その課金には訳がある
私は、以前からゲームに課金をする人間の心理が全く持って理解できませんでした。同じ形の無いものにお金を掛けるなら、音楽や映画、小説のほうがずっと人生を豊かにしてくれますし、そもそも暇つぶしをするためのスマホアプリにおいて、時短や強化アイテムを手に入れるために金銭を支払う意味が分かりません。
それでは一体何故、反課金主義者の私が2980円の初心者応援パックなるものに手を伸ばしてしまったかと言えば、ひとえに燃え盛る憎悪と復讐心によるものでした。暇を持て余していた私が、何の気なしに始めたゲームには対戦機能が実装されていました。別に本気になって世界一を目指している訳でもないので、日々勝ったり負けたりしながら適当に楽しんでいたのです。
ところが、ある時、非常に口の悪いクソガ……躾のなっていないアホ砂……大変やんちゃなお子様と出会ってしまいました。あの忌まわしき邂逅さえなければ、私は決して禁断の果実に手を伸ばしたりしなかったでしょう。彼、あるいは彼女は対戦で私を徹底的に痛めつけたあと、このような文面をチャットで送信してきました。なお、皆様のお目汚しとならないようにオブラートに包んで表現しています。
「課金をなさっていないとはいえ、もう少し手ごたえがあるかと思っておりました。特に慣れていない方の場合は、ある程度有料アイテムでハンデをつけた状態で練習した方がいいですよ。どうしてもこだわりをお持ちなら別ですが」
なお実際の文面は下記の通りです。
「非課金勢とか関係なく弱すぎwww せめて課金しろよwww あっ、貧乏人だからできないのかwww ごめんなwww」
その文章が私の網膜に焦点を結んだ数秒後には、有料ショップの購入ボタンに震える指で触れていました。そして、あの憎きお子様と再戦したのです。結果、完膚なきまでに相手を叩きのめし、見事にリベンジを遂げることが出来ました。
さすが『札束で殴り合うゲーム』と巷で呼ばれているだけのことはあります。なんだか負け犬の遠吠えが虚しく響いていましたが、幸せの湯船に浸り、勝利の美酒に酔っている私の耳には届きませんでした。
ここで相手を煽ってしまっては、私も同じ土俵に立つことになってしまいます。私は大人の余裕を見せつけるかのように、チャットを送りました。
「いろいろと親切に教えて頂けてありがとうございました。あなたも精々お小遣いを貯めて頑張って強くなってくださいねm9(^Д^)」
『復讐なんて、全く意味を持たない。たとえ上手くいったとしても、後にはただ抜け殻のように空虚な心が残るだけだ』なんてよく言われますが、スキップでフルマラソンしたくなるほどに愉快な気持ちだったので、格言なんてあてになりません。
私は課金の素晴らしさにやっと気づくことが出来ました。今まで独り身の私はてっきり生活を豊かにして、老後に備えるために働いているとばかり思っていましたが、とんだ勘違いでした。全てはこのゲームに注ぎ込むためだったのです。
リアルマネーで塗り固められたグローブを装着して真剣に拳を交わしながら、体力や気力ではなく、お互いの経済力を削り合うボクシングは最高に刺激的です。プレイ中は脳内麻薬がドバドバと溢れ出しているのが感じられる程です。
私はついに悟りました。人生とは課金であると。
NO KAKIN NO LIFE!
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「……なんか、この仕事やっていると時々虚しくなりませんか?」
「そんなのしょっちゅうだよ。早く感覚を麻痺させることだな。俺達は馬鹿の背中を押して、経済を回す手伝いをしてると思えばいいんだよ」
「まあ、そう言われればそうですよね。さてと……『えっ……弱すぎませんかwww ひょっとして足の指で操作してたんですかwww』っと……このあとわざと負けなきゃいけないのも嫌なんですよね」
「課金させて気持ちよく勝たせるまでがセットなんだからしょうがないだろ」
「はあ……ほんと、こんなクソゲーに課金する人間の気持ちが分かりませんね」
「それは同感だな」