エルフの国のわたし#15 〈リデルヴィオン〉
「リデルヴィオン、先ほどのあなたのあれは何なのです!」
「大叔母様……」
部屋へ退がり、しばらくすると予想通り大叔母様が現れた。
大叔母様は父の父、私のお祖父様の妹にあたられるお方だ。
「一体どのようなつもりであのような事を言ったのです?」
カツカツと靴音をさせて足早に私の前に立つ大叔母様からは静かな怒気が立ち上っている。
「私はただ、ミアがかわいそうでっ」
「だから、もう世界樹に魔力を注がなくてもよいと?そのような事を言ってしまってどうなるかわかっているのですか!?」
大叔母様の言葉に唇を噛み締める。
言い返す言葉は出てこない、だが、それでも抗議の意味で視線をそらしたりなどはしない。
我らの問題なのだ。
それを、まだあんな小さなミア一人にだけ背負わせている。
真っ赤な顔で絶え間なく続く熱く荒い息の中、父と母を呼んでいた……
自分がなぜこんな風になってしまったかもわからぬまま、うわ言で何度も何度も。
医師達は言っていた、かように小さな子供であのように高い熱は危険だと。
命の危険さえありうると……!
そしてこの先も魔力を限界まで使い続ければ、それは何度でも起こると言うのだ!
睨み付けるような私の視線を受け止め、大叔母様は瞳から険しさを消し、大きく息を吐いた。
「リデルヴィオン、そなたは何者です?」
「……私は、“リデルヴィオン・オルジ・クローロン”神聖エルフ王国の第一王子、王位継承権第二位の者」
「私は以前にもあなたに伝えましたね?人には身分や地位によって立場があると」
「……はい」
「そなたがすべきことはこの国を救うこと、違いますか?」
「……違いません」
大叔母様の仰っている事は正しい……だが、それではミアがあまりにもツラいではないか……
「あの子は……“ミアちゃん”は、病気の母を助ける娘として、そして“ミリアンジェ・ネオ・オリジン”として誰に教えられずとも役目を……世界の魔素を安定させようとしています。……あなたも自分のすべきことをなさい」
わかっている……!
わかってはいるが、それでよいのかと迷う自分がいる。
「はい」と即答できない私がいる。
「今回のこれはとても誉められたことではありません。ですが、私はあなたの成長が感じられてうれしく思いましたよ?」
意外な言葉に思わず目を見開けば、目元をゆるませた大叔母様と目が合った。
「以前のあなたは自分の立場からしか物事を考えられなかった。しかし、上に立つ者はあまねくそれぞれの立場の者の事を考えねばなりません。例えそれが多数の声に掻き消されるような少数の声であっても、それがあるという事を忘れてはならないのです」
「はい……」
「あなたは“リデルヴィオン”ではなく“リデル”として、ミアちゃんの立場に寄り添った。それはあなたがとる行動の正解ではないけれど、必要な事でした」
「はい……!」
「我らは我らにできることを精一杯するのです。あの子に世界樹に魔力を注ぐこと以外の気がかりを作ってはなりません。衣食住完璧なサポートを。それが我らにできること」
「ですが、また熱が出てしまったらどうすればよいのです!?」
「もちろんまた熱は出るでしょう」
「そんなっ!」
「しかし、オリジン様は私と約束してくださいました」
そういえば大叔母様はあのバタバタとした時にオリジン様と何か話しておられたな。
「ほほほ、尊き彼の方は神とも我らエルフとも違う存在なのでしょうね。幼子が熱を出す、ということを理解できずにいらっしゃるようでしたので不遜にも私がミアちゃんの管理を一任させていただきましたわ」
確かにミアを連れてきたオリジン様は「何故、このような状態になったのだ」と狼狽えるばかりであったが……
「女神様の手により造られし尊き使命をお持ちの聖域の主にして、我ら王家の祖。天上に最も近しいそのような存在な方に、子供のお世話などとても、とてもさせられません。リデルヴィオンもそう思うでしょう?」
そう言ってにっこりと微笑んでくださるが、私にはわかる、わかるぞ。
これは怒っていらっしゃる。
大叔母様といえど、オリジン様へ直接怒りをぶつける訳にはいかなかったであろうしな。
……いや、大叔母様ならやりかねない、か……?
大叔母様は女王として即位を望まれたこともあるお方だ。
最も本人にその気はなく、周りの輩があれこれと画策しただけだと聞いてはいるが。
無用な争いを避けるため王位継承権を放棄し、当時の神子を引退させ、自分がその座に収まるという荒業を僅か半日でやってのけたという……。
有能であるがゆえに、ミアがあのようになるまで何もできなかったのがくやしいのであろうな。
オリジン様のことを口にしていた大叔母様は、私や父に意見するときと同じ瞳をしていたな……
あの薄青の瞳がすっと細められ見つめられると、父上でさえも思わず背筋を伸ばしてしまうと仰っていた……
「これからは世界樹に魔力を注ぐのは連続2日までにしてもらいます。そして1日の休み。それならば熱を出す間隔もあけられ、しかも今回のように高い熱は出さずにすむでしょう」
「本当ですか!」
それならばミアの負担が大きく減らせる!
「そういう訳ですから、明後日には城へ移動しますから準備をなさい」
「え、明後日ですか!?」
「ほほほ、『リデルのおうち楽しみ』と言っていましたよ」
「おうち……」
ネオ・オリジンという立場であれば城で過ごしていただくのがしごく当然ではあるのだが、ミアはどうにも自分が重要な立場であるということがわかっていない。
まだあの辺境の山間の小さな村から出てきたばかりの物知らずな子供だ。
普通なら平民が城へ招かれたなら有頂天になるほどのことなのだが……
……だがミアが言う楽しみはそういうことではないのであろうな……
「ほほほ、ケーキを食べさせてもらうのだと大層期待をしておいででしたわ」
……やはり、そっちか!!!
すみません、またストックがなくなってしまったのでしばらくお休みをいただきます……
遅筆に加えて、家人がインフルエンザになったり、心配事のタネから芽がでてにょきにょき生長しちゃったりで、なかなか進められず……申し訳ないです。
なるべく早く更新再開できるように頑張ります……。
ブクマしてくださっている方も、今回初めましての方も読んでいただきましてありがとうございます!




