どんとたっちミア!
「じゃ、いってくる」
「うん、いってらっしゃい」
今朝用意したのはベーコンとパンケーキにたっぷりバターとマーマレード、それにミルク。
「ちゃんとした朝メシ……」と 寝ぼけ眼のディノも一気に目が覚めたみたいだった。
「今日は夕飯の買い物に市場に行ってくるね」と言えば「危ないところと危ないヤツには近づくなよ?」と、くどいぐらいに注意してディノは出かけて行った。
もうっ、小さい子じゃないんだからそれぐらいわかってるのに!
こうなったらミアがしっかり者だってディノにわからせちゃうんだから。
「よしっ、まずは……お片付けだよね」
寝る前にクリーンをしたから汚いところはないけれど、整理整頓はまだできてない。
いくつもあるごちゃごちゃした物が入ってる木箱を創造したスチールラックへと並べてっと。
中身は後でディノに要る物といらない物に分けてもらわなきゃ。
テーブルに書類があるから、ディノはおうちでもお仕事するんだよね。
なら、このテーブルは指輪にしまっちゃえ。
書き物机を壁際に「創造」、書類を持ち上げてとんとんと底を打ち付けて束にして、整ったら引き出しへ。
書類にはお祭りの屋台の区割りなんかが書いてあった。
ディノはお祭りのお仕事してるのかな?
テーブルがなくなった空いた部屋の真ん中にローテーブルとソファーを「創造!」
薄いグレーと藤色が混じり合った生地の素敵なソファーは座り心地も抜群だよ。
クリーンした洗濯物は畳んで籠に入れて、部屋の前に置いておく。
ミアがいたら洗濯はもうしなくていいから、ロープも外しちゃお。
「あとは……やっぱりお部屋が暗い! 創造! 」
両開きになるガラス窓をつける。
防犯の為に木の鎧戸も外側につけたよ。
きれいになったお部屋に朝の陽射しが眩しいぐらい。
「んー、やっぱり明るいのがいいよね」
よし、じゃあ、お買い物にいかなくちゃ。
お洋服はあんまりいいのを着ているとスリや引ったくりにあうってディノが言ってたから淡いオレンジのシンプルなブラウスと栗色のスカート、そして白いエプロンをつける。靴はそのまま、たくさん歩けるように創造したブーツ。
買い物籠を持って、昨日ディノに渡してもらったお金を小さな巾着へ。おやつと肉串を買って残ったのは大銀貨4枚と小銀貨8枚、それに大銅貨2枚。首から下げてエプロンの下へ入れて外からは見えないようにする。
昨日、ぱっと屋台を見た感じでは、これだけあれば充分夕飯のお買い物ができるはず。
何か美味しい物が買えるといいな。
下の厨房を通らずに直接外へ出られる階段を使おう。
部屋を出る前に自分に魔法をかけなくちゃ。
ミアに触ったりしようとする人に、しばらく動けなくなるぐらいの電気のビリビリで行動不能にしちゃう魔法。
そういえば、いきなりすぎて覚えてないけど、みりあは雷に打たれて死んじゃったって女神様言ってたっけ。
ちゃんと死なないように手加減して、悪意がなければ反応しないようにしたから大丈夫……だよね?
ちょっと可哀想かもしれないけど、みりあがテレビで見たアメリカのお巡りさんも機械でビリビリ攻撃をしてたもん。
「どんとこい、悪い人!」
ディノのおうちは大通りから少し離れている。
「ここのオヤジも腕は良かったんだが立地がなぁ」とディノはお店が潰れたことを残念がっていた。
てくてく歩いて大通りへと進むと、だんだんと人が多くなってくる。
村やエルフの国と違って、腰に剣を差している人も多い。
気を引き締めなくっちゃ。
商業ギルドがあった通りを反対方向へ進むと肉串を売ってる屋台がある方だ。
今日は昨日はなかったたくさんの露天がやっていてにぎやか。
食べ物の屋台に八百屋に肉屋に古着まで、色んなお店が何件もずらりと通りを埋め尽くしている。
まずは八百屋さん。
目についたお店を鑑定すると、ほとんど新鮮な物ばかり。思わず「わぁ、美味しそう」と声に出た。
「うちのは朝採りのやつを持ってきてるからね、どれもしゃきしゃきだよっ」とお店のおばさんが笑顔で返してくれる。
「えっと、じゃあ、これとこれとこれを」
煮込みに使えるセロリみたいな葉っぱと赤と黄色と紫のピーマン、それに葡萄みたい房に鈴なりになっている茶色くて毛むくじゃらなお芋を買う。
「あんた、これ買うのかい?」
「うん、ダメだった?」
少し萎びているけど、鑑定が「里芋に似て美味しい」って教えてくれた。
「ダメなもんか、こりゃ、ダンナの故郷で作ってるやつをこっちでも育ててみてるんだけど、見た目が悪くて売れやしなくてね、全部うちで食べちまってんのさ」
「え、美味しいよね?」
「もちろんさ! 普通の芋とは違うけど、癖になるよ! ……まぁ、毎日食べりゃ飽きるけどね」
そっか、売れ残るからおばさんは毎日食べてるのか。いくら美味しくても毎日は飽きちゃうかも。
おかしくなって「ふふっ」と笑うと、おばさんも「ははっ」と笑ってくれた。
「よし、この芋はタダでいいよ、持ってきな」
「えっ、いいの?」
「気に入ったなら、また買っとくれ」
「うんっ」
ふふっ嬉しいなっ、最初からお得なお買い物ができちゃった♪
巾着を胸元からひっぱり出して支払いを済ませて歩きだすと、後ろからバチッと音がする。びっくりして振り返ると小汚ない男の人がひっくり返って小刻みに震えている。
一瞬何か言いたそうにミアを睨んだけど、すぐに白目を剥いて気絶した。
「えっと、次はお肉買わなきゃ」
その後もバチィッとかバリバリッとか後ろから何か聞こえるけど、ミア知ーらない。
細かい網のカバーでお肉を虫から守ってる露天を見つけたから迷わず鑑定すれば、いいお肉がたくさん揃っている。
「こんにちは、煮込み用と焼き肉用のオススメなお肉をください」
無愛想そうなお肉屋のおじさんは一度ミアの後ろに目をやったけど何も言わずに「煮込みなら今日は黒ボアだな。焼き肉ならジャイアントコッケーか四ツ目牛のいいのがある」と教えてくれた。
四ツ目牛は知ってる!
リデルと食べたクァツのお肉!
高級食材だって教えてもらったんだよね。
「じゃあ、それ全部ください! 大人と子供が夕飯で食べるぐらいの二回分ぐらいの量で!」と頼めば大きなお肉用の包丁でだんっと迷わずカットしてくれる。
丁寧に葉っぱに包んで渡してくれた。
「小銀貨2枚だ」
「……えっと、おじさん計算間違えてるよ?」
昨日、ディノに買った肉串が一本で大銅貨8枚だった。
四ツ目牛がそんなに安い訳ないもん。
「うろうろしてた五月蝿い虫がいなくて精々して気分がいいからな、オマケだ」
にぃっと笑ったおじさんに「また買いにくるね」と約束して地面に転がってる虫を踏まないように気をつけて歩く。
その後も身なりはいいけど昼間から酔っ払ったような赤い顔の鼻息の荒いオジサンに「お嬢さん、私の屋敷に一緒にきたまえ、いい暮らしをさせてやろう」と行く手を遮られて腕を掴まれそうになったけど、ビリビリ攻撃でミアには触れられずに終わった。
でも、ちょっぴり怖かったから、つい「100万ボルトだ!!」って思っちゃって、オジサンの頭がアフロヘアになっちゃった。
あわわ、どうしようと思ってるうちに、ゆっくりと地面に倒れたオジサンのアフロヘアがずるっとずれてつるつる頭が丸見えになったら、周りで見守ってた人達に大ウケだった。
こっちにもウィッグあるんだ……。
「あ、パンも買わなきゃ!」
いけない、こんなところで道草食ってられないのに。
「ぱ、パン屋かい? それなら、も、もう少し先にいいとこが……ぶふっ」
ヒーヒーと笑いすぎて震える指で通りの少し先を教えてくれたのは若いお兄さん。
「ありがとう! いってみる!」
案内されたパン屋さんに行くと、恐々とミアの後ろを着いてきてたさっきのお兄さんが「このお嬢ちゃんスゲェぜ! あの高慢ちき野郎を伸しちまった!そこの通りでぶっ倒れてらぁ」とパン屋の店主に大きな声で報告すると、店のおやじさんは目にも止まらぬ速さで店を飛び出して行った。
えっと、夕飯で食べる分と明日の朝の分の普通の何も入っていないパンがいるでしょ、それと蜜漬けのドライフルーツの入った美味しそうな菓子パンをミアのお昼ごはんにしようかな?
よし、決まり。
「黒パンと白パンと、あのドライフルーツ入りのをください」とパン用の麻袋を渡しながらおかみさんに頼んでいたら、さっき出ていったおやじさんが帰ってきて、さっとおかみさんから袋を取り上げると、ぽんぽんと色んなパンを詰め始めた。
「え? え? ミアそんなに頼んでないよ?」
「感謝の印に受け取ってくれ、アイツはうちの娘にも言い寄ってきやがって迷惑してたんだ。だが、あの頭を見られたんじゃ、しばらく大通りは歩けねぇだろ」
それを聞いたおかみさんもミアの頼んだ菓子パン以外もせっせと紙袋に詰めて渡してくれた。
「えっと、ありがとうございます。ミア、何にもしてないけど……」
触ろうとしなければビリビリにならないんだから、ミアがやったことにはならないんじゃないかなぁ?
「じゃーん、今日の夕飯は黒ボアの煮込みだよ!」
「うぉーっ、すげぇうまそうだな!!」
とろ火でじっくり煮込んだ黒ボアはセロリみたいな葉っぱとピーマンと一緒にとろとろになってて、どっしりとした黒パンと相性抜群!
「で、変わったことはなかったんだな?」
「うんっ、迷子にもならなかったし、お店の人みんなオマケしてくれたし、全然大丈夫だったよ!」
「なんだ、心配しすぎちまったな」
アイナブルゴヤの市場、親切ないい人ばっかりでよかったぁ。




