心の片隅に残るもの
ピュイトもだったんだ……
「寂しくて悲しくてたまらないよね」
大きな手を引き寄せてぎゅっと握れば、銀の混じったペリドットの瞳が一瞬大きく見開かれて、それから柔らかく細められた。
「昔のことですから、もうそんな風には思っていませんよ」
ウソだ。
だって、どんなにパパとママが愛してくれても、ミアの心の片隅には何もわからないまま置き去りにされて泣いている、小さなみりあが居続けている。
寂しさも悲しみも、心の奥底へぎゅうぎゅうと押し込めることはできるけど、なくなったりしない。
でも、ピュイトはきっと忘れていたいし、もう平気だって思っていたいんだよね。
そうしたいのもよくわかる。
「ミアはずっと一緒にいるからね」
体を擦り寄せて、こてんとピュイトの胸に頭を預ければ「大人になるまでですね」と優しく撫でられた。
外からはカポカポと馬の歩く音。
アイナブルゴヤはエルフの国へ行った高速道路からは離れているから、ゆっくりと普通の道を進んでいた。
たくさんの街を越えて、乗り合い馬車を何度も乗り換えて、とうとうアイナブルゴヤに着いた。
長い道中ではいい人のフリをしたお婆さんに大切な指輪を盗られそうになったり、お約束の盗賊も出てきたりしたけど、お婆さんは気づいたミアが蔓でぐるぐる巻きにして次の町で役人さんに引き渡したし、盗賊はミアが落とし穴に落っことしたら、乗り合い馬車のムキムキな御者さんと護衛の冒険者のお兄さん達が引きずりだしてボコボコにしてくれた。
両方とも懸賞金がかかってたから、お金をもらえたんだけどピュイトがじーって見詰めてくるから、そのお金はその町の教会に寄付してきた。
ピュイトは満足そうに、うんうんって頷いてた。
ミアたくさんお金持ってるはずだし、懸賞金が困ってる人の役に立つならうれしいしね。
アイナブルゴヤは大きな街って聞いてたけど、すごい。
目の前には高く積まれた大きな石壁。
それがずーーーーーっと向こうまで見えなくなってるけど続いているんだって。
大きな街なのにぐるっと全部丸ごと、この石壁が囲っているんだって。
全部人の手で作ったなら、どれだけの時間がかかったんだろう。
「古い時代の国では首都だったところなのですよ」とピュイトが教えてくれた。
その石壁に大きな門が嵌まっている。
門の前には兵隊さんみたいな人が何人もいる。
石壁の上にも見張りの人が立っている。
街の中に入るための行列は2列。
一つは荷物がたくさんの商人さん用。
もう一つはミア達みたいに人だけが入る用。
入るのには身分証がいるみたいで、前に並んでた人達は紙だったり、金属の板だったりを役人さんに見せている。
ミアは何を見せればいいのかな?
「商業ギルドのやつでいいの?」
ポケットから出したふりをして指輪からエルフの国で作ってもらったクレジットカードみたいなギルド証を出したら、見えないようにすぐ手で押さえられてしまわされた。
「ミアは私が一緒なのでいりませんよ」とピュイトが王都の教会の所属証明だと言うペンダントを懐から取り出した。
見せてもらうと銀の板に女神様のシルエットが表に彫ってあって、裏にはピュイトの名前。
「誰かニセモノを作っちゃいそう」
「女神様の姿を使うものには、ニセモノはできないのですよ。きちんと教会で神父が祈りを捧げないとどんな物でも女神様の姿は消えてしまうのです」
「そうなの!?」
ピュイトが言うには絵は消えちゃうし、金属に掘ったりしても消えちゃうし、彫刻なんかもバラバラに壊れちゃうらしい。
だから女神様の絵やお人形は教会からしか買えないんだって。
子供向けの絵本なんかもちゃんと教会でお祈りをしてもらってから本屋さんに並ぶんだって。
お金儲けじゃなく、個人でお祈りするために描いた絵だったり、小さい子が遊ぶ手作りのお人形に女神様の姿を使うのは消えたり壊れたりしないらしい。
「すっごい、不思議!」
「女神様の聖なる神業でしょう」
ピュイトはふふんっと得意げ。
順番がきたから馬車からそのペンダントを役人さんに見せて「この子を保護者の元まで送り届けるところです」と言っただけで「よし」と言ってもらえて、他の乗客の人達も問題は無かったから、馬車はいよいよアイナブルゴヤの街へ入っていった。
門を入ってすぐが噴水広場になっていて、たくさんの馬やロバがそこで水を飲んでいる。
「さぁ、お客さん着きましたぜ」
噴水をぐるっと回って空いたところへ馬車が止まると皆それぞれ行きたい方向へと散って行った。
「じゃぁな、エルフの嬢ちゃん」
盗賊を退治してから少し仲良くなったムキムキの御者さんがお別れの挨拶をしてくれた。
「乗せてくれてありがとうございましたっ」
「おう、また帰りも乗ってけよ」
「うん、またねっ」
人がたくさん歩いている大通りらしき道をピュイトと手を繋いで進んでいく。
エルフの国へ行く途中で寄った王都もそうだったけど、三階建てや四階建ての大きな建物がたくさん。
王都もすごく賑やかだったけど、ここのアイナブルゴヤにも人がたくさんいる。
道の左右にはお店がずらっと並んでる。
忙しそうに荷物を運んでいる人もいれば、のんびりお買い物を楽しんでいる人もいる。
はぐれるのは絶対嫌だから、ピュイトの手をぎゅっと握った。
「さて、サンディノは商業ギルドへ勤めているのでしたか……」
「うんっ、パパがそう言ってた」
「では、まずそちらへ向かいましょう」
パパの弟のサンディノおじさんは村を出てから、まずは小間物屋さんのおじさんの伝手で少し大きめな町の商店で働いていたんだって。
そこで何年か働いていたんだけど、そこのご主人がお店をたたむ事になったから、今度はそこのご主人の口利きでアイナブルゴヤの商業ギルドで働くことになったらしい。
パパが言うには商業ギルドで働ける人は一握り。
「アイツは昔はお調子者だったから心配したけど、商業ギルドで働いているんだから大したもんだよ」とミアに嬉しそうに教えてくれた。
「あそこ、ですね」
しばらく歩いて見つけた建物は象牙色の石造りの四階建ての建物だった。
入口の扉の上には真鍮色の天秤のマークが鈍く光っている。
天秤のマークは商業ギルドの印。
「うん、ここだね」
大きな板チョコみたいな両開きの扉は開けっ放しになっていて、たくさんの人が出たり入ったりしている。
扉には木の棒を持った、しかめっ面の人が立っている。
警備員さんかな。
警備員さんはミアとピュイトをちらっと見ただけだった。
中は社会科見学で見た郵便局みたいだった。
カウンターがあって、内側にギルドの職員さんが何人か座っている。
壁沿いに待ってる人が並んでて順番がきたら、空いてるところへ行ってお話を聞いてもらっているみたい。
きょろきょろと見回していると、お団子ヘアに黒いワンピースを着た女の人が近づいてきた。
「こんにちは、神父様。本日は商業ギルドにどのようなご用件ですか?」と話しかけてきた。
「あぁ、用事は私ではなく、この子が」と、半歩ずれてピュイトは後ろに下がったからミアが前に出たみたいになった。
「まぁ、エルフ!」
女の人は目をぱちぱちさせながら「どのようなご用件かしら?」と聞き直してくれた。
「あの、ここにサンディノさんはいますか?」
「あら、サンディノの知り合いなの? 彼は今、外回りに出ているけど、そろそろ帰ってくると……あ、ほら」
指を差された方へ振り向くと、ミア達が入ってきた入り口から男の人が歩いてきている。
すれ違う人に「よぉ」と笑顔で声をかけていて、明るい雰囲気。
背はパパと同じくらい。
髪はパパより薄い茶色。
パパはやせ形だけど、あの人は少しむちっとしてる?
あれがサンディノさん?
パパの弟?
ミアのおじさん?
じぃっと見つめていると、ミア達の視線に気がついたのか、その人もこちらを見た。
「ん?」
こちらに向けられた瞳は茶色くて、パパの優しい目元にそっくり。
決まりだ!
「サンディノおじさん!!」




