ピュイトと二人旅
山のおうちを整理して、ヤギママとマイちゃんを連れて村へ行く。
マイちゃんは大きくなったのにぴょこぴょこ跳ねてお散歩がうれしそう。
村の外れの牧草地では相変わらずたくさんのヤギが草を食べていて、メエメエとうるさいぐらいに元気いっぱいだ。
ヤギ兄はモテモテなイケヤギになって、たくさんの子ヤギのパパになったんだって。
「ダズさぁん!」
「お、ミアか、カッツェから聞いてるぜ、二匹とも預かりだな? 村長、具合よくねぇんだってな?」
ダズさんは相変わらず日に焼けた腕で柵を開いてミアとヤギママとマイちゃんを中へ入れてくれる。
「うん、だからしばらくは村にいることにしたの」
「そうか、まぁ村長もそんな年だわな」
「……うん」
「心配すんなって、あの村長が簡単にくたばんねぇって」
「じぃじ強いもんね」
「めちゃくちゃな」
ふふっと笑い合って、二人とも同時ににやりとした。
「いつもの、やる?」
「おう、頼むわ」
「いいよ? クリーン&牧草生長促進!」
ひらりと手を振って魔法をかければ、たくさんいるヤギはたちまち真っ白になって、牧草はにょきにょきと背を伸ばす。
ミアの生長させた牧草は美味しいみたいでみんな夢中でむしゃむしゃするんだよ。
「いつ見てもスゲェな」
「でしょー?」
なんたって、ミアは植物魔法が得意なエルフだもん。
「じゃ、こっちもいつものな」
薄い布袋にはミアの顔ぐらいあるチーズが3つ。
「いつもありがとうっ」
「こちらこそ、だ。ミアのおかげで臭くねぇし、出すミルクも美味いしよ」
「じゃあ、ヤギママとマイちゃんのことお願いしまーす」
手を振って別れた後は、見えなくなってからこっそり指輪にチーズをしまう。
サンディノおじさん、チーズ好きかな?
故郷の懐かしい味かもしれないから、お土産に持っていってあげよう。
魔法収納の袋をママに渡して「じぃじにもちゃんと飲んでもらってね」とよくお願いしておく。
昼間はママに、村長のお仕事を代わりにやってるパパには夜に、寝る時はじぃじのくっつき虫になって数日を過ごした。
出発の日、イオさんがじぃじのおうちを訪ねて来た。
「行った?」
「あぁ、今朝早くに」
「じゃあ、ミアも行くね」
「これはハンナからだ……」
手渡された包みからは、ハーブと少しの香辛料の香り。
「ハンナさんの干し肉、美味しいからうれしい」
「……すまん」
イオさんはそれだけ言うと背中を向けて行ってしまった。
目立たないようにお別れはおうちの中で済ませた。
だからお見送りは無しだ。
全員が今にも泣きそうな顔をしてるところを見られたら何事かと思われちゃう。
「いってきます」
普段通りの挨拶で家を出る。
村の出口へ向かう前に、アナお姉さんのところへ寄る。
玄関扉をノックしてアナお姉さんに取り次いでもらえば、まだ髪を結っていないお姉さんが現れた。
「こんな朝から何かあったの?」
「あのね、お願いがあるの」
「お願い?」
「うん、あのね、カイ兄ちゃんのことなんだけど、しばらく機嫌が悪いと思うんだ。だけど、優しくしてあげてくれる?」
「何よそれ」
お姉さんは片方の眉を上げて怪訝そうな顔。
訳わかんないよね。
でも、そうしか言えないし……
困ったな……
「ま、何でもいいけどね、カイに優しくすればいいのね? 任せなさいよ。アタシはいつでもカイには優しいわよ?」
ふふん、と胸を反らしたアナお姉さんの髪が鮮やかに朝日に煌めいて、とても大人びていて同時に頼もしく思えた。
「うんっ、そうだよね、えっとね、そんだけ! 」
くるりと背を向けて駆け出したミアに「またお茶しに来なさいよね」と声がかかる。
それに速度を落とさないまま「また今度ね!」と返事をして駆け続けた。
きっと大丈夫。
カイ兄ちゃんのことはきっとなんとかなる。
そのまま振り返らずに村を飛び出した。
ここ数日と今朝の事を思い返していたら、もうすぐ隣村の入口だ。
大丈夫、村でしなくちゃいけないことはしてきたはず。
「えっと、ピュイトどこかな?」
頑張って歩いたから思ったより早くこられた。
ピュイトは夜明けギリギリに村を出るって言ってたから、もうこの隣村に着いているはず。
二人で村を出ると目立つから、ここまでは別行動にする打ち合わせだ。
「ミア、ここですよ」
村の入口にある大きな木の陰から声がして、ピュイトがひょいと現れた。
いつもの神父様の格好だ。
「おはよ、ピュイト」
「おはよう、ミア。さ、急ぎましょう」
一人だって平気だと思っていたけど、ピュイトの姿を見たら、ふっと余分な力が抜けて全身が軽くなった。
うん、しっかり歩いて夕方までには宿のある町まで行かなくちゃ。
今日はそこで泊まって、明日の朝一番の街へ行く乗り合い馬車に乗る予定だ。
カイ兄ちゃんが、ミアがいなくなったのに気がつくのが帰ってきてすぐなのか、何日かたってからなのかはわからないけど馬車に乗ってしまえば、とりあえずは一安心だ。
次の日、宿で包んでもらったサンドイッチを持って夜明けと同時に出発する馬車に乗り込んだ。
左右に別れてベンチがあって5人ずつで、10人ぐらいは乗れるみたい。
お客様はまだミア達だけだ。
「しばらくは貸し切りだね」
「そのようですね」
エルフの国に行った時みたいに座席がソファーになってないから、指輪から膝掛けを出して畳んでおしりに敷く。
少しはマシかな?
それを見ていたピュイトが手を差し出してきたから、色違いの膝掛けを渡してあげたら、おんなじようにお尻に敷いた。
「出発しやす」
御者席の後ろの小さな引き戸が少し開けられて声をかけられる。
「お願いします」とピュイトが言うと、少しずつ馬車は動きだした。
「朝ごはん食べよっか!」
お腹が減ってたらリデルみたいに馬車酔いしちゃうかもしれないし!
包みを広げてサンドイッチにかぶりつく。
コッペパンを切ってはさんである具は茹でてほぐした燻製肉とみじん切りの玉ねぎをバターで炒めた物。
それにバジルのペーストが混ぜてある。
「うん、美味しっ」
ピュイトも同じサンドイッチだ。
食べ終わると宿のおかみさんが「神父様に」と渡していた小ぶりの梨をミアに渡した。
「いいの?」
「ええ」
「えへへ、ありがと!」
代わりにミアは指輪からそーっと紅茶を出してあげたら、ピュイトは前の小さな扉をちらりと確認して「いただきます」と言ってくれた。
丸かじりしなくちゃいけないけど、今の時季の梨はみずみずしくて甘くて美味しい。
食べ終わるとお口も手もベタベタになっちゃうからクリーンして、さっぱりだ。
ピュイトに返してもらったティーカップにもクリーンをして指輪に戻す。
あとは何もすることがなくてヒマだなぁ、と思っていたらピュイトがミアをじっと見て呟いた。
「よい判断をしたと思いますよ」
「……逃げることが?」
そう言うとピュイトはゆるゆると首を横に振った。
「いいえ、彼の熱意に流されなかったことがです」
「カイ兄ちゃんはミアには“お兄ちゃん”だもん。それに、ミア成長止まったしね」
大人になってから成長が止まるのなら、もしかしたら少しは心が揺れたかもしれないけれど。
「……えぇ、そうです、エルフとはそういうモノなのです」
目を閉じたピュイトは頭を馬車の壁にこつんと凭れさせて静かに息を吐いた。
「私の祖父はミアも知っての通り普人の女性と結婚しました。そして祖母が召されるまで仲睦まじく暮らしました。二人はお互いのあるがままを受け入れていました」
「素敵な夫婦だったんだね」
きっとミアのパパとママみたいに仲好しだったんだよね。
「そうですね。……ですがそれは例外とも言えるケースです」
「そんな父と母を見て育った、半分エルフの私の母もまた普人の男性と結ばれました……ですが……父は家族を捨てた」
「捨てた……?」
「彼はある日、唐突に気がついてしまったのですよ、エルフの国で暮らす人の中で自分だけが老いていくことに」
「え、そんなの……わかってて結婚したんじゃないの?」
「わかっていたつもりだったのでしょうね。気づいてしまった彼は妻子に何も告げずに元の自分の国に逃げ帰ったのです。私が今のミアぐらいの年でした……」
そんなのひどい……
ピュイトのお母さんもピュイトもどんなにショックだっただろう。
あまりにも切なくて悲しくて、何も言えないミアにピュイトは微笑んだ。
「大丈夫、間違えなかったミアには幸せな未来が待っていますよ」




