#40 リデルと街歩き9
「あ、えっと、……気に入ってもらえてよかったデス?」
ミアが引きぎみに返事をしたら、メルチスさんも我に返ったようで、こほんっと一つ咳払いをした。
「詳しい説明は先ほどピュイト神父に済ませてしまったので、ミア様に確認するのはこれだけです」
何だろう? ミアはピュイトがいいよって言ったならそれでいいんだけどな。
「“くるり”が1つ売れる度に、ミア様には小銀貨1枚が支払われます。それでよろしいですか?」
小銀貨1枚……普人の国で行った市場なら確か大きなパンが1つ。小さなパンなら5つ。
村の小間物屋さんなら中くらいのお塩の袋が1つ買える。
「そんなにもらっていいの!? ミアは何にもしてないし、これからもできないよ?」
「発案者に支払う分としては少ない方ですよ」
「すごいね、ピュイト! “くるり”が100個売れたら小銀貨が100枚だってっ」
そう言ってはしゃいでいたらメルチスさんに「そんなものではすみませんよ?」とにっこりされた。
「で、ここからが肝心なのです」
「ミア様にサインをして欲しい書類が2枚。こちらは私共バイエル商会とのもの。そしてこちらは商業ギルドとの契約書です」
「商業ギルド……?」
「商業ギルドとは商売にかかわるありとあらゆることをしている組織でして、今回はミア様にギルドの組合員になっていただくのと、“くるり”の発案者登録、そしてその守秘・独占権の契約書です」
「それをしないとどうなるの?」
「誰もが“くるり”を真似して勝手に売ってしまいます」
「ぱく……ッ」
思わず、パクり!と声にでちゃいそうになって慌てて止めた。
ニュースで見たことあるよ、人気のキャラクターを勝手に使ったりしたらダメなやつ。
「ぱ?」
「ぱ、ぱ、パンとかはどうなのかなーって! お店で買ったパンを真似して作ったりしたらどうなるのかなーーって!」
「そういった細かい事を決めるのが、商業ギルドなのです。人材の斡旋や転職や、税金の相談や、その地域の祭りの取り仕切りなど、商業ギルドは多岐に渡って商売人のサポートをしてくれます」
あ、それならわかる!
みりあの地域のお祭りにも商工会ってところがお祭りの準備や夜店を出してくれてた。
みりあ達にも商工会の夜店で使えるチケットを配ってくれて、毎年施設にも寄付をしてくれていたはず。
じゃあ、商業ギルドは商工会とトーキョートッキョキョカキョクが一緒になったみたいなところだ!
ピュイトに視線を向けると軽く頷かれる。
「私も商業ギルドの組合員になりました」
「じゃあ、ミアもなる!」
「本来であれば、直接商業ギルドへ出向かなければならないのですが今回は特別にここでサインしていただきますよ」
「いいの?」
「ミア様の存在をできる限り隠しておくのがこの取り引きの条件でもありますからね」
「平穏に暮らしたいのでしょう? 子供が“くるり”の権利を持っているなんて知られたら、売ってくれと押し掛けられるに決まっています」
わ、そんなのヤダヤダ!
ミアは村でパパとママとのんびり暮らすんだもん!
差し出された2枚の書類に丁寧にサインをしたら、紙がぼんやりと光った。
「光ったぁ」
「魔法契約が完了したのです、これでもう大丈夫。ふふ、久しぶりに大店の威光をチラつかせたかいがありました」
メルチスさんはちょっぴり悪い顔をしてる。
「あと、これはミア様がよろしければなのですが……」
メルチスさんはピュイトと目を合わせてから、少し不安げに話し出した。
「よければ、私の妹になっておきませんか?」
「……えっ!?」
「その、ミア様はエルフの国に生き別れの両親に会いに行くと旅に出られたのでしょう? さすがに王家では話に無理がありますし、その点私の父ならば商売で旅をしていたということにもできますし、丁度いいと思うのです」
「……ミアのパパは村にいるパパだけだよ」
「もちろん、そうですとも。話だけでよいのです。そうしておけば後々便利になると思いますし」
「便利ってどういうこと?」
ピュイトもミアがメルチスさんの妹になればいいと思っているの?
不安な気持ちでピュイトを見上げれば、ピュイトは優しい目をしてた。
「これからミアには“くるり”のお金が入ってくるでしょう? その時、こんなにたくさんのお金はどこからきたのかと勘繰る者も出てくるでしょう」
「お金を持ってるの内緒にしておくっ!」
内緒にしておいたら大丈夫だよ!
そしたらピュイトは首を横に振って「無理です」と言った。
「ミアのことですから、カッツェやマリッサに喜んでもらおうとするでしょう? 村長やゲーテさんが困ったとしたら? きっとミアはお金で何とかできることはしようとするでしょう?」
「……うん……」
「ミアの実の親がエルフの国の商人ということにしておけば、今までの礼金をもらっただとか、養育費が送られたとかで誤魔化しがききます。幸い村にバイエル商会の名前を知っている者はいないでしょうから、本当かどうかなどわかりませんし、万が一バイエル商会に問い合わせたとして、話を合わせてもらった方がよいと思いますよ?」
やっぱりピュイトはすごい。
ミアはそんなこと考えつかなかった。
でも、思い出した。
交通事故で両親が亡くなったかえでちゃんは「今まで見たことない親戚が保険金がおりた途端に近づいてきて、マジうざくて超キモかった」って教えてくれた。
子供がたくさんお金を持ってると悪い大人が近づいてきちゃうんだ。
「……ん、なら、ミア、メルチスさんの妹になる。けど、メルチスさんの家族はそれでいいの?」
急にメルチスさんにこんな年の離れた妹ができてびっくりしちゃわないのかな?
「それは大丈夫です。父にも了解をとりましたし、母も賛成してくれていますし。家族は全員歓迎しています」
「本当?」
なら、いいんだけど。
「気楽に考えてくださっていいですよ、ほら、エルフの国に遊びに来たときに泊まる場所ができたと思えばいいのです」
メルチスさんは「今度は店ではなく自宅を案内しますね」とにこにこしてる。
遊びに来る場所……なら、いいのかも。
卒業したお兄さんやお姉さんや、里親に行った子供に所長さんは「いつでも遊びにおいで。ここは君達のもう一つの家だからね」って言ってた。
それと同じようなものなら、いいかな。
「じゃあ、これから妹としてお願いします」
ペコリと頭を下げた途端にピュイトの目がキリっと吊り上がる。
わ、しまった。
ついやっちゃった。
「えっと、えっと、じゃあメルチスさんはメルチスお兄さん?」
「えっ、そうですね、自分の子より小さな子供にお兄さんと呼ばれるのは恥ずかしい気がするので……“おじさん”ではどうです?」
メルチスさんは少し照れてる。
“おじさん”かぁ、でもそれより……
「メルチス“おじさま”でどうかな?」
みりあの時に読んだ物語の中で、主人公の女の子は自分に親切にしてくれる男の人を“おじさま”って呼んでた。
「……“おじさま”、うん、いいですね、いい……」
何度も「……いい」と呟くメルチスさん。
よかった! メルチスさんも気に入ったみたい!
「メルチスおじさま、これからよろしくお願いします!」
はしゃぐミアを、ピュイトは何でか呆れた目で見てた。
世界中のお兄ちゃんはみんなミアにめろめろだよ♡
嘘です。
ミアちゃんはこんなこと言いません。




