エルフとわたし#23
お昼になって馬車を停めて休憩するようだ。
外へ出て、うーんっと伸びをする。
クッションのあるおしりは大丈夫だけど、板張りの背中が痛い。
「あまり時間は取れませんが、しばらく体を伸ばしていてください。食事の準備ができましたら、またお呼びします」グリフェルダさんはそう言って隊員さん達に指示を出しに行ってしまった。ピュイトはお手洗い、アトラスさんはテーブルの準備のお手伝いだって。
馬車の前に残されたのはミアとあいつだけだ。
言うなら今しかない。
「あのっ、朝言ったこと、ごめんなさいっ。ミア“ごーまん”だった!パパとママがいない子はああやって言われるの嫌だって知ってたのに、あんなこと言っちゃってミア本当に反省してるっ。ごめんなさいっ」
やたら手触りのいいアイツの上着の裾を掴んでミアの方を見てもらう。
「は?急に何だ?縁起でもないことを言うな。私の父上と母上は健在でいらっしゃるぞ」
「え?」
あれ?お父さんとお母さんがいないから、ミアが言ったことが気に障ったんじゃないの?
「何か勘違いしてないか?」
「……でも、ミアの話が幸せ自慢に聞こえたから玉子を投げつけたんでしょう?」
「そ、それは……」
「寂しくて憎らしくなったからミアをあんな風に睨んだんじゃないの?」
お父さんやお母さんに手を繋いでもらえて、抱き締めてもらえて、お父さんと出かけた話、お母さんの手作りのお弁当。何もかもがうらやましくて妬ましく感じる時がみりあにもあった。
「寂しくなんて、ないっ。ただしばらく会えてないだけだっ」
「どれぐらい?」
「城にいる時も忙しくてなかなか会えなかったが、お前を迎えに来るこの旅で1ヶ月以上お会いしていない」
「ごめんね?でも、シェファフルトさんだけでもよかったのに」
「だからだっ私はいなくてもよいと、厄介払いをされたということだろう?それでむしゃくしゃしていただけだっ寂しい訳ではないっ!」
「そうなの?でも、いらない子なら捨てたり放っておく方が簡単だよ?」
「は?子供を捨てる?何言って……」
「あんたが知らないだけで、よくあるんだよ?」
強い眼差しを向けたら黙ってしまった。
こっちの世界じゃどうか知らないけど、本当、笑っちゃうぐらい向こうではよくある話なんだよ?
「ミアね、“かわいい子には旅をさせろ”っていう言葉知ってるよ」
「なんで、わざわざかわいい子供に旅などさせる?無駄ではないか」
「親の手元でかわいがってばかりいると、大人になるのに必要な経験ができないんだって。だからその子の為を想って辛くても旅に出すべき。そういう言葉」
「その子の為に……?」
「そっ」
「だ、だが私がそうとは限らぬではないかっ」
「そう?だって護衛は隊長のシェファフルトさんだし、アトラスさんも安全な旅だって言ってたし、それに旅の間、知らないこといっぱいあったんじゃないの?例えば野営の時は隊員さんがどんなごはんを食べているか、とかさ。そういうのってお城にいてわかるの?」
「経験を積ませる為に……?」
「ミアはそう思う。ピュイトから国名いっぱい習ったけど、名前を知ってるのと、実際行ったことがあるのとじゃ全然違うでしょ?」
「確かに……だが……」
「信じられないなら、帰ったら聞けばいいじゃない。帰ってくるな。って言われてる訳じゃないでしょう?」
「もちろんでございますっっ!!」
突然の後ろからの大声に肩がビクッとはねた。
振り返るとアトラスさんが目に涙をいっぱいに溜めて立っていた。
「ミア様はなんと聡明なのでしょう。私がリデル様へお伝えしたいことを全部仰って頂きました。そうですよ、リデル様!厄介払いなどとんでもない心得違いでございますよっ!愛し子様をお迎えするという立派なお役目を、あ、与えられたのでず、ぎ、期待されこそすれ…すれ゛っ、びぇう゛ぇえ、ずずっ」
そこまで言うと涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったアトラスさんはしゃべれなくなってしまった。
涙が滝のよう。
あんたがどうにかしなさいよ。と念をこめてあいつを見たら、ちょっと顔が引き吊っていた。
「あ、アトラス、私が悪かった。悪かったから、もう泣くな」
「ぼんどう゛に、おばかりでずがあ゛ぁ」
「あぁ、ちゃんとわかった。だから泣くな」
いつの間にか、馬車の周りに人が集まってきていて、シェファフルトさんに「ミア様はよき言葉をご存知ですな」と誉められた。
えへへ、と照れていたら、ピュイトの鉱石の瞳がギラリとミアを見下ろしてた。
「それはどこの言葉でした?」
「は、はい、あのミアの村に伝わる古い言葉です?」
「そうでしたね?」
「はい……」
「なるほど、エルフにも古い歴史がありますが、普人の言い伝えにも良いものがあるものですな」
シェファフルトさんは腕を組んでふむふむと感じ入っているようだ。
「あはは……」
そのあとお昼ごはんでクリームチーズとハムを挟んだ美味しいサンドイッチが出されたけれど、ピュイトがずっと目を光らせていたから何だか食べた気がしなかった。
お昼からの馬車の中は、あいつはずっと泣きっぱなしのアトラスさんを慰めていて、ミアは創世神話の冒頭部分をずっと暗唱させられるはめになった。




