#41 ミア薬師になる!#1
そして、季節は少し進んで、エルフの国にも冬が来た。
ミアはピュイトのベッドへ潜り込んでピュイトの腕にしがみついて、ぐずぐずと泣いている。
泣き止みたいと思っているけど、涙はなかなか止まらない。
この間ウェルツティン先生から来た伝言鳥には「予定より早く腫れ物を取り始められそうです」という、うれしいお知らせだったのに今日の昼間に来た伝言鳥は真逆の事を伝えてきた。
「雪が積もり寒さが厳しくなり、村で質の悪い風邪が流行りました。ミア様の母君も罹られて高い熱を出されています。一旦魔力に慣らすのを止めて風邪の治療に専念します。ほとんどの村人が罹ったため、私もそちらの治療に手を貸しています。
この間は予定より早く治療が終わると申し上げましたが、やはり最初にお伝えした2年はかかると思われます。またご連絡致します」
少し早口で伝言を伝えた鳥さんはすぐに消えてしまった。
……わかってる。
……誰も悪くない。
むしろ、悪い風邪が流行った時に村にウェルツティン先生がいてくれてよかったし、ママだって予定通りなんだから、別にそんなに悲しくならないはず……なのに……
寝るまでは我慢できたのに、一人で暗いお部屋にいたら耐えられなくなってピュイトのお部屋まできてしまった。
「ママぁ」
ごしごしとピュイトの腕に顔を擦り付けて溢れる涙をぬぐってしまう。
ピュイトの寝間着の袖はもうぐちょぐちょになってしまった。
冷たくなって気持ち悪いだろうけど、ピュイトは黙ってミアの背中をとんとんと優しく叩いてくれる。
ママに会いたい……
村の冬は厳しくて、寒くて眠れない時はママにくっついて眠った。
体が温まってくると、うとうとと眠たくなってくる。
「幼子は温かいですね」
ピュイトがミアをきゅっと抱き寄せてくれたから少し安心できた。
明日、ウェルツティン先生に伝言鳥を飛ばそう。
ママに風邪に負けないでって伝えてもらうのと、ウェルツティン先生にお礼を言わなくちゃ。
考えていたら、いつの間にか眠っていた。
朝、お部屋に戻って支度をすませたら、ピュイトとティティさんがやって来た。
「今日からお薬の勉強をいたしましょう」
「魔法のお勉強はもういいの?」
おじいちゃん先生を質問攻めにした基礎のお勉強は終わって、この間からは体育みたいにお外に出て実際に魔法を使ってみるお勉強をしていたのに。
机で受ける授業も楽しかったけど、体育と違って魔法はミアの思った通りになるからすごく楽しかった。
「今日からは習ったことを実践していきます」
じっせんの授業は助手のお兄さんが先生をするみたい。
おじいちゃん先生は少し離れたところでにこにこと座ってみている。
場所は広い運動場みたいなところ。
騎士団とかミアも知ってる近衛隊の人達が訓練するところなんだって。
「最初は水魔法から使ってみましょうか」
助手の先生はこうですよ、という風に自分の手のひらに水の玉を出した。
「さぁ、やってみてください」
「はいっ! わかりました! えいっ!!」
「お、大きすぎですよッッ!!!」
ミアの伸ばした手の先には、巨大な水の玉がゆらゆらしている。
これ、みりあの学校のプール半分ぐらいはあるかなぁ?
えへへ、ちょっと失敗。
最初だから気合いが入りすぎちゃった。
「こ、こんなに大量の水をどう処理したら……」
助手先生は助けを求めるようにおじいちゃん先生の方を見たけれど、あれ、寝てるんじゃないかなぁ?
首がこっくりこっくりしてるもん。
「んーと、大丈夫だよ、ミア何とかするから」
「何とかって、そのまま地面に降ろしたら訓練場が水浸しで使えなくなってしまいますよっ」
「じゃあ、そうならないようにするね」
えっと、霧みたいにしちゃえばいいんじゃない?
ちょうどここも冬の風で乾いてて砂ぼこりが舞ってるし。
乾いた空気は風邪の元だもん。
「えいっ」
水玉は風船みたいに、ぱんっと弾けて一瞬で細かい霧になった。
風魔法でお空に向かって高く霧を吹き上げれば、後はゆっくりと地面に降りてくる。
「は?」
助手先生はぽかんとした顔をして一点を見続けている。
もうそこには水玉はないのに。
訓練場は水浸しにはならなかったけど、ミアも助手先生も霧を纏ってちょっとしっとりしちゃった。
「風邪ひいちゃう。えいっ!」
また風魔法のそよ風を今度は「温かい風になぁれ~」と思いながら出して、身体の回りをぐるぐるさせれば、しっとりしていた服や髪がさらさらに乾いた。
「は?」
「先生、まだ濡れてる?」
「い、いいえ、濡れてはいません……」
「よかった」
「い、いきなり基礎を飛ばして応用の複合魔法を使うとは驚きましたが、まぁ教える手間が省けたと思いましょうか」
助手先生は今度は訓練場の隅にある黒い的を指差して「火を出すのは少し難しいかもしれませんが、次はあの的に火の玉をぶつけてみてください。あそこまでは風魔法で飛ばせるはずです」
そして見本をみせるように手のひらに野球のボールぐらいの火の玉を出して、腕を振って、的目掛けて投げつけた。
フォッと音がして火の玉は真っ直ぐ的へぶつかって消えた。
「的は鉄でできていて燃えないので心配いらないですから」
「……はい」
どうしよう、みりあはドッジボールも体力測定のソフトボール投げも苦手だった。
ソフトボール投げなんてクラスで一番悪い記録だったのに。
風魔法を使えば真っ直ぐ飛ぶかな?
でも最初に投げた時にソフトボールみたいに地面に激突したらダメだよね……
真っ直ぐ的に当てるには…………
そうだ!
投げなくてもそこまで火を伸ばせばいいじゃない!
「えいっ! かえんほーしゃき!!」
突きだしたミアの手のひらから、ブオォォォォッッッ…………!と一直線に炎が伸びて的に当たった。
「やった! 当たったぁ!」
でも炎の勢いが良すぎて、的を立てていた細い柱がポキリと折れちゃった。
「わっ! 壊しちゃった! ごめんなさい!」
慌てて謝って隣の助手先生を見たら腰を抜かしてへたりこんでいる。
「ほ、本日の授業は、ここまでッ」
足をもつれさせながら、助手先生はあわあわとおじいちゃん先生へと走っていった。
「ありがとうございましたっ」
魔法を使えば、苦手だった球技や跳び箱も軽々できちゃうんじゃない?と思って楽しみにしていたのに。
「でも、ミアまだ一回しかお外で魔法の練習していないよ?」
首をかしげるミアに、ティティさんは「ほほほ、ミアちゃんには練習は不要とのことでしたわ」と笑った。
魔法のテストに合格したってことなのかな?
でも楽しかったから、ちょっぴり残念。




