春風に乗る噂とガラスの雫
ペンダントは完売で、お客さんもとっても喜んでくれてミアの初めてのお店は大成功!
……だったんだけど、お祭りが終わった後でディノにしっかり叱られた。
「ハンドクリームを売るんじゃなかったのかよ!? なんだよ、このめちゃくちゃキレイな色つきガラス! こんなん売るなんて聞いてねぇぞ!?」とこってり絞られた。
アークトーク商会みたいな小物だったからよかったけど、貴族が相手だったら問答無用で拐われちゃったかもしれないなんて大袈裟な事を言う。
最後はため息で「ミアに何かあったらアニキに顔向けできねぇだろ?」って言われて、すっごく反省した。
「ごめんなさい。……心配させちゃったお詫びに今日はディノの好きなチーズ入りのハンバーグを作るからねっ」
「ふんっ、そんなんで誤魔化されねぇぞ」
「……とろとろのコーンスープも、海老フライもつけてスペシャルバージョンにするねっ」
ぐぬぬって顔してディノが黙ったから、これでお説教は終わりだと、にこにこしてたらおまけとばかりに頭を強く撫でられて髪をぐしゃぐしゃにされた。
「……海老フライは3本だぞ」
「うん、まかせて!」
スタットさんの報告でバイエル商会のおじさまもわざわざアイナブルゴヤのディノのおうちまで来て“適正価格”とは何か? を半日をかけて説明をされた。
村になかっただけで、お城や都会には色のついたガラスがあると思ってたのになかったみたい。
ミアのペンダントは金貨3枚の価値があるから、銀貨3枚はタダで売ったみたいなものだと言われちゃった。
「……でも、お祭りでみんなが笑顔になってくれたからミアはあの値段でよかったと思う……」
だってペンダントは創造でつくったから、ミアは全然損してないし。
ミアがそう言えば、おじさまは「今回限りのお祭り価格ということにしておきましょうか」と少し困ったように笑った。
おじさまが言うにはお祭りの日にペンダントを買えなかったお客さんや噂を聞き付けた貴族から高くてもいいから売ってくれって問い合わせが殺到しててスタットさんが困っているらしい。
「なので、あの色つきガラスを売って欲しいのです」って頼まれちゃった。
スタットさんはおじさまがペンダントをミアに渡したんだと思ってるんだって。
加工は職人さんがするから材料のガラスを出して欲しいって街外れの倉庫へと連れてこられた。
石造りの倉庫はそんなに大きくなくてコンビニぐらい。
「じゃあ、出すねー」
どうせならどーんと大きい方がいいかな?
自販機ぐらいのをそれぞれ5つぐらいかな?
「創造青・赤・黄・緑・紫のガラス!」
空っぽの倉庫にどーんと5色のガラスの塊が現れる。
傷も気泡もない限りなく澄んだ色の艶々のガラスの柱が並んで、まるで倉庫に虹を閉じ込めたみたいになった。
「どうかな?」
これぐらいで足りるかな?
おじさまはごくりと喉を上下させて「とても素晴らしい……、これを砕くなんて……いや、これはこのままで……」と呟いた。
最後の方は本当に小さな声だったから何て言ったか聞き取れなかったけど、「砕く」って言ったのは聞こえた。
あ、そっか!
これで何かを作るなら、砕いてから溶かさなきゃいけなかった!
マグマみたいに真っ赤に光るどろどろにしてからじゃないと好きな形にできないんだよね。
使う人の事を考えたら正解はこれじゃなかった。
「“クラッシュ”」
エルフの国で習った魔法をつかうと、目の前の虹色達はざらざらと音を立てて崩れた。
“クラッシュ”は畑を作る時にでてきた大きな石を砕いたり、盗賊の武器を壊したりできるから覚えた便利魔法。
「あ゛ぁっ!?」
おじさまが急に大きな声を出すからミアびっくりしちゃった。
「どうしたの? あ、使いやすいように砕いたんだよ? 一瞬だったからびっくりさせちゃった?」
おじさまは商人だから“クラッシュ”は知らなかったのかも。
「あ……、はい、えぇと、その……ははは……アリガトウゴザイマス」
おじさまが少しがっかりしてるように見えるのは気のせい?
砕いたガラスはカラフルな氷砂糖みたい。
中身がわからないように厳重に箱詰めしてから、魔法収納袋へ入れてドワーフさんがたくさん住んでる地区へ持っていくんだって。
「秘密ですからね?」とおじさまはお茶目にウインクをした。
ミアがお祭りで売ったペンダントも、みんなおじさまから渡されたと思ってるからそうして欲しいってお願いされた。
お祭りの時にスタットさんやお店の人に迷惑をかけちゃったから、このガラスはタダでいいよと云ったのにおじさまはミアにめっ!って顔をして「ガラスの代金はまた商業ギルドへ入金しておきますからね」と引いてくれなかった。
ミアはただ創造しただけなのにいいのかなぁ?
でもこのガラスでキレイでかわいい物がたくさんできるのはうれしいからいいことにしようかな。
アークトーク商会は今までのひどいことがバレてえらい人は牢屋へ入れられた。
もちろんチンピラ達も牢屋行き。
もっと詳しく調べてからどんな罰にするか決めるんだって。
商業ギルドも調べるのに協力するからディノはまた忙しくなっちゃった。
チンピラを殴ってくれた常連さんには奥さんを食堂まで連れてきてもらった。
あの騒ぎで衛兵についていってもらった常連さんはペンダントを買えなかった。
お礼に本人を見て、石榴色の雫が揺れるガラスのイヤリングをこっそり創造。
奥さんは黒髪のすらっとした人だった。
金具は金で黒髪にばっちり映えるようにした。
きれいな小箱に入れてテーブルの下でこっそり渡したのに、受け取った奥さんは「すごくステキ!!」とミアに抱きついた。
「そこはオレに抱きつくところだろっ!?」
「だって、どうみてもあなたのセンスじゃないわ。噂で知ってるのよ? バイエル商会の小さなエルフのお嬢様が見たことのないようなガラスのペンダントをお祭りで売ってたって。さすがに食堂のお手伝いをしていて、あなたが知り合いだったなんて知らなかったけれど」
「そんな……」がっくりと肩を落とした常連さん。
「選んだのはミアだけどっ、で、でもプレゼントしたいってちゃんと行列に並んでくれてたしっ、チンピラもやっつけてくれたしっ」
慌てて説明しようとすると「どういうこと?」と奥さんは不思議そう。
「──でね、ミアに掴みかかろうとしたチンピラを常連さんが殴ってくれて……」と、最後まで話し終わらないうちに奥さんは「さすがあなた!」と常連さんに抱きついた。
「ふぇへへ、あんなゴロツキ屁でもねぇ」
常連さんはたちまち締まりの無い顔になって溶けちゃいそうになった。
ふふふ、ちゃんとお礼ができてよかった!
次の日には市場でお祭りの時にお隣だったジューススタンドのおばさんと帽子屋のおばさんも発見できて、迷惑かけちゃったおわびと親切にしてくれたお礼に、それぞれにミアの作った白いお砂糖をたっぷりまぶしたドーナツと、お祭りで売ったのより雫を少し細長くして大人っぽくした藤色のペンダントを渡した。
ジュース屋のおばさんはドーナツの紙袋を覗いて「白砂糖たっぷりの揚げ菓子……」と呟いて、帽子屋のおばさんはペンダントを入れた小箱を開けて「今や祭りの幻だったと言われてるガラスのペンダント……」と、二人揃ってなぜだか遠い目をした。
「「……バイエル商会のお嬢様だものねぇ」」
二人でハモって笑いあうと「素敵な物をありがとうね」と笑顔になってくれた。
「えへへ、どういたしまして!」
春祭りが終わってぐんと暖かさを増した風が通りを吹き抜ける。
村でももうすぐ雪解けが始まるかな……?
帰ったらパパとママに楽しかったお祭りの手紙を書こうっと。
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夏バテしないように猛暑乗り切りましょう。




