蓋然性の自殺
それは突然の雨だった。
朝に見た天気予報では雨だなんて一言も言ってなかったくせに、今日は厄日だ。突然降ってきた雨から逃れるように、一目散に走り続ける。
最悪だ。
こんなことであれば、こんな場所に来るんじゃなかった。雨は降らないと思っていたから傘も持っていない。今から引き返そうにも、この辺りに建物はなかった。バスが来るまで待つという手もあるが、屋根のないバス停でこの雨の中一時間に一本しか来ないバスを待つというのは、流石に避けたかった。
やっとの思いでたどり着いたのは、古い洋館であった。
もともとこの場所を目指していた。
来週の日曜日に僕達は、ここで肝試しをする予定であった。
その際に何か脅かせる仕掛けがあったほうが面白いのではないかと、僕は下見のためにこの洋館にあらかじめ訪れることにしたのだった。
その結果、こんな大雨に降られるとは露にも思わなかったが。
べったりと張り付いたTシャツがただただ気持ち悪かった。
ああ、早く家に帰ってシャワーを浴びて着替えてしまいたい。
中に入ってみると、誰もいないはずの洋館にしては随分と綺麗な様子ではあった。もし明かりがついており、ところどころから雨漏りの音さえなければ誰かが住んでいるのではないか、そう錯覚させるには充分なほどであった。
多少の雨漏りはあるものの、ここでなら雨を十分しのげそうだ。
「おや、こんなところに客人とは珍しいこともあるものです」
突然、声が聞こえて思わず声を上げてしまう。
なんだ、ここは随分と前に廃墟になったって聞いたけど……まさか本当に幽霊がいるとでもいうのだろうか?
「ああ、そんな驚かなくていいですよ。生身の人間です、ほら、ちゃんと足もついているでしょう」
声をかけてきたのは、僕と同年代ぐらいの容姿が整った女子生徒であった。
「あ、ごめんなさい。その外で雨が降っていまして、その雨宿りにと」
「ああ、気にしないでください。私も同じような物ですから」
「そうなんですか」
「ええ」
それだけ言うと、僕達の間に気まずい沈黙の時間が流れた。
「……そうですね、このままだんまりというのも気まずいでしょう。それでしたら一つ話を聞いていきませんか」
「話ですか」
「ええ、私の話です、身の上語りになりますが。多少の時間つぶしぐらいにはなると思いますよ」
「そういうことなら、ええ、お願いします」
この時間を過ごせるなら何でもよかった。どうせ携帯で時間を潰すことも出来ないし、中を探索するのはその後でも良いか、そう思ったからだ。
こうして僕は彼女の妙な身の上話を聞かされることになったのであった。
まずは私の自己紹介からしましょう。
ですが私の名前や、経歴そんなことはきっと貴方にとってどうでもいい話でしょう。所詮私なんて雨宿りの際に偶然同じ場所で雨宿りをしていたただの少女にしかすぎないのですから。そのあたりはどうだっていいはずです。
私という人間は時々どうしようもなく死にたくなることがあるのです。
それはきっと私の本心からの言葉で、それを悪いことだと言い切ることはだれだって出来ないでしょう。
何故死にたいのかと問われれば、それはきっと死ぬことが怖いからということになります。一見矛盾しているようにも見えますが、それは大きく違います。
このまま生きてしまえば私はこれから何十年もの間、この死という恐怖と戦わなければいけませんが、今ここで死んでしまえばすぐにその恐怖から逃れることが出来るのですから。
直接口に出したことはありませんが、何で産んだんだと思ったことは何度もあります。まあこの年まで育ててくれた両親にたいして、そんなふざけたことを言わない程度に良識がある人間に育ったことは、唯一自分にとって誇れることではありますが。
まずは私が何をしてきたかという話よりも先に、何をしようとしたかについて話す必要性があるでしょう。先ほども申しましたように、私という人間は臆病者でありましたから、自らの手で死を選ぶなんて恐ろしいことを取れるはずがありません。
あいにく私は敬虔なカトリック信者というわけではありませんが、自殺それ自体がいけないことだということを理解しています。
ええ、当然私に愛情をくれていた両親などは深く悲しむでしょうし、私の友人たちも悲しむことでしょう。
なぜ自分は彼の悲しみに気づけてやれなかったのかと。
結局のところそういった後悔にあるのは、自分が気づけていれば何かできたという尊大な自尊心と自分はその人のことを思っていたという正義感によるもの、それに……いえ、これ以上口にすると本筋から大きく脱線してしまいます。結局のところ私が話すべきなのは、私の身の上話であってこうした他人への批判ではないのですから。
こう口にすると、言い訳にしか聞こえないかもしれませんが、私はそういった行為に関しては本当に素晴らしい行為だと思いますよ。本心からそう思います、だって彼らは生きていることが素晴らしいことだと思っているのですから、そう思えるだけでその時点で大層素晴らしい人間なのです。
さてここまで言っておいてなんですが、私は自殺をすることが出来ない人間なのです。何か超常的な力が関与しているからわけではなく、ただ至極簡単な話で純粋にそれをするだけの勇気がないからです。
死にたいと心の中で思ってはいるものの、実際に死ぬほどの勇気はない存在。
それこそが私なのです。
おかしいでしょう。
自分の望みを知っていて、それを叶える方法を知っている。
それなのにそれを実行できない哀れな存在。それこそが私という人間の本質なんですよ。
さて、では実際に私が何をしてきたかについての話をしましょうか。
私が通っている学校は、お世辞にも治安がいいところとは言えません。いじめがはびこっている、というと語弊があるかもしれませんが虐め程度のことが日常茶飯事である事も確かです。
そこで特にいじめられている一人の生徒がいたんです。その虐めようといえばひどいもので、パシリにするのは当たり前で、彼をサンドバッグだなんだと言って集団でリンチと言ったことが平然として行われていました。
別段私は正義感があるわけではないので、それを見て見ぬふりをしながら日々を過ごしていました。ただいつもの様に私が屋上で食事を取ろうとしていると、驚くべきものを目にしました。件の生徒が自殺しようと、屋上の端にいたのです。
私はそれを必死に止めました。
正義感からではありませんし、ましてやその少年に生きて欲しいと願ったからでもありません。
それは相手だけ望みを叶えることがずるい、そんなあさましい嫉妬によるものです。
彼の自殺を止めようと、彼の腕をつかんだのですが運よく……いえ、運悪くというべきですね。彼は体勢を崩しました。当然非力な私がそれを支えることはできず、私たちは真っ逆さまに地面へと落ちていきました。
ええ、まあここにいるということで分かる通り、私たちは落下の途中に木に引っかかりそれのおかげでかすり傷程度で済んだのです。随分と後悔したものです、ここで死んでおけばどれほど楽だったかと。
しかし、そのおかげで私は気づきました。
私には自殺はできません。でしたら逆にこうは考えられないでしょうか。
今回の事件に巻き込まれたように、私が死んでしまう状態を作り出してしまえばいい。
ほら簡単な話でしょう、もちろん完全に死んでしまう状況を作ってしまえばそれはただの自殺です。
ですが、もしかしたら私が死ぬかもしれない、そんな状況を作り出せたら。
ええ、それは自殺ではありません。他殺又は事故として処理されることとなるでしょう。そうなれば、誰も私を咎めることはできません。だって私は自らの意思で、死んでいるわけではないのですから。
ただちょっと、ええ、ほんの少し死にやすい状態を作ってあげた、ただそれだけの話ですから。
いわば蓋然性の自殺とでも言いましょうか。
いえ、ただ臆病者が自殺出来ないから、そういった手法を取っているだけですので、そういった気取った言い方をするのはきっとよくないのでしょう。
ただ私が死ぬだけの勇気。
そんなちっぽけなものを持っていれば、それだけで解決することです。
ええ、ですからこれは、臆病者の自殺を気取った言い方にしているだけにすぎません。
そうですね、そういえば友人たちと肝試しに行ったことがありました。
そこは山の上にあるキャンプ場のようなところだったのですが、一部道中の手すりが朽ちている部分があり、そこから転落してしまう恐れがある少し危険な場所でした。そんな場所で肝試しをすると言うことになりましたから、私は友人たちにこう提案したんです。
「どうせ肝試しなんだから、明かり無しでやりましょう。そっちのほうが、雰囲気も出るはずです」
ノリのいい彼等のことです。こう提案すれば乗ってくれることはおおよそ想像がついていました。そして彼らは想像通り、この提案に乗ってくれました。
そういえばですけど、携帯にもライト機能が付いていることをご存じでしょうか。まあ当然知っているでしょう、ですので私たちは携帯をコテージの方に置き文字通り手ぶらで肝試しを行うことになったわけです。
そして肝試しのペア決めになったのですが、私はあえて女性に免疫がなさそうな男性をペアに選びました。
他の女子生徒からすれば自分の狙いの男子を組める可能性が上がるということもあってか、反対の声は上がりませんでした。
私とその彼の二人で肝試しをすることになったのですが、私は出来るだけ彼に体をくっつけるよう意識しました。これは簡単でした。肝試しに対して怖がっているような風にしておけば自然に、体を相手に寄せ付けることが出来るのですから。
彼はその女性に対する耐性の無さ故に、周りの様子よりも私の方に注意が向いているようでした。この時ばかりは自分の容姿が人並み以上であることに感謝したものです。そしてそんな状態のままで問題の場所に到着しました。
そこで私は物音に驚いたふりをして、彼に強く抱き着きました。普通の状態であれば、なんてことはなかったのでしょうけど注意力が散漫になっていたうえに、足元の状態もみえない。そんな状況での突然の衝撃、彼は当然のようにバランスを崩しました。
そのまま真っ逆さまへと落ちていき、これにて作戦完了……かと思っていたのですが。なんとまあ悪運だけは強いのか、二人とも生きていました。大方何かの木に引っかかたとかそのあたりでしょう。
その後は私たち二人が何時までも帰ってこないことを不審に思った、他の友人の手によって救出されてしまったのです。
死にぞこなった時に、場所を分かりにくくするために携帯も持ってこなかったのに、その仕込みさえ無意味だったようです。
ただやはり私が自殺するために仕込んだことということはバレていないようで、下手すれば私に殺されていたかもしれない、私とペアだった男子から
「さっきは支えきれなくてごめん」
と謝罪の言葉を受けたほどでしたから。
ええ、私がまだ生きていることから察することはできると思いますが、いまだに一度もこの試みは成功していないのです。
化学室の部屋を閉め切って置きガスバーナーの栓を開けておいたのも、崖の上に設置されている少し朽ちかけた落下防止用の柵に腰を掛けたのも、岩場の多い海に高いところから飛び込んだのも、その全てが失敗しているのです。
生きたくて死んでしまった人もいますが、私はその逆でどうやら死にたくても生きてしまう人間のようです。
他にはそうですね……ああ、あの子の話をしましょう。
私には仲のいい友人がいたのですが、その子に彼氏が出来ました。人生初めての彼氏だとかいって、大層彼女が喜んでいたのを覚えています。なんでも小学校の頃からの片思いだった、長年の夢が叶ったと、それはもう飽き飽きするほどに私に自慢話をしてくるほどでしたから。
他人の彼氏の好きなところの話なんて、聞かされたところでこちらとしては何も面白くはないのですけどね。
しかしまあ、永遠に続く愛なんてこの世には存在しないのか。彼女は一つの不信を持つことになります。
「もしかしたら彼氏が浮気をしているのかもしれない」
そう、私に相談してきたのです。
ただ、そんなこと言われましても私とすればその彼氏に一切の興味を持っていませんでした。ただ浮気は男の甲斐性なんて言葉もあるくらいですから、そういうこともあるかもしれないとどこか冷めた気持ちでその相談を聞いていました。
何でも最近付き合いが悪くなっただとか、一緒にいるときに急に電話をし始めたかと思ったら電話先の相手が女性の人だったとか、そんな話だったと思います。これを聞いて、私はすぐに一つの作戦を思いつきました。
その場では
「そんなことないと思いますよ、彼氏さんはあなたのことを愛しているはずです」
と、心にも思っていない励ましの言葉を口にして、その場はお開きとなりました。
家に帰るなり、私は彼女宛の手紙を一通書くことにしました。私が書いたものでと分からないように、差出人のところは不明にして、パソコンを利用して文字を書きました。
そして少し遠くにはなりますが、彼女の家に出向き直接彼女の家のポストに投函しました。これで準備は整いました、後は明日を待つだけです。
想像通りと言いますか、その日の彼女は終始不機嫌な様子でした。
普段であれば、私が話しかけると満面の笑みを返してくれるのですが、その日は返事すらしなかったのです。それを見て私は、彼女があの手紙を読んだことを確信しました。
そして予想通り、私は放課後の屋上に呼び出されました。何故呼ばれたかなんて、当然理解しているのですが、何故呼ばれたのか理解できないといった風体で呼び出しに応じることにしました。私が仕組んだことだと知られてしまっては台無しですから。
屋上に上がるなり、彼女は屋上へとつながる扉を閉めました。私を逃がさないという決意の表れだったのでしょう。
そして大事そうに抱えていたカバンの中から包丁を取り出し、私に向かって突き付けます。
それを見て私は思わず笑みを浮かべてしまいそうになってしまいました。
これほどまで純粋な殺意をぶつけてくれる相手です。それはもう殺してもらえると思って、期待をしてしまうのも仕方ないことでしょう。ですがそんなことをしてしまえば全ては台無しです。あくまで突然の事で何が何だか分からない、そう言ったそぶりを見せるよう努力しました。
「あんたがあいつの浮気相手だったんだ。信じてたのに」
彼女は、そう言い放ちました。あの手紙には彼氏の浮気相手は私だと書かれた旨の文章をかいておきましたから、どうやら私の送った手紙を信用してくれたようです。
普通差出人もないようなそんな手紙をうのみにするような人物はいないと思いますが、ずいぶんと頭に血がのぼっている様子でそれを疑うというだけの頭はもうないようです。
私が
「何の話ですか。あんな人と付き合ってませんよ」
と真実を口にするものの、どうやら私の声を聴く気もないようです。
女性の嫉妬というのは、いかに恐ろしいものか私に教えてくれるようでした。
「信じてたのに」
そう泣きながら口にする、彼女の姿を見て私はこの計画の成功を確信しました。
ええ……ですが、そううまくいかないのがこの世の中。
彼女の様子がおかしいと思い私たちの後をつけていた彼女の彼氏が突如扉から現れ、浮気なんてしていないと真実を口にしやがったのです。
最初は彼女も信じていない様子ではありましたが、根気よく説得され最終的には彼氏の言うことを信じてしまったのです。ええ、全くお邪魔虫というのはどこにでも沸くものです。実際の理由はなんでしたっけ、えっと、そう。確かプレゼントを買うためにバイトを始めたとかそういった理由だった気がします。
結局先の手紙はどこかの誰かが仕組んだ質の悪い悪戯ということで済まされ、その事件では私は巻き込まれただけの哀れな被害者ということで話は終わりました。
さてなぜこのような話をしたのかあなたは疑問に思っていることでしょう。
あなたには私とゲームをしてほしいのです。
「……ゲームですか」
気づけば彼女の話に夢中になって聞いてしまった。
ただその問いかけにふと、自我を取り戻す。
「ええ、そうです。これを使った簡単なゲームですよ」
一つ、布に包まれたものを手渡される。
最初何を持たされてるのか理解出来なかったが、すぐにその形状を見て理解する。
「な、何でこんなものを」
拳銃、テレビでしか見たことが無いもので、一生僕の人生には関わることのないものが僕の手元にあった。
「お金さえあれば簡単に手に入れることが出来るますよこんなもの。本当ならここに来た時点で殺すのが礼儀ですが、あなたにチャンスを上げましょう」
「チャンス」
「ええ、簡単な話ですよ。そこのリボルバー、弾が一発だけ入ってます。それを一発ずつ相手に向かって打ち合うだけの簡単なゲームです。先行はあなたに譲ります。ああ、ご安心を……どこに弾が入っているかは私も分かりませんから」
逃げれるだろうか。
こんなふざけたゲームやる必要はない。
背後にある入口はそう遠くはない。外に出ること自体は可能だろう。
「逃げようとしてもいいですが、その場合背後から撃たれることを覚悟しておいてください」
そういって、彼女の手元にあるもう一丁の銃をちらつかせてくる。
駄目だ、到底逃げ切れそうにない。
どうやら今の僕に彼女の提案に乗るという選択以外は残されていないようだ。
なんで、なんでこんなことになるんだよ。
僕はただ肝試しの下見に来ただけなのに。
「ああ、わかった。やればいいんだろう」
片手で抑えていると、雨か汗もう自分でも判断のできない液体のせいで落としてしまいそうで、両手で銃を抑える。
実際にすれば、引き金を引くのに必要なのは数グラム程度の力なのだろう。
しかし僕には、その引き金が数百キロほどの重さがあるように思えて仕方なかった。
引き金を引こうにも、どうにも引けない。
引け、引けよ。
ここで引けないと殺されるっていうのに、何でか僕の人差し指はまるで他の生物に乗っ取られてしまったかのように、動かない。
「どうしたんです。撃たないんですか」
「……ああ、やってやる。やってやるよ、このくそ野郎」
「そうですか、それは良かった。ああ、それとちゃんと狙ってくださいよ。弾が入っていたのに、もし外してしまったら興ざめですから」
強く人差し指に力を入れる。
すると、先ほどまでの重圧はどこにいったのか、いとも簡単に引き金は引かれた。
それと同時に耳が痛くなるほどの轟音。
それと共に彼女は倒れた。
やった、やってしまった……。
いや、違うこれは仕方ない事なんだ。そう、ここで引き金を引いていなかったら僕が彼女に殺されていた。だからこれは正当防衛で……
「ふー、やれやれ。外れですか、つまらないですね」
「え……え……なにが」
脳の理解が追い付かないというのはこのことだろう。
必死に弁明をしていた僕の前に、先ほど中に撃たれたはずの彼女が立ち上がったのだ。
「ああ、安心してください。幽霊とかではありませんよ、ほら、ちゃんと生身の足が……って、さっきもこのやり取りをした気がしますね」
「でも、さっき撃たれて……」
「ああ、あれはオモチャですよ、オモチャ。ちょっと音が鳴るだけのオモチャです」
彼女の方をじっくり見ても、確かに何かしらに撃たれたような跡もない。
いやそれ以前に普通の人であれば、撃たれれば死んでしまうだろう。
「そんなに見ないでくださいよ。私にも人並みに羞恥心というものはあるんですよ」
「ああ、ごめん」
「いえ、大丈夫です。どうです、暇つぶしにはなったでしょう」
まるで悪戯が成功したかのような彼女の笑みを見て、自分がからかわれていたことを悟った。
「随分と質の悪い冗談だったけどね」
「こんな一介の女子高生が拳銃なんて危ないもの持っているわけがないじゃないですか。常識的に考えてくださいよ」
「ああ、そ、そうだよね」
確かに言われてみればそうだ。
現実的に考えればありえない。それでも僕が信じてしまったのは彼女の真に迫る語り口、それとやけに雰囲気のある洋館、それと拳銃が本物そっくりに作られていたせいなのだろう。
「信じてしまいましたか。さっきまでのは全部作り物、ええ架空の話です。ですので信じないでください」
「そ、そうなんだ」
嘘の話だと聞いてホッとする自分がいた。
「そういえばあなたはなぜここに」
「あ、えっと、来週末にちょっと肝試しをしようと思ってて」
「なるほど、その下見というわけですか……」
何故か彼女は考え込むようなしぐさを取り、そこでいったん会話が止まってしまう。
「あ、えっと、あなたはなんでこんなところにいるんです」
だから僕は聞いてしまった。あの気まずい沈黙には耐えられそうになかったから。
聞かなければよかったのに、僕は聞いてしまったのだ。
「難しい質問をしますね……。そうですね……。その答えとは少し違うものになってしまいますが、一つお話をしましょう。この家がいつごろ建てられたか、あなたは知っていますか」
「いえ、そこまでは」
かなり昔の家だということは聞いていたし、この様子を見れば実際に建てられたのはかなり昔だどいうことは理解できる。
ただ実際に何年前かなんてことは調べていない。
「ええ、なんと百年ほど前になります。この家はもう数十年も空き家になっています。そのためシロアリが柱や梁を好き放題食べています、それはもうバイキング状態です。誰も咎めませんし、場所も森の中と好都合なんですよ。そして年月によって建物自体もかなり老朽化しています。あなたは急いでこの場所に来たからわからなかったと思いますが、実はこの建物って外から見たらかなり傾いているんですよね」
そこまで聞いて僕は、大きな思い違いをしていたことをようやく理解する。
「すいません、ちょっと用事を思い出したので帰ります」
そして一刻も早くこの場から離れたくなった。
「ええ、その方がいいでしょう」
「すいません、それでは」
「もう会わないことを祈ってますよ」
「……僕も、そう思います」
そう言って笑顔で彼女は手を振った。
僕は洋館を出てすぐに来た道を真っすぐに戻っていった。一度だけ洋館の方を振り返ると、なるほど、確かに彼女の言う通り洋館は傾いていた。
これが僕と彼女の最初で最後の会話になった。
その後彼女がどうなったのか、僕は知らないし、知るつもりもない。
週末やる予定だった肝試しも、結局近くの遊園地のお化け屋敷ですることにした。ひどく友人からは煽られたが、僕の必死の説得により何とかあの洋館で肝試しをすることだけは避けられた。
しばらくはビビりだなんだといじられるとは思うが、それでもいいと思う。
僕はあの洋館には近づきたくなかった。
なにより彼女ともう一度出会う、それだけは死んでもごめんだった。