ある薬師の呟き
それは突然やってきた。
薬師の館へあのデセンテーティス様がやってきて女の子を1人預けていったと、なんか機嫌の悪い主席とそっち行くみたいだぞ。と同じ薬師仲間からの伝言鳥が消えるか消えないかのうちに、噂の二人が現れた。
手入れを続けるふりをして聞き耳を立てていると、どうやら新人の薬師見習いのようだ。
どんな子だろう?
ひょいと畑から顔を出して声のする方を見てみれば、仕立てのよい服を着た淡い金髪のまだ小さな女の子だ。
「引き上げだ」と、命令されて慌てて主席についていくけど、まだ水やり終わってないんですけど!?
単に「手入れしろ」と言われた女の子も明らかに戸惑ってるし。
「あとは水やりだけだから」と教えれば、ちゃんと「ありがとうっ」と返事がきた。
いい子じゃないか。
館に戻って仲間に詳しく聞いてみれば、ウェルツティン次席からの伝言鳥を受け取ってすぐにデセンテーティス様もいらしたらしい。
デセンテーティス様から、女の子は王家預かりの“次代の神子候補”で「したいことはさせてあげるように。全て王族基準でかまいません」と説明とお達しがあったらしい。
仕立てのよい服に、子供でも際立つ輝く容貌。
僕が畑にいる間に仲間うちでは「ひょっとして先王の隠し子?」「いや、現王かも」って憶測が飛び交ったらしい。
僕の方も仲間に畑での様子を話してお互いに情報を共有していたら、いきなりドアが乱暴に開けられて「手の空いてる者はこっちへこい」と呼びつけられた。
まぁ、これでも前主席より相当マシだからいいんだけど。
調剤室へ連れて行かれて、それぞれ持たされた籠やトレイに手当たり次第に色々な物を乗せられる。
主席はぶつぶつと「“鑑定”だと!? ますます私の弟子の座が危ういではないか」と呟いている。
そのまま練習室に連れて行かれると、さっきのあの子がいた。
こっちに気がつくと、にこっと笑ってくれる。
やっぱいい子じゃん。
そっから先はすごかった。
主席が次々と差し出す素材をあの子はぴたりと当てていく。
ついにはラベルを隠した瓶の中身まで言い当てた。
すごっ!
“鑑定”はある程度経験を積んだ熟練者にしか使えない魔法だって聞いていたのに。
思わず皆で拍手しちゃったよ。
なのに往生際悪く主席はまだごねている。
ウェルツティン次席から届いた伝言鳥が原因だということは明白だけど、本当にもう、主席はウェルツティン次席が絡むとめんどくさいんだから。
ほらご覧、肝心の本人は「師匠って誰のことデスカ?」と、きょとんとしているじゃないか。
「主席が言ってる師匠ってのは次席のウェルツティン先生のことだよ」と教えてあげれば、主席とウェルツティン次席の素晴らしさで意気投合したらしい。
これでこの子の事は一件落着かと思ったのに、この子はすごい爆弾を隠し持っていたんだ。
「ミアのお勉強の先生がね、えっと、ピュリンハイドっていう、ウェルツティン先生の孫なの。ウェルツティン先生はね、孫がかわいがってる生徒だから私もかわいがるって言ってくれて、こうして先生に頼んでくれるお世話をしてくれたんだと思う」
何度も聞き返して主席を見れば、青よりも紫に近い、何か悪い薬でも飲んだような顔色だ。
そりゃそうだ。
主席の前の主席、すなわち主席の父親って人は選民意識がそりゃあ強くって純粋なエルフ以外は人族って認めないような人だった。
ちなみにエルフでも田舎から出てきた僕みたいなのもかなり邪険にされていた。
普人をお嫁さんにしたウェルツティン先生なんかは、それこそ目の敵にされていたんだ。
その結果は辞職に追い込まれた前主席の負けだったけど。
当のウェルツティン先生は周りに何も言わなかったけれど、いつも通りの笑顔に医師も薬師も震えたのを覚えている。
空いた首席の座には代々主席を務めてきた、前首席の娘のレカルゥストフォーネ・ラヴィム様が着いた。
幼い頃からの選民意識はなかなか抜けきらないみたいだけど、ウェルツティン先生に心酔している彼女は前主席ほど横暴な態度はとらない。
薬師達はみんなウェルツティン次席には感謝しているんだ。
でも、ヤバイよね、これ。
溺愛してる孫が大事にしてる子供をいじめたりなんかしちゃ、主席どころか破門確定だよね、これ。
あーあ、主席の顔、涙と鼻水でぐっちゃぐちゃ。
ちょっ、そんな顔ですがり付いてこないでくださいよっっ!
結局、ミアちゃんは意地悪したことを内緒にしてくれる約束をしてくれて、レカルゥストフォーネ・ラヴィム様が付きっきりで指導にあたることになった。
ミアちゃんは時々、薬師の休憩室にお菓子を差し入れしてくれる。
すごくいい子だ。
そのお菓子が毎回、甘い茶色いペーストを使ったお菓子なのは謎だけど、これが貴族のお菓子ってやつなのかな?
こないだの小さいパンケーキにそのペーストが挟んであったのは、食べ応えがあって皆に大好評だった。
えっと“ドゥラ焼き”って言ってたっけ。
畑のお世話も手慣れた様子でサボらず熱心にしてくれるし、何より水やりが楽になってみんな大喜びだった。
魔力が少ない僕らは午後の仕事が気になるからね。
そんな風に薬師の皆にも受け入れられてたミアちゃんだけど、レカルゥストフォーネ様の指導がよかったのか、本人に才能があったのか、あれよあれよと一般薬師の試験にパスをして史上最速で一級薬師に合格し、薬師達の度肝を抜いた。
そんな優秀なミアちゃんだけど、前と変わらず僕のことを“ネリー先生”って呼んでくれるんだ。
やっぱりいい子だ。




