パパとママとわたし#5
「林檎もらえたの?よかったわねぇ」洗濯物をロープに干しながら、ママがにこにこしてこっちを見ていた。
最初は偶然だった。
いつもはパパがもいできてくれてたんだけど、「みあも!」ってお願いしたらおんぶしてくれた。手を伸ばして林檎を掴もうとするんだけど、なかなか上手くいかない。焦れて「とりぇない」って半べそをかいたら、林檎が一つ落ちてきた。突然で受け止めきれなかった林檎はパパの頭にコツンと当たってそのままコロンと地面に落ちた。
偶然だと思ったから、二人で大笑いした。笑いすぎて苦しくなったパパはミアを下ろして、落ちてしまった林檎を拾った。「らめー!みあひろう!」ってぷんすこしたら、生っていた林檎が一斉に地面に落ちてきた。ミアは目が真ん丸になっていたと思う。パパは逆に目が点になっていた。
パパに木箱を持ってきてもらって二人で拾った林檎を入れた。山盛りになった。林檎の樹に抱きついて「ありあと。ぱぁぱ、まぁま、みあ、みっちゅでいーよ」って言ったら次からは3つ落としてくれるようになったよ。
不思議だけど次の日の朝には、また同じくらい実が生っていた。
お仕事へ行くパパが驚いて二度見どころか三度見くらいしていたけど、「さすが女神様の愛し子の樹だ!」とパパはうんうんと頷いていた。
ママも最初はビックリしてたけど、「ミアは“女神様の愛し子”だものねぇ」と動じなくなった。夫婦揃ってスルースキルが高くなったようだ。
洗濯物はもう少しで干し終わりそう。せっせと手を動かすママの横を白と薄紫の蝶がひらひらと飛んでいく。
「ちょちょ!」
一人で走っても楽しいけど、相手がいるともっと楽しい!わたしは急いで後を追いかける。ちょうちょは高くなったり低くなったり急に方向を変えたり、ミアのことをほんろうする。しばらく追いかけっこをしていたら、ちょうちょは畑に水を撒くために置かれている水桶の縁に止まった。そーっと近付く。ちょうちょは羽を広げたり畳んだり、まだそこにいる。後少しで手が届くところまで来たのに、ちょうちょはひらりと飛んで行ってしまった。
「あー」
残念、もう少しで触れた。そしたらミアの勝ち!だったのに。ちょうちょはもう遠くへ行ってしまった。水桶は青空を映し込んでいる。
今ならお顔が映るかも。ミアのお顔どんなかな?
揺らさないようにそぉっと覗き込む。
そこにはいかにも幼児なふっくらとした頬、短いけれど陽に透けてキラキラと輝く金髪、瑞々しいさくらんぼのようなぷくりとした唇に、小さくすっと通った鼻筋。それに大きくぱっちりとした吸い込まれそうな青?緑?の瞳の幼女がいた。驚いたからなのか長い耳がピンと立っている。
かわいい!
かわいい!!
か・わ・い・いーーーーーーー!!!
どうしよう。
え、なんでこんなにかわいいの?
わたし最強かわいい伝説の始まり?
世界中のかわいいをかき集めて余分な物をフリーズドライ製法で抜き去った上に圧縮してとどめに愛らしさをこれでもかとトッピングしたら出来上がるレベルだよ!?
控えめに言っても天使じゃない!?
エルフのとんがり耳も神秘性と愛玩動物的なかわいらしさの対極の魅力を醸し出している。
うん、わたし、驚きすぎて混乱しているね?
あ、でも、待て待て、もしかしたらこの世界の幼児はみんなこんなにかわいいのかもしれない。自惚れるのはまだ早いよね。うん。サングラスの似合うタトゥーを入れたムキムキマッチョな外国人のおじさんの、赤ちゃん→大人のビフォーアフターをテレビで見たことあるけど、赤ちゃんの時はそれこそ天使みたいだったもん!
水桶にかじりついてあんまり動かないものだから、ママが笑いながらこっちへやってきた。
「映ってるのはミアなのよ?」
自分も水鏡に映りながら、ミアのほっぺをつつく。
「お水の中のミアもほっぺつんつんされてるでしょう?ママもお水の中にいるわ」
どうやら映った人物の認識に時間がかかってると思われている。自分のかわいさにビックリしていた、なんて言える訳もないけど。
「そうだわ、もっといいもの見せてあげる。一度おうちの中に入りましょう?」
ママは小物入れから手鏡を取り出した。みりあがよく見ていたガラス製のじゃない、銀色の金属をピカピカに磨いてあるやつだ。
「これならもーっとよく見えるのよ?」
大人の手のひらほどの楕円形のそれを持たせてくれる。
水鏡では分かり辛かった色彩が明瞭になった。
陽の光に透けていた金髪は、落ち着いた色をしている。シャンパンゴールドって言ったらいいのかな。
そして肌は磨りガラスのような透明感。日本人みたいに黄色っぽさが全然ない、ミルク色。毛穴も黒子も見当たらない。そこへ幼児らしくほんのりほっぺへ赤みが差している。
そして、なんといっても瞳、だ。
吸い込まれそうな輝き。
ミアの大きな恐ろしくバランスのとれた瞳は青と緑が複雑に絡み合う螢ガラスの色をしていた。
施設を卒業したあずさお姉さんがみりあの思い出のある物の少なさを憂いて、誕生日プレゼントをしてくれることになった。大きなショッピングモールの天然石やアクセサリーを売っているお店。その中でみりあが一番気に入ったのは蛍ガラスのペンダントだった。普段自分で選んで買い物をすることのないみりあは自分で選ぶこと自体がとても楽しくて嬉しかったことを覚えている。
蛍ガラスのペンダントはそれ自体が発光しているかのように輝いて、濃く明るい青や水色や緑がキラキラしてとてもキレイだった。ペンダントはその時からみりあの大切な思い出と宝物になった。
鏡を見つめているミアの瞳も発光しているかのように輝いている。
セラスティア様、みりあのペンダントを知ってたのかな?
お人形のようにびっしりと生えた睫毛もシャンパンゴールドなので目元は暗くならないみたい。
「めんめ、なにいりょ?」
この世界ではこれは何色っていうのか気になってママに聞いてみる。
「ミアのめんめは珍しい色だから、何色っていうのかしら?お空の色とも違うし、ママは見たことないけど海はきれいな青や緑だって聞くからそれかしら?ミアはかわいいから大きくなったらモテモテね」
鏡を片付けながら、ふふふってママは笑う。
……親の欲目なのかな?それとも本当にかわいいのかな?
わかんないけどパパとママにかわいいって思ってもらえるならどっちでもいっか!