商売繁盛、悪党登場
「これって売ったらダメな物なの?」
ディノはお祭りで売っちゃいけない物があるなんて言ってなかった。
自分の胸元のペンダントをぎゅっと握って尋ねると、帽子屋のおばさんは「駄目なことはないさ、だけど、ここではねぇ……」と言葉を濁す。
こんなにキレイなのに、何がいけないのかな?
「あー、じゃあさ、その値段のとこに“お一人様一つまで”って付け加えるのはどうだい? そうすりゃまだマシじゃないかい?」とジュース屋のおばさんが帽子屋さんに話しかける。
「……そうだね、確認するけど本当に値段これで合ってんだね? …… そうかい、なら悪いことは言わない。さっき言われたことをここへ書いておきな」と帽子屋のおばさんは値段を書いた紙をとんとんと指で叩いた。
「はーい?」
よくわかんないけど、リュックから出したふりをした羽ペンで“お一人様一つまで”と書き加えた。
おばさんはそれを見て、うんうんと頷いて自分のお店に戻っていった。
遠くから賑やかな音楽が聞こえ始めてお祭りが始まった。
笛やラッパや太鼓の賑やかな音が少しずつ近づいてくるのがわかって、ミアもなんだかうきうきした。
こっちでは音楽はあんまり身近にはない。
いつもはせいぜい鼻歌を歌ったり、お酒が飲めるお店に楽器を持った人がいたりとそのぐらい。
みんな楽しい音楽が聞きたくて、楽器隊の後をぞろぞろとついてまわる。
あ、楽器隊の姿が見え始めた!
ふふ、手を繋いで踊りながらついてきてる人もいる。
みんな晴れ着を纏って楽しそう。
ミアも楽器隊がお店の前を通る時にはリズムに合わせて手を叩いた。
「わ、見て見て、あの子すごくかわいい!」
ぞろぞろと続く見物人の最後らへんのお姉さんがミアを見て声をあげた。
えへへ、かわいいって言われちゃった。
「本当だわ」
「ね、あそこの品物とってもきれい!」
お姉さんは隣のお友達と吸い寄せられるようにミアのお店の前へ来た。
お姉さんはじっとペンダントを見つめて「これって宝石……?」と呟いた。
「違うよ? これはただのガラス」
「ただのガラスって、こんなきれいな色のついたガラス見たことないんだけど!」
「私もよ!」
お姉さん達はびっくりして顔を見合わせている。
あれ? そうなの?
でもエルフのお城にはお花の模様のステンドグラスのランプがあったよ?
「え、これが銀貨3枚!?」
「嘘でしょ!?」
「買うわ!」
「私だって買うわよ!!」
急に勢いづいたお姉さん達は見本のペンダントを手に取って胸に当てて「こっちの色?」「やっぱりこっち?」と迷ってる。
「お一人様お一つじゃなければ全色買っちゃいたいぐらいなのにっ!」と、お姉さんは困ってるような焦ってるような悲鳴のような声をあげた。
ちらっと帽子屋さんに視線を向けると、「言う通りにしといてよかったろう?」と目で言われたような気がした。
決めるのにもっと時間がかかるかと思ったお姉さん達は意外にも「「これにするわ」」とそれぞれ赤と緑のに決めてくれた。
お金を受け取って籠の中から赤と緑を渡す。
「さっそくつけていくわね」
「こんなにキレイな物、ドキドキしちゃう」
ペンダントはお祭りの晴れ着の上で艶々と輝いた。
「ありがとうございました!」
お姉さん達はにこにこと歩いていった。
お姉さん達がお店を離れると少し遠目で見ていたカップルが近寄ってきた。
「本当に銀貨3枚なんだよな?」
「えぇ、確かにあの人達は銀貨3枚を払っていたわ」
「1つ銀貨3枚だよ? ここに書いてあるでしょ?」
ミアが紙を指差すと二人とも納得したように頷いた。
「あなたの髪の色に似た黄色にしようかしら」
「でも、君の瞳の緑も似合うよ」
カップルは散々ミアの前でいちゃいちゃしてから買ってくれて、蜂蜜色のペンダントは恭しくお兄さんの手で恋人のお姉さんにつけられた。
ぽつぽつとそんなお客さんが入れ替わりでペンダントを買っていってくれた。
なかなかいい調子じゃないかな?
みんな喜んでくれてたし!
張り切ってたくさん創造してきたから、ペンダントはまだまだたくさんあるけど、余ったら指輪に入れておいて村へ帰ったらアナお姉さん達にもらってもらおうかな?
「あったーーっ あそこだわ!!」
「見つけた!」
急に高い声がした方を見れば、5、6人のお姉さんの集団がこっちへと走ってきてた。
「これよ、このペンダントよ」
お姉さん達は「きれい」「間に合ってよかった」と口々に言いながらペンダントを吟味している。
お姉さん達の会話から、どうやら最初に買ってくれたお姉さん達にここを聞いて買いに来てくれたっぽい。
うふふ、あのお姉さん達に感謝しなくちゃ。
お姉さんたちがきゃっきゃっと選んでいるうちに「ほらここだよ」「僕も君に素敵なプレゼントをするからね」「あら、賑わってるけど何を売ってるのかしら?」「さっきの通りすがった人がつけてたペンダントここで売ってるわ!」と、あれよあれよという間にお店の前に人だかりができた。
みんながかわるがわる前へ来て見本のペンダントを覗き込む。
あわわ、大変。
「な、並んでくださーーいっ! ペンダントはお一人様一つで数はたくさんあるから順番に並んでくださーーいっ!!」
思いきって大きな声でお願いすれば、集まってた人達はお互い顔を見合わせながら順に並んで列になってくれた。
恋人への贈り物にする人や、母子でお揃いにする人、娘さんへのお土産にするお父さん、みんな真剣に選んで嬉しそうに買っていってくれる。
そうこうしているうちに行列はどんどん長くなっていた。
ガヤガヤそわそわとみんな自分の番が来るのを待っている。
さっきまでこんなにいなかったのに、どうして!?
行列の長さにぎょっとしていたら「人が人を呼んじまってるね」と、隣のジュース屋さんのおばさんがミアを見て苦笑いした。
「繁盛してんな、ちび嬢ちゃん」
「あ、日替わりランチ大盛の!」
次に順番がきたのは食堂の常連さん!
冒険者らしくいつも大盛を頼む人!
背の高いムキムキなおじさんはミアのことを“ちび嬢ちゃん”って呼んでいつも「がんばれよ」って声をかけてくれる。
「すげぇもんをすげぇ値段で売ってんだな」
「これ、宝石じゃなくてただのガラスだよ?」
「ただのガラスねぇ……ま、いいや、嫁さんに1つ買ってくからよ、黒髪なんだが何色がいいと思う?」
「黒髪かぁ……奥さんの好きな色はわかる?」
黒髪なら何色でも似合うと思う。
決めるにはもう少しヒントがいるよ。
見たことのない奥さんを色々と想像していると
「そこまでですッッ!!」
と男の人にしては甲高い声がした。
「は?」
「え、何? ミアびっくりしたぁ……」
常連さんと二人で驚いていると、その甲高い声の男はつかつかとミア達に近寄ってきて、続けて「ここの品物はアークトーク商会が全て買い取るっ!ゆえに並んでいても無駄だ、立ち去れ!!」と行列のお客さんに向かってまた叫んでる。
え?
この人何言ってるの???
並んでるお客さん達も「え?」とか「そんなぁ……」とか「どういうことだ?」って戸惑ってる。
「そ、そんなことありませんっっ、この人に全部売るなんてありえないからっ、ちょっとオジサン! ペンダントが欲しいならちゃんと並んでよっ! これは“お一人様一つ”なの!」
ミアがオジサンにそう言えば行列の人達も「そうよ!」「一番後ろに並びやがれ」「字が読めないのかしら?」と口々に加勢してくれた。
言われたオジサンは顔を真っ赤にしてまた叫んだ。
「なら、一つ大銀貨1枚で買い取ってやろう! どうだそれなら文句あるまい! 全部私に売るのだ!!」とふんぞり返った。
もー、本当に字が読めないのかな!?
「これは1つ銀貨3枚で“お一人様一つ”なの!! 欲しいなら早く並んで!」
いつまでもそこにいられたら他のお客さんの迷惑だよっ。
行列の一番後ろを指差して教えてあげたのに、オジサンはミアをギリギリと睨み付けた。
「こ、この私が譲歩してやったというのに、仕方ない……やれっ!」
オジサンが腕を振ると、どこからともなく柄の悪い人が何人も通りから寄ってきてお店の前へと集まった。
「素直に言うことを聞いておけばいいものを……商品に傷をつけるなよ」
「わかってますって」
そう言って連中はニヤニヤとミア達へと近寄ってきた。
ミアちゃんが見たのは実は宝石で作られたステンドグラスでした。
色つきの石を薄く切ったものをモザイクしてある、大変お高い一品でございます。




