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弱っている姿




 あれから数日、蒼威様にお会いできていない。


 やはり朝から晩まで誰かが訪ねてきたり、お出かけされている。

 蒼威様がお屋敷にいるかどうか、何となく気になってしまい、私はそわそわした日々を送っている。


 でも何だろう。会いたいような会いたくないような不思議な感覚だわ。


 会ったらあの夜のことを思い出して気恥ずかしくなるから会いたくない。そう思うくせに、いつも蒼威様の姿を探している。


 私、おかしくなったみたい。

 今も、蒼威様のことばかり考えているし、傍にいなくても鼓動が速くなる。


 これは――。


 答えを得ようとすると、鼓動がさらに加速する。

 駄目。もう別のことをして、機を紛らわそう。


 できたら模写して心を落ち着けたいけれど、蒼威様に原本となる魔導書の一片をいただかないと模写もできない。


 掃除でもしようかしら。

 今日三度目の庭の掃除に取り掛かろうとして部屋を出て縁を歩いていくと、とある部屋の一角に目が向く。


 そこには、蒼威様が壁に背を預け、刀を抱えるようにして座ったまま目を閉じていた。

 驚いて足を滑らせそうになったけれど、何とか踏みとどまる。


 ――眠っている?


 しばらくその姿をじっと見つめる。

 でも蒼威様は俯いたまま呼吸をしているだけ。


 ど、どうしましょう。


 風邪を引くと言って起こす?

 それとも、ここで突っ立ったまま、蒼威様が起きるのを待つ?

 寝顔を見ながら?


 そ、それはあまりにも恥ずかしすぎる……。

 では……。


 自分が羽織っていた若草色の打掛けを脱ぎ、それを持って蒼威様を起こさないようににじり寄る。

 嫌な汗をかきそうなほど、緊張する。


 何とかお傍に寄り、その広い肩に打掛けをそっとかけた――その時。



「……澄か」



 呟かれたその言葉に、目を瞬く。

 静かに蒼威様の瞼が開き、漆黒の瞳が私を捕らえた。

 転がるようにして蒼威様から距離を取り、ひれ伏す。



「す、すみません! 風邪を召されたら困ると思い……! 出過ぎた真似をいたしました」



 私ったら、なんてことを。

 恥ずかしすぎて顔から火が出そう。

 早く退出しなれば。そう思って腰を浮かせた時、蒼威様は私が掛けた打掛けを引き上げて顔を埋めてまた目を閉じる。



「……ありがとう。少し寒かった」



 その言葉に、胸が強く締め付けられる。

 蒼威様からお礼を言われたのは、初めてかも。


「お疲れなら、寝具で眠られたほうが。私、ご用意……」


「いや、目を閉じて考えごとをしていただけだ。眠ってはいない」


 だから、打掛けをかけた時、すぐに気づいたのかしら。



「自分の部屋にいると誰かが訪ねてくるから一人になりたくてここにいるだけだ。気にするな」



 私は退出しようと思ったけれど、浮かせた腰を下ろし、蒼威様に向き直る。




「……蒼威様、大丈夫ですか?」




 いつもの蒼威様ではないのは一目瞭然だった。

 蒼威様はあまり自分の感情を表に出さない。

 それは私にも家臣の方々も同じ。

 和冴様の前でだけ、本来の蒼威様を見ることができる。


 でも今はあまりにも……。



「大丈夫……か、自分でもわからん」



 弱音を吐くことも、いつもの蒼威様だったらありえない。

 背を丸めて俯いている姿は、どこか弱弱しく見え、心がざわめく。



「あの……。私に特にできることはないかもしれませんが、お話くらいならお聞きすることはできます。愚痴でもなんでも結構ですよ。話せば楽になるかもしれないですし、よければ……」



 自分の声が小さくなる。

 勢いで提案したけれど、こんなの蒼威様が受け入れてくれるはずはない。

 己を晒すようなこと、蒼威様は……。



「……和冴のせいだ」


「えっ?」



 呟かれた言葉に、身を乗り出す。



「和冴が身の振り方を決めないせいで、分家の中に亀裂が走っている。それを諫めるのに疲れた」



 まさか、お話してくださるとは思わなくて、胸がじんと震える。

 蒼威様から見て、私のことを信頼に足ると思ってくださっているのかしら。

 それか、もう己も制御できないほどに、蒼威様の御心は限界を迎えているのかもしれない。


「……それは、この間の織田様の件ですか?」


 蒼威様は顔を伏せたまま頷く。



「和冴様はまだ静観していらっしゃるのですか……」


「ああ。いい加減にしてくれと訴えているが、全く聞く耳を持たない」



 放置、と言った和冴様にどのようなお考えがあるのかはわからない。

 でもあの時思ったように、あまり織田様をお待たせするのはよくない。

 早めに立場を明らかにしていただければ、蒼威様の心労も減るのに。

 でも蒼威様にも静観の理由を打ち明けていないのかしら。



 それに分家の中に亀裂が、とは――。





いつもありがとうございます!☆も泣いて喜びます。

なにより、読んでいただけまして、とても励みになります。


このお話は、2022年2月25日にメディアワークス文庫様から発売される、『天詠花譚 不滅の花をきみに捧ぐ』の姉妹編となります。花譚は、明治時代のお話です。

そちらもどうぞよろしくお願いします!

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