エルフとわたし#38
カシャカシャと揺する度に豆と缶が音を立てる。
「しまっておいてくれ」
差し出された缶を両手で受け取り、しまっておく場所をしばし悩みましたが、きっとリデル様は夕食の後にでもまたやり始めるでしょうから書き物机に置いておけばよいですね。
市場でミア様が白黒豆に興味を示された時は単に「村にない」豆が珍しかったのだろうと思いましたが、まさかゲームのコマにするとは思い付きませんでした。
片面が白、もう片面が黒。
まさに“クルリ”にピッタリです。
ミア様は「村にはない」と仰っていましたが、ではあの神父様とこのゲームを考えた時は何をお使いになっていたのか不思議ですね。
……これは口にしない方が懸命でしょうね。
あまり詮索をすると販売を止めると言われかねませんし。
できれば“クルリ”に“愛し子様ご愛用品”などの宣伝文句をつけたかったところですが、他ならぬミア様のご要望であれば飲まない訳にはいかないでしょう。
エルフ国にいればそのような事はないでしょうが、ミア様があの長閑な村へ帰った後、只の村人の娘が大金を持っているなどと知られたら、自称親類縁者が山のように押し掛けるのが目に見えますからね。
“愛し子様ご愛用品”の宣伝が使えなくても、このゲームはバカ売れするでしょうから瑣末なことは放っておきましょう。
書き物机に置いた缶を眺めていたら「“クルリ”の売り上げでも考えているのか?」とリデル様が椅子に座りながら、からかうような口調で問われた。
「あぁ、二人きりだ、楽にしていいぞ」
もう一つの椅子を目で示されたので「では遠慮なく」と腰をかける。
「で、どうなのだ?アトラスが即決したのだから、売れるのは間違いないとして“クルリ”はどれほど売れるのだ?」
王妃陛下と私の母が友人ということで、他人の目がないところではリデル様は気安い態度を許して下さる。
国で1、2を争う商会を育てた祖父が長兄へ商売の何たるかを、各地の工房や生産地を把握する父は取引先へ次兄の顔を継ぎ、そして、貴族出身の母は私を連れて目利きと貴族へのコネを。
それぞれ得意分野は異なれど商会の為になるように幼い頃からみっちりと仕込まれている。
そのことをご存知のリデル様は“クルリ”が必ず売れると確信していらっしゃるようだ。
「そうですねぇ……まだいくらで売るのか決定してないので金額的なことは何とも言えないですが、2年で国内、5年で大陸中に広まると思いますよ?」
「そんなにか!?」
リデル様ははぁっとため息をついた。
「ミアのあの様子だと入ってくるのは大銀貨が何枚か、とか考えていそうだぞ?」
「神父様が意図的に説明していないのならそのままにしておいてよいのでは?」
「ミアは物欲が無さすぎないか?私の知ってる貴族の令嬢は、やれ茶会へ招け、誕生日には花束やらドレスやらをプレゼントして欲しいだの、あげくに私の瞳の色の宝石を贈って欲しいとか要求しかしてこないぞ?それとも平民とはあのようなものか?」
「どうでしょうね?人それぞれだと思いますが、ミア様は少なめだとは思いますね。これまでに自分から欲した物は両親に手紙を書くためのレターセットとインクとペンのみと聞いてます。蜂蜜屋へ寄った時もご自分からは買って欲しいと仰らなかったとか。しかも、選ばれたのはお1つのみでしたのでシェファフルト様が珍しく気を利かせてああして缶に詰めさせたとか」
確かミア様は村長の孫娘としてお育ちのはずだが、それにしては質素なお暮らしだったようです。
ちらりとしか見てはいませんが、あの村自体はそれほど貧しいようには見受けられませんでしたが……。
「アトラス、売り出す前に“クルリ”を2、3、先に都合して欲しい」
「かまいませんよ?」
“愛し子様”は使えなくても“王子御愛用品”の看板はつけられそうです。
「私はこれで真剣勝負がしたい」
リデル様は私の目を一瞬鋭く見詰め、すぐに視線を外された。
「わかってはいたのだ。皆、私に手加減をして勝たせているというのは……。わかってはいたが、だが私は負けるのが怖くて『手加減をやめよ』とは言えなかった……」
リデル様のご友人として遊び相手に選ばれるのはもちろん貴族だ。
上手に遊び相手になれるように2つ、3つ年上の子供達。
将来の引き立てや家門の名誉など、いろんな思惑を言い含められ、何事もリデル様を立てるように振る舞うように親やお付きの者からしっかりと言い聞かされている。
かけっこをすればリデル様が一番。
カードゲームもリデル様が一番。
少し長じてからの剣術の稽古も、勉学の進み具合も。
何でも「さすがは王子!」と煽てられそれはそれでよい気持ちになったのでしょうが、それでは達成感は得られない。
「手加減しないでも私が勝てるのならば、あやつらももう手加減はしまい?」
フッと口の端を上げて笑われたリデル様に「左様ですね」と答える。
強がりで負けず嫌い。
さみしくてもかまって欲しいとは素直に言えない、弟みたいに思っていたリデル様が主になって随分経つ。
「自分で気がつくことが大事」と母にも王妃陛下にも言われていたので余計な口出しは敢えてしてこなかったけれど、ミア様は何の気負いもなく自然にリデル様のお心へ寄り添われた。
そしてそれを受け入れたリデル様の成長に少し目頭が熱くなるのを感じる。
最初は王家へのコネの強化の為に従者となった。
適当なところで職を辞すつもりだったのに、もうしばらく、もうしばらくとついお側を離れる時期を逃してしまっていた。
だけども、このような成長ぶりを見られてよかったと思う。
この方はこれから目を見張る成長をされるでしょう。
「あぁ、ようやくだな」
リデル様が窓の外へと目配せをする。
いつの間にか雨は止み、雲間からうっすらと光が射し込んでいた。
今回はアトラスさん視点でした。
花粉がピークで辛いです。
発症されてる方はお大事になさってください。
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