エルフとわたし#43
「セクルス・ドムス」
ボスがこちらへ吠える前にシェファフルトさんが何かを呟いていたのが聞こえた。
いつの間にかシェファフルトさんの周りのミアとピュイト、リデルとアトラスさんをすっぽりと包みこんでいるのはドームの様な形の薄い緑色の付いた膜。
「防御壁を張りましたのでどのような武器も魔法攻撃も通しません。この中に入れば安全ですからな」
折れた矢を眺めてシェファフルトさんは何でもないことのように言った。
「シェファフルトは王国一の防御魔法の使い手だ」
「さすが近衛隊の隊長でございます」
リデルもアトラスさんも防御壁の事がわかっていたのか矢が飛んできても全然慌てていない。
周りを見ると他の隊員さん達も各々自分の前に盾の様な形の膜を出している。
「我々に盗賊ごときの攻撃など通用せぬわ」
ニヤリと笑ったシェファフルトさん、カッコいい!
「さて、では今度はこちらから」
グリフェルダさんが一歩前へと踏み出した。
体の横へと広げた両手からはボゥッ、ボウッと交互に火柱が上がっている。
「焼き加減を選ばせてやろうか?レアか?ミディアムか?ウェルダンか?まぁ、盗賊焼きは消し炭になるまでじっくりしか受け付けないがな!」
また一歩前に出たグリフェルダさんに、盗賊はじりっと後退りをする。
あ、あれ?
なんかいつものふわっとかわいいグリフェルダさんじゃない……?
盗賊、丸焼き……?
「防御特化の私に対してグリフェルダは攻撃特化。なぁに、心配はいりませんぞ、敵を殲滅すればいつものあやつに戻ります」
シェファフルトさんは驚いていない。
いつものことなんだ……。
ミア達が全然慌てないから盗賊のボスが焦りだした。
「いいからさっさと金目の物を出せってんだ!こいつがどうなってもいいのか!?」
ボスは一ヶ所に纏めて座らせていた旅人の一人を立たせて剣を突きつけた。
まだ少年と呼べるような年頃の男の子だ。
「ひィっ」
「息子を離せ!」
父親らしき人がボスに掴みかかろうとしたけど、盗賊の仲間に蹴られて地面へと倒れこんだ。
どうしよう!
刑事ドラマとかでは人質を取ってるこんなシーンを見たことあるけど、目の前で本当に起こるとどうしたらいいかわからないよ!!
「ほら、さっさとしねぇか!!」
ボスが勝ち誇ったように笑ってる。
けど、シェファフルトさんは動かない。
「……好きにすればよいが?」
「はぁ!?」
「その者はエルフではないし、我々とは何の関係も無い者だ。よって、我々はその者がどうなろうと構わぬ」
え!?
隊員さん達で盗賊をやっつけるんじゃないの!?
あの人は見殺しにするってこと!?
「ほ、本当にコイツがどうなってもいいんだな!?」
ボスは刃先を少年の頬に当ててスッと引いた。
血が一筋流れて顎からポタリと垂れた。
「た、助けてくれっ!死にたくないっ!オレまだ死にたくねぇよぉっっ!!」
少年は恐怖が我慢できなくなって泣きじゃくっている。
父親も盗賊に押さえつけられながら涙を流して悔しがっている。
シェファフルトさんは「だから何?」とでも言いたげな瞳でただ黙って見ている。
ミアの手を握っていたピュイトの手が震えて、握る力が痛いくらいになって、そして離された。
「ピュイト?」
「いけません、もう見ていられません……」
ミアの手を離したピュイトは一歩前へ出た。
あんまり前へ行くとシェファフルトさんの防御壁から出ちゃうよっ。
「その少年を離しなさい。代わりに私が人質になります」
えぇ!?ピュイト何言ってるの!?
「い、行っちゃダメだよ!」
離された手を慌てて掴む。
引き留めたミアに「あなたとの約束をやぶってしまいますが、その前に私は聖職者です。傷つけられる人を見過ごす訳にはいきません」とピュイトはミアの手をやさしく剥がした。
「我らの任務は愛し子様を無事に国に送り届けることのみ。この意味がわかりますかな?」
「ええ、わかっていますよ。私があちらへと渡ったら攻撃するなりこの場から去るなりお好きになさればいいでしょう」
ピュイト、行っちゃヤダ!!
泣きそうなミアに「心配はいりません。最悪でも女神様の御許へゆくだけですから」とピュイトは微笑んだ。
それ絶対ダメなやつ!!!
「お前がコイツの代わりに人質になるってか!?こいつぁいいやっ!」
ボスは少年を乱暴に地面へと放り出すと、代わりに近付いたピュイトの襟首を掴んでぐいっと引き寄せた。
「へえぇ、近くで見るとまたえれぇいい面してんな。あんなガキじゃどうしようもねぇが、お前ならいい金になりそうだ」
綺麗なピュイトの顔に、ボスの顔が近づけられる。
やめて!そんなバッチイ顔をピュイトに近づけないで!!
「あ?そういやお前はエルフなのか?」
ボスがピュイトのサラサラの銀髪を鷲掴みにして耳を剥き出しにすると仲間の一人がグイグイと無遠慮に引っ張った。
「止めて下さいっ」
「なんだ、お前はエルフじゃねぇのかよ。ま、魔法を使われねぇならその方がこっちは好都合か」
ボスは仲間と一緒にゲラゲラと笑った。
ピュイトは顔を赤くして悔しそうにうつむいた。
…………ピュイトのお耳はそんな汚い手で触っていいお耳じゃない。
家族とピュイト自身は諦めているかもしれないけど、この先にできる大事な人だけが触っていい、大切な大切なお耳なんだから。
それに、ミアだって触ったことないのに!!!
あいつら、許さない。
「みりあ、やっちまいな」
ゆかりお姉さんの声が聞こえた気がした。




