく。
「へぇー、ランクは鉄、パーティー名は“狼の咆哮”ね」
質問してるのとは別のやつが走って外へ行った。
大方、冒険者ギルドにオレらのことを聞きにいったに違いねぇ。
ふんっ、今までバレるようなヘマなことはしちゃいねぇんだから無駄だぜ。
「で、どこまで行くつもりなんだ?」
「決めてねぇな」
「ねぇ、あたし達、馬車の護衛引き受けてんのよ、そろそろ行かなきゃいけないんだけど!」
パーティメンバーのキャスが苛立った声を上げる。
コイツがもう少し若けりゃ色仕掛けで何とかなったかもしれねぇが、厚化粧しただけのババァじゃ無理だわな。
その時、小屋の外から「その依頼は無しだ。なんだよ、護衛やらせてくれって頼むから依頼してやったのに出発が遅れるんじゃ話にならねぇ」と乗り合い馬車の御者が怒鳴り込んできた。
「ちょ、待ってくれよっ!」
もう1人のメンバーのパウルが慌てて止めにいくが「できねぇ相談だな」と御者は言いたい事だけ言って、さっさと馬車を出してしまった。
残ったのはガラガラと響く車輪の音だけだ。
「クソがっ!」
門番のやつをぎらりと睨んでやるが、相手はどこ吹く風だ。
しばらくするとさっき出ていったやつが戻ってきて門番に軽く頷いてみせた。
「あー、悪ィ悪ィ、問題ないみたいだな。よーし、もう行っていいぞ」
欠片も悪いと思っていない態度で門番はおれらを小屋から出した。
一発殴りてぇところだが、ここで問題を起こしちゃ損だ。
帰りに覚えてやがれ。
「あー、そうそう、お前達、薄ピンクの髪の女の子と黒髪の男を知ってるか?」
「あ゛? 誰だよそれ、なんかオレらに関係あんのか!?」
「へぇー? ま、気にすんな、知らなきゃいいんだ」
クソっ!
時間は取られるわ、変なことは聞かれるわ、この町はろくでもねぇな。
「ねぇー、次の町はまだなのぉ!? 勘弁してよぉ」
「なぁ、ちょろい仕事じゃなかったのかよ」
歩きだしてそれほどたっていないのにこいつらからは文句しか出てこねぇ。
「るっせぇなぁ、嫌なら帰れよ! どのみち金のあるところはオレしかわからねぇんだからよっ!!」
そう怒鳴り付ければ、しぶしぶと言った感じでついてくる。
クソがっ!
金が手に入ったらこいつらとも縁を切ってやる。
はるか昔にも通ったはずの、ほんの少しも覚えていねぇ道を歩きながらオレは村を飛び出してからのことを思い返していた。
村から金を持ち出したところまでは上手くいってたんだ。
オレはあんなしけた村なんかで終わるたまじゃねぇんだ。
持ち出した金で高い装備を揃えて若さに任せて依頼をこなして、あっという間にランクは鉄になった。
羽振りのいいオレを見て、寄ってくるやつらも大勢いた。
だがそっからがいけなかった。
それより上のランクの依頼が達成できずに伸び悩んだ。
もっと色んなことを勉強しろとか親切面して言ってきたヤツラなんかクソだ。
楽に稼げる手段なんて山のようにあるのに、なんでそんなことしなきゃならねぇんだ。
オレはお前らと違って要領良くやれるんだよ。
仲間も離れ、村から持ち出した金も底をつき、手に入れた装備を手放してくさってた時にこいつらと出会った。
3人で新人冒険者から依頼の成果を横取りしたり、街で恐喝紛いのことをしてしのいでいたが、証拠なんて残すヘマはしねぇさ。
ギルドから疑惑の目が向く前に、街から町へ、また街へ。
だが、そんなことで手に入る金はチマチマとしたしけたもんだ。
いいかげんそんな生活にも嫌気がさす。
そんな時、オレは閃いた。
なんだ、ねぇならまた取りにいきゃいいじゃねーか。
どっちにしろ役人に取られるんだ、それよりオレが有効に使ってやるよ。
税金ってのは払う義務ってのがあるんだろ?
何回だって集めりゃいいだけだ。
あいつらクソのんびり暮らしてんだ、金の使い道なんて知らねぇだろうしな。
「あら? なんか急に曇ってきたわよ」
「さっきまで晴れてたのにな」
そんな声を聞いた直後、大粒の雨が空から落ちてきた。
「きゃーーっ」
「降ってきやがった」
今までちんたら歩いてたのが嘘のように二人とも脱兎のごとく走り出した。
オレも後を追って慌てて走りだすが、雨宿りできそうなデカイ木まではまだ距離がある。
雨はすぐ激しくなって息をするのも難しくなった。
クソッ!
なんだこれ、滝じゃねぇんだぞ。
雨粒が目を打ってごく薄くしか瞼を開けねぇが、この雨、オレの上にだけ激しく降ってねぇか!?
おかしな考えを振り払うように、ぐっと足に力を入れて加速したが、雨を避けるために下を向いていて、ろくに前を見ていなかったのが仇となった。
ヒュッと頬を何かが掠めた拍子にバランスを崩して体が傾いだ。
慌てて手をついたが、そのついた手も泥で滑り、結局右半身はずぶ濡れの泥まみれだ。
「アルっ、だっさ! 何やってんのよぉーっ」
「お前、トンボにビビってこけるとか鈍りすぎだろ!!」
木の下へたどり着いた2人がこちらを見て大笑いしてやがる。
クソがっ!
キャスは遠い先祖にドワーフがいるってんで「魔法が使える」っーから、仲間にしたが使える魔法は弱ぇし、バカ高ぇ魔石の補助がなけりゃ使えねぇときた。
取り柄だった若さももうとっくにねぇしな。
パウルもオレが指示しなけりゃ何もできねぇ臆病モンのくせに、最近はこのオレを馬鹿にしたような口をききやがる。
クソがっ!
どいつもこいつもこのオレを苛つかせやがってっ。
立ち上がったオレの周りをトンボがすいすいと飛ぶ。
見てろよ?
虫けらごときにコケにされてたまるかってんだ。
腰に提げた剣をトンボに向かって振り抜いた。
刃に当たった雨粒が弾け飛ぶが、虫けらはすいっと体を揺らし、何事もなかったようにオレの周りを2、3週してどこかへと姿を消した。
2人はそれを見てさらにゲラゲラと笑っている。
クソがっっ!!
金を手に入れたらパーティーなんかすぐ解消してやる!!
そん時にすがってきても遅ぇんだからな!!




