エルフの国のわたし#1
くしゃみして目を開けたら知らない場所だった。
キラキラのラメが入ってるみたいな白い岩、それに薄い青や透明や淡い色の宝石みたいなのがたくさんその岩や地面から生えている。
ミアのふくらはぎぐらいまで雪が積もっていて、その雪もうっすらと青白い。
足元には馬車に置いてあったはずの林檎の樹さん。
そして目の前にはタワーマンションを思わせる、高く聳える大きな大きな樹。
なんでミアこんなところに来ちゃったの!?
橋を渡った後は皆で砦に泊まって、もうすぐ夜明けという早い時間に出発した。しばらく走って森を抜けると目の前が開けて広い場所へと出た。
そこは一面の黄金色。
豊かに実った麦畑が海の様に広がっている。
風で揺られる麦の穂が波みたいにキラキラと黄金色を煌めかせる。
ずっとずっと先まで終わりが見えない麦畑。
すごい、日本ではこんなに広くて平らなところみたことがない。
馬車から下ろしてもらってその場でくるくると回って360度どこを見ても麦畑を実感する。
「美しいであろう?」
なんでかリデルがとっても得意気。
「大陸の食糧庫、と呼ばれる所以です。ここだけでなく国中でこのように果実や穀物が栽培されています」
アトラスさんが麦の穂をさわりと撫でる。
「エルフは植物魔法が得意だからな、効率よく、そして美味しい麦ができるのだ」
広い広い麦畑を目を細めて眺めるリデル。
自分の国が大好きって思ってる顔してる。
「麦が美味しいなら、ケーキも美味しいね!」って笑って、ふと遠くに見えるお山が気になった。
日本でいうアルプスっていうの?
いくつかの高いお山が繋がってて、真っ白なの。
「雪が積もってるの?」
指をさして聞いてみたら雪だけじゃなくて、そのお山自体が白い岩でできているんだって!
その中でも一番高い山をシェファフルトさんは指差して「あの山にはエルフにとって非常に重要な樹がございましてな」と教えてくれる。
ピュイトも「創世神話にも出てくるのですよ」と続けた。
そんな昔からある、エルフにとって大事な樹……どんなのかな?
見えるはずはないけど、じっとその山を見詰めてその樹を想像した。
半袖のワンピースから出ている腕に冷やりとした空気が触れた。
「へっくしゅっ」
そして今ココ。
なんでくしゃみしたら雪山なの!?
ここってさっき教えてもらったばっかりのお山だよね!?
……確か雪国に行くのはトンネルを抜けるんだよ?
施設のお兄さんが受験勉強してるとき、そう言ってたもん。
もう一回くしゃみしたらみんなのところへ戻れるかな?
そういえば夏用のワンピースなのにあんまり寒くない。積もった雪に触れている足も少しひんやりするぐらい。不思議だけど風邪引かないのはよかった。
とりあえず、やってみよう。
「は、はっくしょーん」
「へくしっ」
「くしゅん!」
戻れない……。
やっぱりマネじゃダメなのかな。
どうしよう、ミア一人でお山から下りられるかな……。
後ろを振り返っても道らしいものは見当たらない。
あるのは白い岩とピカピカの宝石と雪。
ご飯もお水も持ってない……。
どうしよう、どうしよう……。
知らない場所に1人は怖い……足の力が抜けてガクガクし始める。心臓のドキドキが速くなる。
不安がどんどん押し寄せてきて涙がぽろぽろこぼれ始める。
「パパぁ、ママぁ、ミアどうしたらいいのかわかんないよぉ」
みんなだって急にミアがいなくなったら、びっくりしてると思う。
またピュイトに心配かけちゃう。
みんなのところへ戻りたい……
なんでこんなところへ来ちゃったの……?
こぼれる涙を手のひらで拭っていたら「すまぬ、泣くまで放置するつもりではなかったのだ」と声がした。
「そなたの連れに一言断りを入れておったのだが、皆、私の神気に震え上がってしまってな、落ち着くまでしばらく待ってやらねばならなかった」
大樹の前に立ち、ゆるやかに話す男の人。
いつの間に!?
南の島の海水色、透明なエメラルドグリーンの長い髪は無造作に地面すれすれまで伸びていて、少し細面な顔はとびきり美しい。すっとした鼻、少し切れ長で髪と同じ色の瞳、薄くて少し冷たい感じのする唇。
そして長い耳。
白い引きずるような服を着て、こちらへと一歩近付いてくる。
ごめんですんだら警察はいらないんだからっ!!!
「こっちこないでっ誘拐犯!!」
後ずさったらずるっと滑ってしりもちをついた。
手近にある雪をぎゅっと握って、手当たり次第に投げつける。
「こないで!ミアをみんなのところへ戻して!!」
雪玉はすねのあたりにぶつかってぱさりと砕けて落ちる。
男の人はおろおろとしてる。
「急にこちらへ呼んだのは悪かったと思っている。そなたがようやくエルフの国へ入って召喚できるようになったものでな、つい気がはやってしまったのだ」
何それ、ミアそんなこと知らないもん。
怒った顔のミアを見て、男の人はますます困った顔になった。
「娘の顔を一刻も早く見たかったのだよ……」
娘……?
ここに来たのはミアだけじゃないの?
他にも誰か連れてこられてる?
きょろきょろと辺りを見回すけど、ミアの他には誰もいない。
「そなたの事だ」
えっ!?
驚いて固まったままのミアの前に膝をついて、その人はこう言った。
「ネオ・オリジンとして作られたそなたは、オリジンである私の娘なのであろう?」
頭が真っ白になって、頬を撫でられている手を払いのけることもできなくなってしまった。
私にはサブタイトルをつける才能が皆無です……




