王妃のサロン
「あら、レナイ男爵夫人お久しぶりですこと」
「まぁ、お久しぶりですわ。ムゥメ伯爵夫人」
普段は静かな母上のサロンだが、今回は病が治った祝いにと大勢を招いている。
色とりどりのデイドレスに身を包んだご婦人達が部屋のあちこちで談笑をしている。一人二人では小さな声も大勢集まればざわざわと周りの声に掻き消されて聞こえにくくなる。
おしゃべりに夢中なご婦人達の側でさりげなく聞き耳を立てるのが今回の私の役目らしい。
ミアはオリジン様のところで魔力を注ぐ仕事の日だから、こられなかったが「よーく聞いてきてねっ」と鼻息を荒くしていたな。
ミアは黙っていればかなり可愛いのに、話し出すと何というか少し残念な時がある。
この間も自分で出した鏡に映った自分の姿にびっくりしていたしな。
年頃になれば自分の容姿を意識して振る舞えるようになるであろうか?
何でもこの“プレゼント大作戦”とやらには鏡をばら蒔くだけでなく仕上げがあるらしい。
それにはタイミングが重要だと言っていた。
「本日はとても華やかな会でございますのね。王妃様のあの例のご病気が回復なされて、今回は特別に普段はサロンへ招かれない私達もご招待されたのでしょう?」
男爵夫人は早速、自分より身分の高いムゥメ伯爵夫人から情報を得ようと話題をふったな。
「そのようですわ。ご回復なされて本当によかったですこと。もうあの方の王妃面には飽き飽きしていましたものね。ところで、男爵家には王妃様からの褒賞はもう届きまして?」
「ええ!我が家は男爵家ですから、随分待つことになると思っていたのですけれど思いの外早く届きましたの!」
「王妃様は細やかなお心配りをなさるお方ですもの。素晴らしい鏡が届いたでしょう?」
「それはもう!見たことのない素晴らしさでしたわ」
「ご存知?近衛隊長のシェファフルト様などはリデルヴィオン様を盗賊からお守りした褒美として個人的に姿見をあたえられたとか」
話のネタになるからと、大叔母様がシェファフルトに鏡を贈るようにと母上に進言していらしたな。
「まぁ、何てうらやましい!我が家にはちょうど顔が映るぐらいでしたわ。化粧をする時に娘と取り合いになりますのよ」
「我が家には肩まで映るぐらいの大きさでしたわ。近年の手柄だけではなく身分も考慮されて王妃様は贈られているのですわ。私先日、侯爵家のお茶会に招かれまして、賜った鏡を見せていただいたのですけれども、目の前に立って腰まで映る大きさで、侯爵家が誂えた枠も大層立派でため息がでましたわ」
頬に手を当て目を閉じて、うっとりする様を見せるムゥメ伯爵夫人。
「まぁ!私も拝見したかったですわぁ!侯爵家でその大きさということはその上の公爵家ともなれば……」
「きっと姿見と言えるほどの大きさではございませんこと?」
「ですわよねぇ、私も見てみたいものですわ」
「あら、それならば、ホラ、例のあの方にお頼みになればよろしいのではなくて?」
にんまりと目を細めてムゥメ伯爵夫人はレナイ男爵夫人へと耳打ちをする。
「ふふ、ご自慢されるのがお好きな方がいらっしゃるではありませんか!公爵家にならば真っ先に大きな物が届いているはずですし、自慢をされるのはいつもの事ですから見せてもらえばいいのではなくて?」
「ま!そう言われればそうですわ……いつもなら辟易としてしまうところですけれど、こういう時は自慢していただいて見せていただきましょう! お茶会に招待していただけるように頼んでみますわ。ね、ご一緒にお願いに行っていただけないかしら?」
「えぇ、もちろんよろしくてよ。では、公爵夫人がいらしたらまた」
ちらりとこちらへ視線を向けてから、ムゥメ伯爵夫人は次のおしゃべりの相手へと移っていった。
よし、こちらの思惑通りに話は進んでいる。
ムゥメ伯爵夫人は母上の古くからの友人だ。
ムゥメ伯爵夫人だけでなく、他にも二、三人母上の友人に“公爵夫人に鏡の御披露目の茶会を開催させ招待させる”ように話を向けるように頼んであるのだ。
皆、一度や二度では足りぬ数の嫌な思いを伯母上にさせられていて、今回の協力もすすんで引き受けてくれたらしい。
ご婦人達のおしゃべりにさんざめくサロンが一瞬、本当に瞬き一つ分静けさに包まれる。
その原因を作った本人が一歩踏み出そうとする前に、喧騒は戻り「あら!ウォルデゥン公爵夫人がいらっしゃいましたわ!」と誰かが声をあげ、あっという間に大勢の人に取り囲まれていった。
皆、挨拶もそこそこに「御披露目のお茶会が開かれるのはいつですの?」「鏡はとっくに届いているのでしょう?」「素晴らしい大きさの物だと伺っておりますわ」「是非ご招待を」「特注の枠をお作らせになっていらっしゃるの?」など口々に質問を浴びせている。
「お母様、鏡って何のことですの?」
娘のヴィヴィアンヌが母親に怪訝そうに聞いている。
一目で母娘とわかるそっくり具合だ。
赤みがかった金髪に、濁った緑の瞳。
昼間のサロンだというのに、母子揃って派手なドレスだ。ヴィヴィアンヌは肩を出しオレンジと赤のグラデーションに金色のレースをふんだんにつけたドレスだし、母親の方も黒に近い紫に金色のレースを娘とお揃いにしている背中が丸見えなドレスだ。
舞踏会の会場ではないのだぞ、ここは。
目立ちたがりにも程がある……。
「オホホホ…… 鏡? えぇ、もちろん我が家の物はとびきり素晴らしいですわよ? オホホホホ、皆様ったら焦りすぎですわ、公爵家ともなれば、色々とね、色々と準備が大変ですのよ?オホホホホ……」
黒孔雀の羽扇を広げて高笑いをしているが、内心は焦っているだろうな。
「……ねぇ、お母様はご存知なの? うちに鏡が届いてますの? ねぇっお母様たら! ワタクシはまだ見せてもらってませんわッ」
ヴィヴィアンヌが母親のドレスの袖を引っ張り揺さぶっている。
「あなたは黙っていなさいッ!」
一際甲高い声を放ち、腕を振ってそれを外すと伯母上はキッと娘を睨み付けた。
「オホホホホホ、皆様、どうやら娘の具合がよくないようなので本日は失礼しますわ」
「え? お母様、ワタクシどこも悪くないですわッ! それにリデル様にもまだご挨拶してませんのよ!?」
ヴィヴィアンヌも母親に負けじと甲高い声を張り上げる。
「……黙りなさいと言ったはずよ?」
先ほどと違い、地を這うような低い声と凍てつくような眼差しで今度こそ娘を黙らせた伯母上は扇をパチンと手のひらで乱暴に閉じると「では皆様ごきげんよう」と足早に去っていった。
いつもの挨拶とは名ばかりの嫌みを母上へすることもなく帰ったのを見て、ムゥメ夫人達はスッキリとした顔をしている。
「後はお任せしましたことよ? 王妃陛下、リデルヴィオン殿下」
「ええ、期待していてちょうだい」
いつの間にか側まで来ていた母上が私の肩に手を添えて微笑んだ。
母上はミアの計画を全部ご存知なのだろうか?
「あなたには特等席で見せてあげますよ、リデルヴィオン」
いつもと同じようで、どこか違う母上の笑顔。
お仕置きの内容は想像もつかないが、王子の私の足を痺れさせたぐらいだ。
きっと今回もしっかりお仕置きするに違いない。
すみません遅くなりましたm(_ _)m




