話し合いの行方
3羽の小鳥が寄り添う楕円の鏡に映っているのは少女。
シャンパン色の髪にホタルガラスの瞳。
エルフという種族を印象づける細く長い耳。
14才になったばかりの少女の背丈はまだ大人に届かず、手足はほっそりとしている。
胸も腰もまだぺたんこで丸みはない。
首を傾げれば鏡の中の美少女の髪もさらりと揺れた。
「どうみても成長、止まった……」
やっぱり12才からほぼ成長はしてないみたい。
10才のみりあよりは身長は高いけど。
試しに濃いピンクのランドセルを創造して背負ってみる。
「うん、まだいけちゃう」
やっぱり中学生よりは小学生に見える。
指輪にランドセルをしまいながらついぼやいちゃう。
「なんでカイ兄ちゃんはこんなミアにこだわるの……?」
カイ兄ちゃんは成人して大人なのに。
背もイオさんと変わらないぐらい高くなった。腕だってこの2、3年で筋肉がついて太くなった。
もうすぐ成人する村の娘さん達がカイ兄ちゃんを見て頬を染めているのを知ってる。
この間、アナお姉さんがカイ兄ちゃんを好きなんだって知らされて、びっくりしていたら「ミアにぶいわ」「にぶすぎよ、ミア」とベスお姉さんとエミーナお姉さんに呆れられちゃった。
そんなカイ兄ちゃんがどうしてミアと結婚するのをあきらめてくれないのかわかんないよ……
「なぁ、嫁にくる準備は何がいる? オレ、ミアの欲しいモン全部揃えてやりてぇからさ、前もって教えろよ」
この間もカイ兄ちゃんはこんな調子で……
「何もいらないよ、嫁にはいかないって言ってるでしょ!」
「金の心配はいらないぞ? オレ猟師の才能あるみてぇでさ、毎日ちゃんと稼いでるんだぜ? すげぇだろ?」
「うん、それはすごいんだけど、ミアはお金の心配をしてるんじゃなくて」
「なんならミアの実家の商会で嫁入り道具揃えてもらうってのはどうだ!? 親戚になるんだし、気っ風のいいダンナだってとこ見せれば向こうも安心するだろ?」
ニカッと笑う、その笑顔は子供のころと同じ。
だから余計に苦しくなる。
「ねぇ、どう言えばわかってくれる? ミアはカイ兄ちゃんと結婚しないって」
「……ミアこそ、いいかげんわかれよ。オレは諦めるつもりなんてねぇって」
「ミアはエルフだよ!? 結婚したって幸せにはなれないよっ!!」
「そんなもん結婚してみなきゃわからねぇじゃねぇか! オレは誰よりもミアを大事にしてやるっ、姿が変わらなくたってミアはミアだろ!?
ガキの頃から、ずっとずっと好きなんだからしょうがねぇだろ!!
な、ミア、周りの言うことなんか気にすんな、オレの一番はミアだ。ミアだけいればいいんだっ! オレの一生かけて大事にしてやるから。
…………ミアはさ、小せぇ頃、おじさんとおばさんに嫌われるんじゃねぇかって、時々とんでもなく不安な顔することたまにあったよな? オレはもうそんな顔させねぇって誓ったんだ。
な、ミア、オレと家族になってくれよ。そしたらずっとッ……ずっと一緒だからよ…………」
力任せに引き寄せられて、ぎゅっと包み込まれるように抱き締められる。
カイ兄ちゃんの言葉の最後方は抱き締められていて顔が見えなかったけれど、微かに震える体が感情を伝えてきていた……
「また来るから」
帰ってゆく後ろ姿をぼうっと見送りながら二人で駆け回って遊んだ頃を思い出す。
ミアが一番……家族……
カイ兄ちゃん、ミアが欲しかったものをちゃんとわかってる……
そんなにミアのこと想ってくれてたなんて……
小さな頃は、いつかまた捨てられてしまうのかもしれない、そんなことない、でも……と、どんなに可愛がってもらっていても不安になることが時々あった。
誰にも話したことないのに。
でも、でもね、
だからこそ、やっぱりダメだよ。
ふっ、と、カイ兄ちゃんのうちで二人で暮らすのを想像してみる。
クリーンで掃除や洗濯をして、踏み台に乗ってコンロに向かってお料理をする。
ミアはいつもカイ兄ちゃんの優しさで包まれていて……ミアはそこでいつまでも変わらない。
カイ兄ちゃんだけがどんどんと年を重ねてゆく。
妹は妻になれず、すぐに子供のようになり、最後は孫のようになってゆく……
そんなのいいわけない。
いいわけないんだよ…………
「ママ、ミアどうしていいのかわからないの」
困り果ててママに相談したらそっと抱き締めてくれた。
「そんな相談をしなくちゃいけない年になったのね、カイの事はママもパパも考えていたわ。明日みんなで話し合いをしましょう」
見つめたママの瞳は、いつも通り深い青で落ち着いている。
小さな頃のように頭を撫でてもらうと重たかった胃が少しだけ楽になった。
次の日、山のうちへイオさんとハンナさんが来てくれた。
少しでも明るい気持ちで話ができるようにテーブルにはカモミールの花を飾った。
お茶菓子を食べる雰囲気にはならない気がして、いつもより少しいいお茶を淹れるだけにする。
「久しぶりだな、ミア」
「しばらくね、元気にしてた?」
「お久しぶりです、元気にしてました」
イオさんは相変わらず大きい。
さすが現役の猟師さんだ。
てっきりカイ兄ちゃんも来るのかと思っていたけれど姿はない。
「今日はね、カイは来ないよ」とパパが教えてくれて、ほっとした自分がいた。
お誕生日席にミア。
右隣の奥にイオさん、手前にハンナさん。
パパはイオさんの前、ママはハンナさんの前に座る。
「カイが困らせてるよな」
席についてイオさんは苦笑いで口を開いた。
「ごめんねぇ」
ハンナさんも申し訳なさそうに話し始める。
「意地悪されてるんじゃないのはわかってるの」
「そうだよな、アイツは本気なんだ」
「真っ直ぐなのはいいところでもあるんだけど……」
「ガキん時からミアをお嫁さんにするって言っててな、言い出した頃からアイツは変わったんだよ」
「そうね、それまでイタズラとケンカばっかりで手を焼いてたのにね」
ふふふ、と笑ってハンナさんはカップに口をつけた。
「結論から言う、俺達はカイとミアの結婚を認めねぇ」
「それは僕らもだ」
パパとママ、イオさんにハンナさんはお互い頷きあった。
「誤解しないでね、ミアちゃん。ミアちゃんが嫌いな訳じゃないのよ?」
ハンナさんの海老茶の瞳が心配そうに揺れる。
ゆったりと束ねた赤茶の髪の生え際には白いものがちらほらと見え隠れしていた。
心配させちゃってるよね……
「うん、わかってる。ミアもカイ兄ちゃんが嫌いな訳じゃないの。でも……」
「カイのことちゃんと考えてくれたからよね、ありがとう」
ハンナさんは右手に握ったハンカチでそっと目尻を拭った。
「知ってると思うが長男は肉屋へ婿へ行っちまった。次男は猟師に向いてねぇっつって街へ行っちまってあっちで所帯を持ってる。うちを継げるのはカイしかいねぇんだ」
「カイ兄ちゃんはミアがお嫁さんにはならないって何度言っても聞いてくれないの」
「困らせちまってるって気がつけ、あのアホが」イオさんはチッと舌打ちして隣のハンナさんに腕を小突かれた。
「一途なのはいいとこでもあるけど、今回はね」パパも困り顔。
「うちで何べんも言い聞かせたんだが聞く耳を持ちゃしねぇんだ」
がしがしと頭をかきながらイオさんは大きなため息をついた。
「だからね、ミア……」
今まで一言も発しなかったママがミアに向き合ってしゃべりだした。
すごく真剣な顔。
「ミアは村を出ていきなさい」




