反撃
「あの鎧は――」
「くそっ。あの鎧は魔法道具だ! 魔法で起動させたんだろう」
魔法道具。
私たちが乗った牛車を思い出す。
「魔法道具を纏えば、ただの人間も兵器になる。あれは恐らく、威力を増幅させる鎧だ。傍に寄るのも危うい」
木が倒れたのを思い出して、急激に不安になる。
蒼威様は走りながら赤い杖を振る。
「ユジット!」
白い形代が、青空に向けて何枚も羽ばたいていく。
応援を呼んだ。
これで誰か来てくれる。
ホッとしたのもつかの間、ふと恐ろしいことに思い至る。
応援を呼んだということは、蒼威様は私たち二人が逃げ切れるとは思っていない?
どこかで逃げるのを阻まれると思っている?
蒼威様がもしそう考えているのなら、今私にできることは、応援が来るまで何とか捕まらないようにすること。
時間稼ぎをすること。
その時、耳をつんざくような炸裂音がいくつも起こった。
「澄!」
蒼威様は私を無理やり地面に伏せさせる。
私を抱えてかばってくれる。
傍の木や石に何か固いものが当たる音がして、身を強張らせる。
「織田の鉄砲隊もいるのか――!」
「鉄砲隊?」
「海外から伝わった武器だ。矢のような飛び道具だが、矢よりも破壊力がある。当たれば死ぬ」
風にのって、火薬のにおいがした。
死ぬ、という言葉に、体の底から震えてくる。
私たちは炸裂音がやむと、また駆け出した。
いつのまにか徐々に追っ手との距離が縮まってくる。
鉄砲を避け、時には魔法も避け、気づけば蒼威様も私も限界が近づいていた。
でもここで諦めたら、待っているのは地獄。
水早緒に捕まったら、また模写の日々が始まる。
蒼威様の隣で、心が弾むような毎日を送っていた私には、もう以前のような生活に戻るなんて考えられない。
護りたいなら、戦わないと。
蒼威様に護られてばかりでは駄目。
この場を乗り切るために、何かしないと。
落ち着いて、私。
よく見て。
そう思ったら、走っているのに景色がゆっくりと流れていく。
足元は傾斜になっていて、私たちは山の上にあるお堂に向かって登っている。
地面には落ち葉がたまっていて、時折私たちの足を取る。
道の幅は広くない一本道。
それなら――。
「蒼威様、詠唱してください」
「え?」
「解読します! 織田様たちに向かって詠唱して!」
蒼威様からいただいた守り袋から、ここに来て模写した魔導書の一片に左手をかざす。
浮かび上がる緑色の文字を目で追う。
蒼威様は戸惑いながらも、私が呟いた言葉を聞き取り、赤い杖を後方に向けて振る。
「――ウダリアス!」
その瞬間、轟音とともに大量の水が杖から放たれ、斜面を下って織田家の軍を呑み込んで一気に押し流していく。その姿はまるで龍が山を駆け降りるようだった。
気づけば私は、肩で息をしていた。
初めて使った明確な攻撃魔法に、腰が抜ける。
「これは……、すごい魔法だな。水を生み出す中級魔法なのに威力が増した。澄が作った模写か」
「……模写以上の何かがあったような気がします」
蒼威様は私を立たせて手を引いて導いてくれる。
「すべての魔法は、解読者と詠唱者の相性でその威力が決まると言っても過言ではない」
それはつまり、私と蒼威様の相性がよかったということなのかしら。
「でも考えていた以上のもので……、急に恐ろしく……」
「澄、ありがとう」
唐突にお礼を言われ、目を瞬く。
「この窮地を脱するために、俺のために解読してくれた。お前が背負わなくていい」
ぽんぽんと頭を撫でられる。
その手の優しさに目頭が熱くなる。
「さあ今のうちに」
「はい――」
頷いて駆け出そうとした時、急に前方から誰かが駆けてくる。
身構える間もなく、彼らは私たちの横をすり抜けて、身軽に山を下って降りていく。
「――強烈な魔法だったな! 澄、お前すげえ!」
ゲラゲラ笑いながら私たちの前に姿を現したのは、赤い衣をまとった朱慶様だった。
「来るのが遅い」
蒼威様が悪態を吐いたのを聞いて、朱慶様は苦笑する。
「形代を飛ばした位置にお前らがいなかったのが悪い。移動していたら居場所もわからねえよ。でも今魔法を使ったおかげで位置を把握できた。待たせたな」
「――織田も出てきた」
「だろうな。鉄砲の音を聞いて、すぐにわかった。あいつらは何度もお山を焼こうとした。絶対に許さねえ。今日こそぶちのめす! 皆来い!」
朱慶様は狼のように崖すらものともせずに下っていく。朱慶様を追うように、比叡山の魔法部隊の方たちも崖を降りていった。
その姿を見送って、ほっと息を吐き、その場に倒れるように座り込む。
蒼威様も疲れたように私の隣に腰を下ろした。
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このお話は、2022年2月25日にメディアワークス文庫様から発売される、『天詠花譚 不滅の花をきみに捧ぐ』の姉妹編となります。花譚は、明治時代のお話です。
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