養父と養父(仮)の話し合い
大変お待たせしました。
今回はアトラスさん視点です。
「は? し、しろ? 白金貨が60枚?」
ミア様を村まで送り届けて今日で3日目。
ミア様は友達のところへお土産を渡しに行くと、母親と手を繋いでお出掛けになられた。
なので、本日は村長だというミア様のお祖父様のお宅でエルフの国であった事の報告など、ミア様のお父上とお祖父様、そして私とバイエル商会の会頭である私の父で大人同士の話し合いだ。
開け放たれた鎧戸からは夏の終わりの日差しが室内をほどよく明るくしている。
そのため室内がとてもよく見えるのだが、代々村長をしているという割には意外なほど居間は殺風景だ。
装飾といえば小さな飾り皿が一枚あるきり。
私も普人の国の小さな村の村長がどんな暮らしぶりなのか詳しくは知らないけれど、村全体はそこまで貧しい印象を受けなかったので少し不思議な気がする。
だが、そういえばミア様も必要最低限な物しか欲しがらなかった。
そういう家風なのかもしれないな。
「はい、現在のミア様の商業ギルドの口座残高は白金貨が60枚と大金貨が20枚、それに大銀貨が8枚でございます」
父さんが再度告げたその金額に、ミア様のお父上は驚きのあまり椅子から立ち上がりかけ、すぐにへなへなと座りこんだ。
村長も言葉は発していませんが、金額を聞いて目を見張ってまばたきを忘れてしまったようだ。
「な、な、なんだってそんな大金……」
大店なうちのような商売人にとってはそこまで驚くような金額ではないけども、白金貨は一枚でも一般庶民にとってはかなりの大金。
驚くのも無理はない。
そんな大商会の会頭である父は滔々と説明を続ける。
「白金貨40枚につきましては、エルフ国からの礼金でございます。幼き身を親元から引き離しエルフの国を助けていただいたことへの感謝の印」
ミア様は両陛下がお礼をしたいと伝えても「ミアもママを助けてもらうんだからお相子だよ? だからお礼はいらないよ?」と仰いました。
「ミアはパパとママがいればそれでいいの」とも。
国としても子を持つ親としても、それではあまりにも立つ瀬がないということで、両陛下とデセンテーティス様、リデル様、私の父と相談の上、商業ギルドのミア様の口座へ白金貨40枚を入金することにしたのでした。
国を救ったのです、もっと金額を上げてもよかったのですが「もしやミアは一生使わぬのではないか?」とのリデル様の言に、一同なんというか納得してしまう節があり、白金貨は40枚にして後は四季折々に我が商会からの贈り物や、将来ミア様がエルフの国へ移住してきた時に力になるということで落ち着いたのだった。
「では、あ、あとの20枚は……?」
「それに関しましては、王家への鏡の売却金ですね」
「鏡……」
「大変素晴らしい鏡なのですよ? 詳しい事はミア様ご本人から聞いていただけると」
「はぁ……?」
なんのことか?という顔をされているが、“創造”はミア様が実践して説明しなければきっとわかってはいただけない。
“創造”は奇跡にも等しいと陛下も仰っておられた。
プレゼント大作戦に使われた鏡は貴族達にも、おこぼれに預かった我が商会のお客様にも大好評でした。
とりわけ謁見の間に置かれた大人が三人並んで全身が映せる大鏡は、各国の使者を魅了し報告を受けたそれぞれの本国から「なんとしても手に入れたい」との書簡が何通も届けられたと聞きます。
しかし、ミア様に創造していただいた分はほぼ使いきってしまって困っていたら「いるなら創造るよ?」と、さっと離宮の大広間に鏡を創造された。「ミアもお洋服たくさん作ってもらったしね!」と笑っていらしたが……
……価値が、価値が違いますっ!!
前回の分はミア様のお仕置きも兼ねておられたが、今回はそうではない。
貴重なガラスの鏡をタダで受けとる訳にはいかず、王家が買い取る形になった。
大広間の床一面のガラス鏡は父の値付けで白金貨20枚になったのだ。
値段のつけようのない物に値をつけるというのはずいぶん悩んだようで鏡に映っていた父はだらだらと脂汗をかいていた。
外交官達は、我が国から新しく珍しい鏡を交渉の場へ持ち出すことができ鼻が天を向いているらしい。
城の舞踏会用の大広間をその鏡と金細工で飾る内装にすることが決められ、帰るころには金と銀の絢爛な空間が出来上がっていることだろう。
「子供の身で大金を所持する危うさと今後のミア様についてなのですが……」
父がそう切り出すと村長もミア様のお父様も黙りこんでしまった。
それを見てうちの父も一瞬言葉に詰まってしまったようだが、すぐに「……私の妹ということにしてはどうかと思うのです」と切り出した。
「話だけでも合わせて欲しいとミア様には申し入れましたが、できれば正式に縁組をしておきたいと思います。こちらとしては大歓迎で我が家に迎え入れたいと思っています。そうすればミア様が多少散財されても不自然ではありませんし、何よりその……」
そこで父は先ほどよりも言い淀み、言うべき次の言葉を言い出せないようだった。
普人の商人とも交流がある父だからこそだろう。
国から出たことのないエルフなら普人相手にこんな気を使うことはしない。
そんな父を見て、ミア様のお父上は微笑んだ。
「お気遣いは無用です。仰りたいのは、私達はミアより先に死ぬということですね?」
「え、えぇ、エルフは普人より長命ですから。会ったばかりの私の妹にするなど不安はあるでしょうし、複雑な気持ちになるのももっともですがご両親の死後の事を考えると是非ともこの話は受けていただきたいっ」
父の語尾が少しばかり強くなってしまったのはしょうがない。
近いうちに確実にミア様は独りぼっちになってしまう。
エルフの人生は長い……
だが、少し見たばかりでも相当溺愛している娘を他家に養女に出すなど賛成するはずないのはわかりきった話だけども。
けれど、深く息を吐き紡がれた言葉はこちらの予想を裏切るものだった。
「娘のことを考えてくださり感謝します。是非ともそのお話を受けさせてください。父さんもそれでいいね?」
「こればかりはどうもできんからな」
悔しさを滲ませながらも村長も反対する気はないようだ。
断られるつもりで反論の心づもりをしていた父は拍子抜けしたようだ。
「よ、よろしいのですか?」
「……私達がいなくなった後の娘の事はずっと気がかりでした。頼ることができる場所ができるのであればこんなにうれしいことはありません。私達がいなくなった後は、ミアにはエルフの国でエルフらしく生きていって欲しいのです。今回の旅は急なことでしたがミアはよい縁を繋ぎました。これも女神様の思し召しでしょう」
少しさみしそうにしながらも、顔を見合わせ頷きあう父と祖父。
大金に目を眩ませることなく、娘の幸せを願う姿がそこにあった。
この人達の元にミア様が預けられたことこそ、女神様の思し召しでしょうか。
「では、早速今後についてご相談を」
それからミア様の出自の誤魔化し方や、正式に養女にする時期、様子を見がてら一年に一度、村の商店の邪魔にならない程度にバイエル商会の行商班をこちらの村へ派遣することなどを決めていった。
話し合いが終わるころには日差しは柔らかく影は伸び始めていた。
「では我々はこのへんで」
椅子から腰を浮かし暇を告げる父へ、ミア様の父上と村長も立ち上がり「ミアのことをくれぐれもよろしくお願いいたします」と再度頼まれる。
心配はつきないだろうけど、家族になる私からも一言あれば少しは安心してもらえるだろう。
「ご心配はいりません。関係は伯母と甥になりますが、素直なミア様が妹になってくれれば私もうれしいですし、かわいがれるのが楽しみです。新しい家族をみんな喜んで迎えます。それにミア様は商才もおありだから“くるり”のような商品を一緒に開発するのも楽しそうです」
「商才じゃと?」
「くるり?」
お二人はきょとんと私を見つめる。
そういえば鏡のことばかりで“くるり”の説明はしてなかったか……
「大金貨20枚分はミア様とピュイト神父が考案されたボードゲームの売上ですよ!」
ミア様は魔法や薬師の才能だけでなく、商売の才能もきっとある。
商品開発部門を一緒にやるのもいい。
そんな日が来るまでは、ミア様にはこの村でのびのびと過ごしていただこう。
「どんなボードゲームか知らないけど、やっぱりミアはすごいなぁ」
「さすが儂の孫娘じゃ」
扉が閉まる寸前に聞こえてきた会話はひどくのんびりとしたもので、あぁ、この親にしてあの子ありだと、笑いが込み上げた。
日本円で六億二千万ほどだと思っていただければと。
じぃじの名前を出そうと思ったのに出せませんでした。




