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織田様




「お初にお目にかかります。雉子間澄と申します」


 ひれ伏して、しばらく待つ。するとよく通る声が頭上から降り注いだ。



「貴様が澄か。そなたのおかげで素晴らしい模写が手に入った。戦が近いおかげで、どうなることやらと焦ったがこれで間に合った。礼を言う。――顔をあげろ」



 その声に、自分の眉が勝手に振れる。


 この声、どこかで聞いたような……?


 そんなことを思って逡巡したけれど、全く思い出せない。

 聞き間違えだ。そう思って眉間の皺を解く。


「どうした、顔をあげろ」


 はい、と声を上げて体を起こす。

 頼まれた模写は完璧に製作した。

 すでにそれは蒼威様からこのお方に渡っている。


 それなのに私に会いたいと言ったのは、好奇心か、それとも――。


 伏せた目を上げると、私の前に一人の男性が座っていた。

 三十代か四十代くらいかしら。立派な口ひげがまず目に入り、涼やかな一重の目が私に向けられていることに気づく。



「こちらが織田殿だ。ではお前はもう下がれ」



 蒼威様は私に向かって出て行けと促す。まだほんの少ししか対面していないけれど、蒼威様のおっしゃる通りにしようと腰を浮かす。


「まあ待て。美しい女を人目にさらさずに自分一人が囲いたいというのはよくわかるが、性急すぎるぞ。少し澄と話をさせろ」


「そんな別に俺は……」


「違うならなおさらいいではないか。澄、座れ」


 有無を言わさないような声音に、小さく頷いてもう一度座り直す。

 和冴様のような笑顔の下に隠された、底知れない恐ろしさではない。


 この織田様は、己の恐ろしい部分を隠そうとしていない。

 むしろ恐怖で周りを押さえつけようとしているようなそんな圧力を感じる。



「この模写、見事であった。自分はいつも未鍵家に模写を頼んでいる。未鍵家が作る模写は格別だからな。その模写とそっくりだ。そなたは未鍵家の模写師だな?」



 どう答えていいかわからない。蒼威様に目配せして指示を仰ごうものなら、すぐに織田様に見破られる。



「……はい。元々は未鍵家でお世話になっておりました」


「そうか。未鍵家は模写を作れなくなったと聞いたが、それはそなたが柳瀬家にいるからか。理解した」



 織田様は唇の端を上げている。

 笑顔の形であるのに、なぜか笑顔に見えない。

 感情と表情がちぐはぐすぎて、混乱する。




「なあ、柳瀬殿。鷹無家とその一族は代々帝お抱えの魔法部隊だと知っているが、そろそろ帝を見限らないか?」




 さらりと告げられたその言葉に、全身が冷や水を被ったように冷たくなる。

 蒼威様も、驚いたのかしばらく沈黙していた。



「今は我ら織田家が、困窮している帝と公家たちを庇護しているが、そろそろ――飽きた」



 指先が小さく震えだす。

 飽きた、の一言がこんなにも重く、残酷であることに初めて気づく。



「本格的に動き出そうと思っている。この数年内に大きく覆るぞ」


「だから、鷹無家とその一族は帝ではなく貴方の傘下に入れと?」


 そう言った蒼威様は、いつもの声音だった。

 蒼威様は織田様に鋭い瞳を向ける。

 その眼光も軽くあしらって、織田様は笑顔を崩さずに蒼威様の反応を窺っている。



「そうだ。このまま帝とともに滅びるのはそなたたちもよしとは思わないだろう」


「今まで通り、帝の命で貴方の戦に参加する形でよいではないですか」



 つまり、鷹無家は織田様の戦に手を貸しているということなのかしら。



「確かにそうだが、この日本の全てを手中に収めるとなると、それも面倒だ。帝ではなく織田の家臣になってくれたほうが、そなたたちをさらに自由に使えるだろう?」



 蒼威様は黙った。無言のまま織田様を睨みつけている。



「澄の模写能力も高く買っている。澄の模写があれば、織田家はさらに盤石になる。澄、沈みゆく泥船よりも織田家に来ないか? 好待遇でそなたを迎え入れるぞ」



 ぞっとする。

 気を緩めれば、このまま織田様に呑まれてしまいそうになる。


「澄のほしいものも、地位も名誉も、金銀財宝も、全部くれてやるぞ」


 甘い言葉で唆してくるけれど、私なんて塵芥と同じだと、その目が言っているようだった。



「いえ……、ご遠慮します。特にほしいものはありません。私は柳瀬家におりますので」



 震える声で拒否すると、突然織田様から笑顔が剥がれ落ちる。

 残ったのは、虚無の表情。




「――つまらん」





 たった四文字。それだけでもう、自ら生きることを放棄したくなる。



 怖い。

 この人は恐ろしい。


 早くここから出たい。



 誰か――。



「澄は柳瀬家の客人だ。貴方に渡すわけにはいかない」



 毅然とした声が、私に絡みつく異様な空気を振り払った。

 蒼威様は私を護るように織田様に対峙してくれた。



「そうか。ならば柳瀬家だけでも自分の傘下に入れ」


「それは鷹無家を見限れと?」


「ああ。柳瀬殿の参謀としての評価はとても高い。わが軍でも采配を振るってくれたらとてもよい。悪いようにはしないぞ。だから――」


「ありえない。我が柳瀬家は鷹無家の分家。分家が本家を裏切ることはないし、本家を追い落として成り代わることなど絶対にない」



 一貫して揺らがない蒼威様を、織田様は数秒黙って見つめ続ける。

 そして小さくため息を吐いた。


「そなたを過大評価しすぎたな。所詮狭量な男よ」


「どうとでも言えばいい。ただ一つ言っておく。織田家の今の繁栄は、鷹無家なしではありえなかった。それを忘れるな」


 織田様はそれを聞いて苦笑する。



「その点では感謝している。日本一と謳われる鷹無家の魔法部隊がどこにつくかで、この戦乱の世は大きく様変わりする。自分はとても幸運だったことは理解しているぞ」


「それはすべて、帝ありきだ。帝が織田ではなく別の家に目をかけた瞬間、俺たちは織田家ではなく別の家に手を貸す」


「わかっている、わかっている」



「もう帰れ。今後澄に織田家の模写はさせない」



「それは困る。戦場では自軍の解読者がどれだけ多くの魔導書の一片を持っているかで軍の強さが大きく変わる。澄の模写を得られないなんて……」



「自業自得だ。本来、織田家よりも鷹無家のほうが格上だ。舐めた口を利くな」


 織田様は声を上げて笑う。



「本当にそなたは殺したいくらい生意気な男だな。でもそれくらいのほうが我が軍に合っている。悪いことは言わない。すぐに自分の家臣に――」


「戯言はよせ。何度も言わせるな。もう帰ってくれ」


「引き抜きは本気だ。聡明な柳瀬殿ならどう動けばいいかわかっているはず。待っているぞ」



 緊迫したやり取りに、言葉を挟むこともできなかった。

 織田様は私に目配せをして部屋から退出する。


 その気配が消えても、恐ろしさがまとわりついていた。



いつもありがとうございます!☆も泣いて喜びます。

なにより、読んでいただけまして、とても励みになります。


このお話は、2022年2月25日にメディアワークス文庫様から発売される、『天詠花譚 不滅の花をきみに捧ぐ』の姉妹編となります。花譚は、明治時代のお話です。

そちらもどうぞよろしくお願いします!

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