黄金色の世界樹
ぽかぽか日だまりのネコちゃんがあくびをしてた春。
レースが飾られた帽子が涼しげだった夏。
栗の焼き菓子がお気に入りだと知った、お城のコックさんが毎日のようにおやつに出してくれた秋。
そしてまた暖炉に火がいれられる季節になって、春風が吹き、そして照りつける日差しに目を細めるようになったこの頃。
ミアはお城でお勉強をしたり、薬師の館でお薬を作ったり、時々お世話係のお姉さん達に刺繍を習ったり、リデルと街へ遊びに出掛けて珍しいものを見たりした。
そして、もちろん世界樹になったミアの林檎の樹さんにも魔力をずっとあげ続けていた。
「さすが私の娘だ」
ミアの目の前には創世樹と比べても見劣りしない大きさになった世界樹がそびえている。
マンションぐらいの大きさになった後は、またなかなか大きくならなくて、このまま生長しなかったらどうしようと心配していたけど、今日魔力を入れ終わると、めきめきと枝葉を伸ばし幹を太くして、タワーマンションの高さにまで急生長した。
それに生長が止まったと思ったら、一瞬ピカッと光って葉っぱが全部黄金色になっていた。
黄金の葉っぱは風もないのに揺れてしゃらしゃらと音をたてる。
「終わったの?」
「あぁ、立派な世界樹となった……これで魔素の循環は滞りなく、エルフの子らも世界も健やかでいられるであろう」
やった……!
やった、やった、やった……!!
村へ帰れる!
パパとママのところへ帰れる!
やっと、やっと帰れる!!
そう思っただけで胸がいっぱいになって、涙が一粒ぽろりと落ちた。
「どこか痛いのか?」
ジーンはミアの涙を見て不思議そうにしている。
「違うよ? おうちに帰れるのがうれしくて、うれしすぎて涙が出ちゃったの」
「そうか、ミアがうれしいのは私もうれしい」
「お城のみんなにも教えてあげなくっちゃ! もうエルフの国は心配ないよって! みんな大喜びするよっ」
「うむ、そうだな。そうするがよかろう」
リデルやリデルのパパとママが喜ぶ顔が目に浮かぶ。うれしいお知らせは早い方がいいよねっ!
早く帰って教えてあげなくっちゃ!!
「じゃあ、ミアもう行くねっ」
「……そうか、病を得ぬよう気をつけて暮らせ」
微笑んだジーンは少し悲しそうで……
……まるでもう会えないみたいな言い方……。
ミアはまだ何回かはここに来るつもりでいたのに。
そっか…………
ミアが来なくなったら、ジーンはこれからずっと独りぼっちなんだ……
大きくて指がスラリとしているジーンの手を両手できゅっと包み込む。
ジーンは永い永い間、ずっとずっと独りでここにいた……
ミアが聖域に来たとき本当に本当にうれしそうだったジーン……
ミアがつけるまでは名前もなくて、それって誰もジーンに話しかけることがなかったから必要がなかったってことで……
そんなジーンをミアはまた独りぼっちにしちゃうの?
みりあもずっと、置いていかれる方だった。
記憶にはないけどデパートに置き去りにされたのが最初で、その後は親戚に引き取られたり、養子や里子に行く子達、卒業して一人立ちするお兄さんやお姉さんを施設から見送った。
自分だけがずっとここにいるような、そんな不安と悲しみと寂しさでいつも胸が押し潰されそうだった。
「ねぇ、ジーンもミアと一緒に村で暮らそう?
ミアじぃじにお願いしてあげる」
そしたらミアもジーンも寂しくないもん。
うん、これってすっごくいい考え!
おうちは村の空いてるところへ“創造”すればいいし、パパとママも事情を話せばきっといいよ、って言ってくれる!
みんなで村で仲良く暮らせばいいんだ!
だけど、絶対に頷いてくれると思ったジーンは「それはできぬよ」と静かに言った。
「私はここにいる。私はここ以外では暮らせぬよ」
ミアの手からゆっくりと自分の手を引き抜いたジーンは世界樹を指差した。
「私はオリジンとして見守らねばならぬ。それに今さら人の営みに寄り添えるとも思えぬ」
「そんな……でも、そしたらミアは? ミアもオリジンなんでしょう? ミアはここにいなくてもいいの?」
ジーンだけが独りぼっちでいなくちゃいけないなんてそんなのかわいそうだよっ。
……でも、ミアがここにいたらパパとママのところへは帰れない……
どうしたらいいの?
どうしたらみんなが寂しくなくできる?
いい考えは浮かばないし、でもパパとママには会いたいしで頭の中で「どうしよう」だけがぐるぐると回る。
「ミアは両親の元へ帰ればよい」
ふわりと抱き上げられて世界樹の下へと連れていかれる。
「ミアのおかげでこんなに大きく美しい世界樹が成った」
下から見上げた世界樹はてっぺんは全然見えなくて黄金色の葉っぱがキラキラと辺りに光を反射させて眩しいくらい。
ジーンの頬にも黄金色が落ちている。
そっと自分の頬をそこへくっつける。
「ジーンが寂しいのは嫌だよ? ね、だから一緒に村へ行こうよ」
もう一度同じお願いをするしかミアには思い付かない。
それを聞いたジーンは明るい海水色の瞳を困ったように柔らかく細めた。
言葉の返事はなかったけれど、あぁ、それは無理なんだなってわかってしまった。
「……いつか、ミアが大人になったら聖域で一緒に暮らそうね」
いつか、いつか、普人のパパとママが女神様の元へ旅立ってしまった時にはジーンと一緒にいてあげたい。
なのにジーンはそれもダメって言う。
「たとえ“ネオ・オリジン”に創造られたとしても、ミアの魂は人に近い。ミアは人の理の中で生きてゆけ」
そんなことを言われてしまってぼろぼろと大粒の涙が溢れてしまう。
確かにミアはみりあの想いや記憶を持ったままだけど。
なんだか悔しくて、悲しくて、寂しくて、もやもやが涙になって止まらない。
ジーンはミアを支えていない方の手を世界樹へと伸ばした。
海水色の髪がふわりとなびいて、全身がほたるの光のように輝く。
世界樹も同じように光った。
ざわめく黄金色の葉っぱの間からしゅるしゅると1本の枝が下へと伸び、ジーンの手のひらへと林檎を届ける。
黄金の林檎だった。
「人の理の中で生きる娘への餞だ。もしも、この先どうしても辛くて耐えられないようなことがあれば、この実を食べるがよい。きっと助けとなろう」
「どうしても辛い時に……?」
まるで本物の黄金でできているような黄金色の林檎は鏡のようにミアのきょとんとした顔を映している。
「そうだ、だが、今はその時ではない。時が来るまでは指輪に入れておくがよい」
「うん」
ジーンは林檎が指輪へと吸い込まれるのを見届けると「さ、早く末の子らを安心させてやるがよい」と、ミアを地面に下ろした。
「また絶対遊びに来るからねっ! 一人でもちゃんとご飯食べなきゃダメだからねっ! ジーンはミアの大切な大切な家族だから……っ」
これでお別れなのだと気がついて、胸に溢れる言葉を次々に口にしていたけれど、ちゃんと言い終わらないうちにジーンが手を振るのが見えて…………
ミアは祈りの間の円柱にいた。
最後に見えたジーンの瞳……寂しいとか悲しいは見つけられなくて、ひたすらにミアの事を心配だとか愛しいとかそんな風に見えた。
ミア知ってる。
ちゃんとピュイトに習った。
そういうの慈しむって言うんだよ。
最後に見えたジーンはミアへの慈愛で溢れていた。
「ジーンのばか……絶対また聖域へ行くから……っ」
愛されたいと願ったのはみりあ。
だけど、それが心を締め付けることがあるなんて知らなかった…………




