ハプニング
王子が皆に挨拶をしている間、私は少し離れたところでお菓子を食べていた。
しかし、背後からはチリチリとした殺気交じりの目線が向けられていた。
きっと先ほどの女の子だろう。王子との挨拶は終わったのだろうか。
私は彼女に挨拶をすべく、後ろを振り返った。すると次の瞬間、
「きゃあ!手が滑っちゃった~」
べしゃ、と白い生クリームが私のドレスのすそを汚した。
お母様とお父様たちがこの日の為に準備してくれた、デビュタントの特別なドレスだ。生地もレースもとても高級品。
明らかな嫌がらせ。王子や男の子たちも気が付いたようだったが、女の子はそれに気が付いていないのかニタニタと笑っていた。
汚れたドレスを見た両親が悲しい顔をする。そう思うと私の感情は沸々と湧き上がっていった。
でも、ここで騒いでしまってはグレベリン公爵家の家名に泥を塗ってしまう。
私はカッとなった頭を振り払って、冷静に、にこりと微笑んで見せた。
「お皿が着地したのが、私のドレスでよかったですわ。おかげでお皿が割れませんでした。どなたもお怪我はありませんか?」
近くにいた男の子たちはコクコクと頭を縦に振ったので、私は目の前にいる女の子に近づいた。
唇をわなわなと震わせてうつむいていた。先程よりも強く、拳を握りしめている。自分が置かれている状況がようやく理解できたようだった。
「大丈夫ですか?あなたにお怪我はありませんでしたか?」
うつむいた顔を覗き込んで、ギュッと固く握られていた両手を自分の両手でそっと包み込んだ。
すると彼女は私の両手を振り払い、キッとこちらをにらんで温室を出ていった。
まだ6歳の女の子だ。感情的になってしまうこともあるだろう。
でも、ここは上級貴族のみが集まる“温室のお茶会”で、王子も参加している特別な場所だ。
失敗は許されない。それが上級貴族というものだからだ。
可哀想だが、あの女の子のもとには婚約話はなかなか持ち上がらなくなるだろう。
きっとこの温室であった出来事は、付近で待機している王子の側近たちが女王陛下に報告することになる。
貴族社会の中で、きっと彼女は後ろ指をさされながら過ごすことになるのだ。
それをこの場にいる子どもたちが察しないわけがない。王子もなにか考える風に口元に手を添えていた。
「ハプニングはあったけれど、今からでも楽しいお茶会にしよう」
その一言で、他の男の子たちはほっと息をついた。