チーム☆ウィゼンベルク
前話、誤字報告をありがとうございました。
ディノが厨房に向かって本日のスペシャルメニューのラビーのグリルを頼んでいる。
「白ワインと蜂蜜とハーブに漬け込んでからグリルしてある、うちの名物だ」と、ライが教えてくれた。
ここはアイナブルゴヤに出てきてから働けるようにディノがお世話してくれたお店なんだって。
働いてるうちにここの一人娘と仲良くなって、結婚して今は子供もいるらしい。
さっき「いらっしゃいませ」って言ってた人がお嫁さん。
……ライにはあんまりいい印象がなかったから、話を聞いていてもなんだかおしりがそわそわと落ち着かない。
目を合わせるのも気まずくて、ミアはテーブルの木目を見つめていた。
──「お前、捨て子なんだろ?親のエルフが捨ててったんだって村の噂になってたぞ」
イオさんのおうちでラビーのシチューをご馳走になったのはもうずいぶん前のことなのに、言われた事は忘れていない。
カイ兄ちゃんとはいっぱい遊んだけど、ダイとライとは村で見かけても話しかけたりはしなかった。
どうしよう、今回の事も何か言われたりするのかな……。
「オヤジから手紙もらって事情は知ってる。お前のことをカイに知らせたりしねぇから安心しろ」
「……ん」
「……悪かったな、あんな狭い村でそんなことになっちまって居心地悪かったろ?」
思いがけない言葉に驚いて顔をあげると「……なんだよ」とばつの悪そうな顔。
「オレだっていつまでもガキじゃねぇんだっての」
なんて返事をしていいかわからないから、とりあえず「うん」と頷いておく。
「その、な、昔言ったことも悪かったと思ってる……オヤジの言う通り、言っていいことの区別もつかねぇガキだったんだ」
「なぁに? 何を言ったの?」
ライの奥さんがレモンのスライスを浮かべたお水と大きめのお皿に盛られたラビーのグリルをディノとミアの前に置いてくれた。
「た、大したことじゃねぇよ……」
「大したことじゃないことなら話せるでしょ」
にっこり笑った奥さんはライに顔をずいっと近づけた。
しどろもどろにあの時の事を話したライに奥さんは眉をつり上げて怒った。
「信じらんないっ、うちの子と同じような年の子にそんなこと言ったの!? ありえないっ! てっきり甘酸っぱい初恋の話でもしてるのかと思ったのにっっ!!」
「いや、だからさ、謝ってたんだって!」
犬も食わないってやつを横目に見ながら、ミア達は出てきた本日のスペシャルメニューを頬張る。
力を入れなくてもスッと切れるお肉はワインと蜂蜜とハーブの風味がふわっと口の中に感じられる。
「美味しいっ」
「いけるだろ?」
ディノも満足そう。
「だろっ!? オヤジさんの料理うめぇよな!」
今がチャンスとばかりに、奥さんとの会話を無理矢理切ってライも会話に入ってくる。
「うん、すっごく美味しい! でもライのおうちのラビーのシチューも美味しかったよ?」
「おふくろの得意料理だったからな」
ハンナさんの料理を誉めたらライは少し照れ臭そうにした。
「あら、そうなのね。私もライのお母さんの料理食べてみたかったなぁ」
奥さんはおかわりの白パンをディノの前に置いてくれる。
「お料理は無理だけど……」
ごそごそとポケットを漁るふりをしてアイナブルゴヤへ来る前に渡されたハンナさん特製の干し肉を取り出す。
ミアが創造するお洋服はこういう時のために全部ポケットは大きめに作ってある。
「あんまり残ってなくて悪いけど、どうぞ」
包みごと差し出せば、ライはもう香りでわかっちゃったみたい。
包みを開いて奥さんと一切れづつ口に入れた。
「わぁ、美味しい!」
奥さんははしゃいだ声をあげたけど、ライは目をつむって黙りこんだ。
この間のディノとおんなじ。
きっと懐かしさで胸がいっぱいになってるんだ。
ちらりと隣に目をやれば、ディノは微笑んでミアの頭をくしゃっと撫でた。
ライは残った干し肉をそっと元のように包んだ。
「オヤジとおふくろから助けてやってくれって頼まれてる。それにこんな遠いところにたった三人の同じ村の仲間だ。困ったことがあったら遠慮なく頼れ」
ミアを真っ直ぐに見て言ってくれたから、ミアも今度はしっかりと目を見て「うんっ」と返事をした。
「チームウィゼンベルクだな!」
にこにことミア達を見ていたディノが言った。
「うんっ」
「いいな、それ。よしっ、オレ達はチームヴィゼンベルクだ」
三人で笑いあえば不思議と暖かい気持ちに包まれる。
パパやママの顔や村の風景を思い出すと胸の中にじわりと何かが染み出してくる。
そして、所長さんやゆかりお姉さんや施設を思い出すと、そのじわりがもっと大きくなる。
きっとこれがディノやライが感じてる懐かしさなんだと思う。
何年も何十年も帰らずに大好きな人達の顔を見ないなんて今のミアには想像もできないよ。
アイナブルゴヤに来てからの村の様子やイオさんやハンナさんのことたくさん話してあげよう。
「ミアっ3番テーブルのスペシャルあがった!」
「わかった!」
「その次は5番のテーブル片付けてくれっ」
「はいっ!」
チームヴィゼンベルクは助け合う。
あれから時々ライのお店でごはんを食べるようになって、その日もお休みのディノとお昼を食べに来たら、ライが一人でてんてこ舞いになっていた。
子供が高い熱に赤い発疹の出る流行り病にかかって、お嫁さんが看病で食堂に出られなくなってしまったとテーブルを拭く手を止めずに慌てて教えてくれた。
いつもは二人でする仕事をライが一人でやっている。
赤い発疹はとても痒くて、掻きすぎて痕が残ってしまうこともあるって聞いたから、こっそり指輪から痒み止めの塗り薬と熱冷ましを出してディノにライのおうちまで届けてもらうことにした。
残ったミアはお店のお手伝い。
お昼時の食堂はほぼ満員。
汗だくで料理を運んだり、お皿を片付けたりしてるライを放ってはおけないよ。
こっちではミアぐらいの子供も普通に働いているし、日本のファミレスみたいに機械の注文じゃないしメニューも少なめだからミアでも何とかなると思う。
さっと厨房の物陰で指輪から取り出したエプロンをつけて準備完了!
とりあえずたまってる汚れたお皿やコップを全部きれいにしちゃお。
「クリーン!」
よし、これで洗い物はしなくてよくなった。
聞き慣れない声がした方を振り向いたお嫁さんのお父さんは一瞬びっくりした顔をしたけど、キレイになったお皿を見て何も言わなかった。
「こちらのテーブルにどうぞ」
お店に入ってきたお客様を空いている席に案内する。
ちょうど二人掛けのテーブルが空いててよかったぁ。
厨房とテーブルを往復してるライが注文を聞いているミアに気がついてびっくりした顔をしたけれど、こっちは一言「わりぃ、任せたっ」と言って、またせかせかと動きだした。
「スペシャルを2つ、あと、トマトのスープにビーンズサラダ、レモン水2つ」
「はいっ、かしこまりました。えぇと、小銀貨3枚と大銅貨4枚です」
スペシャルは1つ小銀貨1枚、スープとサラダはそれぞれ大銅貨5枚、レモン水は1杯大銅貨2枚。
メニューと値段は木札が壁に大きく貼ってあるから見ればわかる。
注文したらその場でお金を払うのが普通。
ディノと食べに来た時もそうやってたから迷わずできる。
「これで」と渡されたのは大銀貨が4枚。
「スペシャル2、トマトスープ1、ビーンズサラダ1ですっ」厨房に向かって注文を伝えれば「おう」と低い声で返事がきた。
カウンターに置いてあるピッチャーからお水を注いでレモンを一切れ浮かべる。
お盆にコップを2つ並べてからライに大銀貨を4枚渡して「お釣、大銅貨6枚ちょうだい」と言えば「よし合ってるな」とエプロンのポケットに小銭をざらっと入れられて「いちいち渡しに来なくていい。お釣はそっから出してくれ」と言われる。
「はいっ」
次から次へお客様はやって来て、そして食べ終わって帰っていく。
注文を聞いて、運んで、食べ終わったお皿を下げて、クリーンして、くるくると目が回りそう。
「おぅ、今日もうまかったぜ」
「また明日な」
「「ありがとうございましたーっ」」
最後の常連さんを送りだして扉に「営業終了」の札をかけたら、ライと二人で椅子にへたりこんだ。
そこへ「賄いと給金だ」とオヤジさんがパンにスペシャルに使ったお肉の切れ端を挟んだサンドイッチとトマトスープを出してくれて、テーブルに大銀貨を3枚置いた。
オヤジさんは無愛想で笑ったりしないけど、お皿を置くにも大銀貨を置くにも丁寧にそっとしてくれるから怖くない。
ミア、じぃじで慣れてるしね!
「え、ミアそんなつもりじゃないよっ」と慌てて返そうとしたら「もらっとけ」とライが言う。
「で、ちゃんと給金も出すから、明日もよければ手伝ってくれねぇか?」
「ふぇ?」
そんなこんなでライの子供の流行り病が治るまでは毎日、治ってからは四日に一回お手伝いをすることになった。
みりあも高校生になったらファーストフードとかでバイトするつもりだったから、それができたみたいでちょっとうれしい。
もらったお給金は貯めておいて村に帰ったらパパとママに渡すんだ!
「ミアの初めてのお給金だよ!」って!
きっと喜んでくれるよね!
“くるり”は遊んだだけ、エルフの国からもらったお金はお礼という認識なので、ミアちゃん的には初めての労働によるお給料です。
遠い昔の記憶ですが、初バイトはドキドキしました。




